第2話
「前方から敵! アンデッド・ソルジャー」
錆びた剣が呻りを上げ、左手で構えた盾にぶち当たる。
貫くような痛みと衝撃、そして激しい火花が薄暗闇に舞い散った。
ただ即座に盾で攻撃を押し返し『ターゲット・シールド』を発動させる。
騎士のジョブの名の通り、俺のスキルには仲間を守るもの、敵の注意を引き付けるものが多く存在する。
今しがた発動したスキルも、自分に魔物の攻撃を引き付けるスキルだ。
その効果はてき面で、はるか後方に見えていた複数体のアンデッド・ソルジャーも、わき目もふらず俺へと飛び掛かってくる。
その時、俺の脇から影が飛び出した。
大剣を手にしたベセルである。
「突っ立ってるだけかよ! このクズが!」
「少しは攻撃しなさいよ!」
ベセルの大剣がアンデット・ソルジャーを薙ぎ払い、続けてフォルテナの罵声と共に炎の魔法が炸裂する。
攻撃担当のふたりの攻撃で何匹かは地面に転がったが、敵はまだ多く残っていた。
敵の注意を引くということは、常に攻撃され続けるということだ。
俺が攻撃するには一度、スキルを解かなければならなくなる。
だがスキルを解除すれば敵の注意が仲間に移ってしまうのは目に見えていた。
そうなればパーティの瓦解は免れない。
「わかってるが、ヘイトが分散すれば――」
「ごちゃごちゃうるせえんだよ! 早く攻撃しやがれ!」
意見は遮られ、ベセルが大剣を振り回す。
続けてフォルテナの魔法が周囲を薙ぎ払った。
結局、魔物達を倒しきれたのは随分と後のことだった。
俺以外のメンバーにケガはなく、ほとんど無傷の勝利といえただろう。
だがそこに、勝利の余韻などない。
確実にベセルとフォルテナは俺に怒りを抱いている。
ふたりが俺に向ける視線を見れば、それは明らかだった。
◆
ダンジョンの内部には、時折セーブポイントと呼ばれる安全地帯が存在する。
他の冒険者が作った、もしくは発見した構造上、魔物が近寄らない場所のことだ。
ロロは広場で薪の跡を見つけて、額の汗を拭きながら自分の荷物を下ろした。
「皆さん、お疲れ様です。少し魔力を使い過ぎたので、休憩を入れましょう」
ロロの意見に反対する者はいなかった。
だが座り込んだ後も、ベセルの怒りは収まっていない。
「なんでこんな奴がリーダーなんだよ、クソが」
「落ち着いて、ベセル。ボスフロアはもうすぐなんだから」
「あぁそうだな。そうだった」
ベセルは不可解なほど嬉しそうな笑みを浮かべていた。
今はどうにかフォルテナの言葉で踏みとどまっている様子だが、いつ怒りが爆発してもおかしくない。
とはいえベセルもシルバー級の冒険者だ。
高難易度のダンジョンの中で仲間割れを起こすほど常識外れではないと信じたい。
俺も自分の荷物を置いて、酷使した盾の調子を見ていると隣からロロが話しかけてきた。
「アクトさん、怪我の調子はどうですか? 回復魔法を使ったので、傷は塞がってると思いますが」
「大丈夫だ。やっぱりロロの魔法は良く効く」
「えへへ、そうですか?」
「あぁ、いつもありがとう」
照れながら笑みを浮かべるロロへ、感謝の言葉を告げる。
騎士のスキルを持つ俺はパーティの盾であり、他のメンバーに比べて魔物の攻撃を受ける頻度が高い。
必然的に神官であるロロの回復魔法には常日頃からお世話になっていた。
ロロのおかげでこのパーティは戦えているといっても過言ではない。
ただいつもよりも明るいロロの反応に、ベセルが顔を上げた。
「ずいぶんと機嫌が良いじゃねえか、ロロ。どうしたんだ」
「このダンジョン探索はきっとうまくいくと思うんです。そしたら、孤児院にもお金を送れるなって」
「物好きね、ロロは。別に自分が育った場所という訳でもないのでしょう?」
「そうですね。でも、子供達にはもっと幸福な未来があってもいいと思うんです。お金が全てではありませんけど、先立つ物はいつでも必要ですから」
そう言うロロの姿は、神官に相応しい慈愛に満ちていた。
以前よりロロは、街にある孤児院に収入のいくらかを入れていると語っていた。
危険と引き換えに報酬を得る冒険者は、通常の職業よりも実入りが大きい。
シルバー級ともなれば、相当な金額が報酬として手元に入る。
それらを自分の為ではなく、見知らぬ子供の為に使える彼女は、まさしく神官と呼ぶにふさわしい。
ロロの話を聞く限り、今回のダンジョンの報酬も、孤児院への寄付金になるのだろう。
決断を渋っていた自分が矮小な存在に見えて、近くに座る三人に向けて頭を下げた。
「今回の事に関しては、俺も悪かったと思ってる。少し慎重になり過ぎたな。すまない」
「はっ! いいぜ、その謝罪は受けてやるよ」
「いえ、アクトさんはパーティリーダーなんですから、慎重になるのは当たり前ですよ。決断してくれてありがとうございます」
「そう言ってもらえると助かるよ、ロロ」
顔をほころばせたロロを見て、一層の努力をしようと決意する。
結果次第では、道をたがえる事になるメンバーだろうとも、こうして分かり合えるのだ。
少しばかりパーティを抜けると決意した事が後ろめたく思えてくる。
ただそんな感情も、すぐさま振り払う。
ここは最難関ダンジョンの戦乙女の霊廟だ。
そしてそのボスのフロアは、すぐそこまで迫っているのだから。
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