第7話 6
「うーっ」
あれから数日後の定時後。
夕暮れの光が優しく差し込む、とある警察署の一室で、婦人警官制服姿のあたしは自分の机でうなだれると、大きくため息をついたの。
机の上には、いくつもの書類が積もり、山のようになっているわ。
あーあ……。
「もうこんなのコリゴリだといつも思うけど、ついやっちゃうんだよなあ……」
その時。こつん、とスチールの缶を置く音が耳元でした。
あ。
と思いながら起き上がると、
「後藤さん。はい、お疲れ様」
優しい天使が、あたしにねぎらいをかけてくれた。
茶色いロングヘアの、今時の目鼻がくっきりとした顔立ちの女性。
あたしの同僚の、芽衣子です。
女性警官の制服姿の彼女は片手に、弁当屋さんのビニール袋を持ってた。
焼いた肉と芳醇なソースと柔らかく炊き上がったご飯の匂いが、わずかに漂ってくる。
「はい、コーヒー。それと焼肉とハンバーグ弁当ね」
芽衣子はそう言いながら、机の空いたところに袋を置いてくれた。
それから書類の山に目をやると芽衣子は、
「これ、報告書と始末書? ずいぶん多いわね~?」
と苦笑交じりに言った。
その言葉に、あたしはまたがっくりとうなだれると、
「うん……。今回はタクシーをぶっ壊したのと、ぶん殴り過ぎたのでいつもより余計に増量なの……」
そう言うなり、再び机に突っぷすあたし。
芽衣子は、それを聞くなり苦笑し続けながら言った。
「まああんなことやっちゃあ、ねえ?」
「だってさー。運転手がなんかノリノリでさー。追跡してくれたのはありがたいんだけど、あたしがつい『あたしが合図出すからあんたはここを突っ走ってあのタクシーにぶつけろ!』って言ったら。『イエス・サー!!』とノリノリでやっちゃって……」
「それでタクシー会社から、賠償請求ですか。しばらくお給料下がっちゃうわね~」
「給料のことはいいんだけどさあ……」
あたしはふっと体を起こし、芽衣子の方を向く。
芽衣子がその顔を見たら、また始まった、と思うだろうなー。
「それよりも聞いてよ! 署員の奴ら! あいつら、今回の件でなんて思ったか知ってる!?『血まみれアマゾネスがまたやった』とか、『バーバリアンがクラスチェンジしてバーサーカーになった』とか、『新型鋼鉄ゴリラマークⅡ』だとか、『さすがは、何事も最後には暴力が一番の女』とか、言いたい放題よ!! 心のなかで言っていても、あたしには全部わかるんだから!!」
「いつも思うけど、心を読めるって、本当に大変ね……」
あたしのマシンガントークに、芽衣子は苦笑しながらも肯定的にうなずく。
しっかし、芽衣子の心ってどうしても読めないよのね……。
裏表がない性格なのか。
それともそういう能力を持っているのか。あたしにはわからないけど。
あたしにとってテツさんみたいな人間よりも、彼女の方がよっぽど恐ろしいかもしれない。
そんなことを思うあたしをよそに、芽衣子はそれから、そうだ。と言って、
「ねえ、あなたが捕まえたテツさんの取り調べが、始まったわよ」
「どんな感じ?」
「それがね……。『もうあんな怖い目に合うのは嫌やから、稼業やめますわ……』と泣きながら何度もうわ言のように繰り返しているらしくてね……。あなたに追いかけられて殴られまくったのが、相当こたえたようよ」
その答えに、あたしは再び机に突っ伏す。
「あたしはバケモノか! まあさんざんあいつにも言われたけど……」
「まあまあ」
芽衣子はそう言ってから、あたしの頭を優しくなでてくれた。
「ご飯をたくさん食べて、嫌なことを忘れちゃいましょうか。まずはこのお弁当を。それから、今日の残業が終わったら、二人で飲みに行きましょう。リラちゃん。私が全部おごっちゃうわよ~」
「え、やだ、本当?」
そう言われたあたしは顔を上げ、現金な声で答える。
そして引き出しから化粧箱を取り出す。
ピンクの口紅を塗りアイラインを引いて、香水を首筋にぱぱっ、とかける。
ラベンダーの匂いが、ほどよく首筋からただよってくる。
これで道行く殿方が振り返るかも。ふふっ。
「うん! 嫌なこと全部忘れちゃうほど飲むからね!」
「また居酒屋で他人の心の愚痴を読んで、嫌な気分にならなきゃいいけど……」
そんな芽衣子の心配を他所に、化粧を終えたあたしは弁当の肉を頬張るのだった。
ん? あたしの名前、ですか?
あたしの名前は、後藤リラ、と言います。
……ゴリラって言うなあ!!
<完>
ゴリラさんと当たり屋さん あいざわゆう @aizawayu1
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