復讐の破壊者 ~ダンジョンの奥底で仲間に裏切られたが、死の間際に手に入れたエクストラユニークスキルで復讐に向かおうと思う~
夕影草 一葉
第1話
「いま、なんて言ったんだ?」
俺は思わず、そう聞き返していた。
直前の言葉を信じられず、自分の聞き間違えかと思ったからだ。
しかし正面の席に座っている仲間のベセルは、俺の質問には答えずに吐き捨てるように言った。
「あぁ? 聞こえなかったのかよ。戦闘でも使えねえのに、話も聞いてねぇんじゃ救いようがねぇな」
「落ち着いて、ベセル。アクトが使えないのは今に始まった事じゃないでしょう?」
「はは、そりゃ違いねぇ!」
俺から見て右隣に座る魔術師、フォルテナの言葉につられて笑うベセル。
そんな嫌味というより、もはや悪口のそれをたしなめる声が上がる。
「あ、アクトさんに失礼ですよ、おふたりとも!」
俺の左隣に座っていた神官のロロだった。
ロロは笑うふたりに柳眉を逆立てるが、残念ながら効果は見て取れない。
剣士のベセルと魔術師のフォルテナ。そして騎士の俺に、神官のロロ。
俺達は三年前、つまり冒険者として活動し始めた時から『天の剣』というパーティを組んで活動していた。
顔なじみという訳ではなかったが、同じタイミングで冒険者ギルドに登録した縁で、試しにパーティを組んだのが始まりだった。
そんな偶然にも組んだ仲間ではあったが、相性は最高と言えた。
なんせ、パーティを組んでからたった三年で、俺達は上から三番目のシルバー級に認定される冒険者へと成り上がった。
死んでいく同業者や、低い階級であがく先駆者を追い抜き、確実に実績と名声を高め続けた。
ただそれに伴って、パーティ内での人間関係は悪化の一途をたどっていた。
階級が上がるにつれてベセルとフォルテナがパーティリーダーである俺の判断に不満を持つようになってきたのだ。
パーティを結成した当初、俺は死傷率の高い冒険者という職業について研究を重ねた。
前衛として、そしてリーダーとして仲間の命を預かる以上、できる限り危険は回避しなければならない。
その結果、判断が慎重になるのは致し方ないことだった。
だがそれを臆病だと思い込んだふたりは、俺へのいら立ちを募らせていたのだ。
俺が追い出されないのは、ひとえにパーティリーダーの権限を持っているからだ。
これが無ければ、当の昔にメンバーをクビになっていただろうことは想像に難くない。
今でさえ俺を見下して笑うふたりをしり目に、再びロロへ問いかける。
「話を聞き逃した俺が悪いんだ。すまないが、さっきの話を詳しく聞かせてくれないか?」
「私達は戦乙女の霊廟に挑みたいと言ったんです。リーダーのアクトさんが許可すれば、の話ですけど」
そこで、最初の話が聞き間違えではないことを確信した。
だが心のどこかでは聞き間違えて会ってほしかったという、微かな願望もあった。
戦乙女の霊廟。
その名前を知らない冒険者は、この街にはいないだろう。
この都市では最も高い難易度に振り分けられており、近年では最も犠牲者が出ているダンジョンだからだ。
内部には、ただでさえ対処が難しい霊体(アストラル)系の魔物が多く出現するほか、古代のトラップが仕掛けられている。
そして、十分に脅威となるそれらを潜り抜けた先に待つのが、謎に包まれたフロアボスだ。
聞く話によれば、俺達よりも上位のゴールドやプラチナの階級に名前を連ねる冒険者達でさえ恐れて近づかないほど、凶悪な魔物だという。
それでも、このダンジョンの挑戦者と犠牲者が後を絶たないのには理由があった。
数年前にダンジョンから生きて帰ってきた冒険者が、一本の剣を持ち帰った。
酷く劣化し、実用的にも美術的にも価値のない物だと思われていたがしかし、その実は剣には一財産程の値打ちがあったのだ。
その出来事を境に、戦乙女の霊廟は次々と冒険者を飲み込み生きては返さなかった。
結果、シルバー級からという挑戦条件が作られたのだが、未だにフロアボスを倒した者はいない。
つい先日も、俺達と同じ階級の冒険者パーティが戦乙女の霊廟の中で消息を絶ったという話を聞いていた。
「戦乙女の霊廟は最高難度のダンジョンだ。俺達には危険すぎないか?」
「お前は本当にそればっかりだな! いつまでたっても安全にクリアできるダンジョンしか潜らない! それじゃあ俺達の評価も上がらねぇだろ!」
「私達はもう、一年間もシルバー級で足踏みしてるわ。いつまでも安全第一で活動していたら、次の昇格がいつになるかわからない。ここらへんで成果を上げないと、伸びしろがないとギルドに思われてしまう」
「それなら、なおのこと身の丈に合ったダンジョンに入るべきだ。一度の失敗で全滅することもあるんだぞ」
「身の丈に合った? この前の戦闘で、俺達はミノタウロスを討伐しただろ! 今まではどこかのリーダーがビビッていやがったが、俺達ならもっと強敵とも戦える。もっと上も目指せるんだよ」
吠えるベセルに、少しだけ気圧される。
それは、まぎれもない事実だったからだ。
本来ならばゴールド級の冒険者が討伐を任されるミノタウロスを、俺達はシルバー級ながらに討伐したのだ。
格上の魔物であるミノタウロスを討伐したことで、俺達は冒険者の中でも一目置かれるパーティとなっていた。
その成功体験が自信に繋がっているのだろう。
慎重派のロロでさえも、ダンジョンへの挑戦に前のめりだった。
「私もアクトさんは慎重すぎると思っています。駆け出しの頃ならまだしも、私達も成長していますし、もっと積極的に行動すべきです」
ロロは、視線をそらさずに言う。
「それにアクトさんはこれまでも、私達を守ってくれました。今回も、きっと無事に帰ってこれると信じてますから」
そう言って微笑むロロからの信頼が、今の俺にとっては唯一の救いだった。
パーティを組んでからは危険な依頼やダンジョンはなるべく避けて、堅実に実績を積み上げた。
それが俺のパーティリーダーとして立てた、仲間を失わないための方針だからだ。
その結果がこうして信頼として実を結んでいるのだ。これほど嬉しいことはない。
しかし。しかしである。
敗北すれば即座に死につながる冒険者として、成功したいならまずは失敗しないこと。
それを目的に、この三年間を突き進んできた。
だが冒険者の名前の通り、冒険をする時が来たのかもしれない。
シルバー級で足踏みをして終わるのか。
自分達の実力を信じて、もう一つ先の階級を目指すのか。
俺以外のメンバーの覚悟は決まっている。
ならばリーダーとして決断を下すだけだ。
なにより、慎重すぎるという俺の判断が正しいかどうか。
そしてこのパーティがどこまで通用するのか。
それがこのダンジョンの結果次第で示されるだろう。
「そこまで言うなら、分かった。ダンジョンへ向かおう。だが準備は万全に整えていく」
言い切った俺に、ロロは顔をほころばせた。
フォルテナは、当然と言った様子で頷く。
そして口元を歪めたベセルが呟く。
「当たり前だろ。しっかりと、準備は整えねぇとなぁ」
ただ、俺は密かにもう一つの決断を下していた。
この三年間で『天の剣』として積み上げたのは、なにも実績だけではない。
依頼主やギルドへの信頼もまた、パーティとしてなににも代えがたい財産だ。
今では貴族やギルドから名指しをされて依頼を受けることも多くなってきている。
それゆえに、簡単にパーティを抜けて信頼を手放すことは、どうしてもためらわれた。
しかし、仲間を信頼できなくなったのでは話は別だ。
冒険者は魔物との戦いの中で、仲間に命を預けなければならない。
だがその仲間に背中を預けられない以上、同じパーティとして行動を共にはできない。
冒険者として、魔物に殺される覚悟はいつもしている。
しかし背後から同じ仲間に刺される覚悟など、しているはずもない。
このダンジョン攻略の結果次第で、俺はパーティを抜けよう。
最後の冒険になるかもしれない仲間達を見回しながら、そんな密かな決意を抱くのだった。
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