第5話 4

 わしは巧みに盗んだタクシーを操りながら、大通りを突っ切る。


 サバンナの中を突き抜ける、一本道を駆け抜けているような気分や。


 実はわし、こう見えてタクシー運転手をしていたこともあったんや。


 素性の悪さで、すぐに首になったけどな。


 それはともかく、昔取ったきねつかやな。


 軽快にタクシーを操りながら、あちこちの計器や走りの調子を確認する。


 燃料は満タン、走行距離もさほどあらへん。


 走りの調子もええ。


 これなら、少しぐらい乱暴に運転しても平気やろ。


 お、この袋は……、


 売上金袋か。


 ふふん、こいつももらっていこう。


 しばらく適当にドライブして、巻いたらどこかの駅のタクシー溜まりで乗り捨てて、後は電車でゆっくり帰らせてもらいましょか。


 そう思いながらバックミラーを、ふと見た時や。


 猛スピードで後方から加速してくる車が、一台。


 見れば、この車と同じタイプのタクシーや。


 なんや!?


 と思うまもなく、そのタクシーはわしのタクシーの右にすーっと並んできおった。


 その時わしの背筋に、先ほど味わったのと同じ悪寒が!


 ま・さ・か・!?


 恐る恐る右側を見ると!


 ボーイッシュなショートヘアの黒髪。


 勝気なオトコっぽい顔の美顔。


 さっきからよく見る顔が、こちらに笑顔を向けておる!


 彼女の顔に、わしの心は凍りつく。


 うわああああああ!! ごりらちゃんやあああああああああああああああああああああ!!


 ごりらちゃんが、タクシーに乗って追いついてきたんや!


 ごりらちゃんは、その怒りに満ちた笑顔のまま口をぱくぱくし始める。


 何か言っているようや。


 わしは、彼女が何を言っているのかすぐにわかった。


「と・ま・り・な・さ・い」


 と。


 しかし、わしはもちろんそんなことは聞かん!


「ここで止まるかアホ!!」


 右側に車を寄せ、軽くごりらちゃんの乗るタクシーにぶつける。


 押されてふらつく、ごりらちゃんのタクシー。


 そのすきを突いて、わしは車を急加速させる。


「捕まってたまるかーい!!」


 一気にフルスロットルへとペダルを踏んで、加速。


 ごりらちゃんのタクシーを引き離しにかかってみる。


 しかし、負けるもんですか、という風に向こうのタクシーも加速して、わしのタクシーの後を追っかけてくる。


 そんな時、わしの前に、大きめの交差点が見えてきおった。


 こちら側の自動車信号は……、赤や!


 今さら、信号無視程度、構うもんかい!


 と突っ切ろうとしたそのときや!


 今まさに横断歩道を渡ろうとしている、数人の人間が!


 突っ込んでくる車を見るなり彼らの顔が一斉に青ざめ、足が止まる!


 わしは目を細め、アクセルを踏み続ける!


 次の瞬間!


 大きくハンドルをきる!


 人々のそばを、車体が通過!


 人と車の距離、わずかに数センチ!


 どや! すごい運転テクニックやろ!


 わしのタクシーはそのまま交差点を曲がり、横道へと入る。


 後ろを振り返る。


 どうやら、ごりらちゃんのタクシーは赤信号で停まったようや。


「ふぅ……」


 わしは大きく息をひとつつく。


 ひとまずは安心や。


 しかし……。


 あの女、なんでわしの行く所行く所現れるねん!? 薄気味悪いわ!


 化けもんかいあいつわ!


 わしは胸に気持ち悪さを感じながら、しばらく運転し続けておった。


 いくつかの角を曲がり、いったんは大通りを離れる。


 一回一つの角地をグルっと回ったり、一回きた道を今度は反対に通ったりしながら、常に後ろなどを確認し追跡者が来ないか確認してみる。


 用心には、用心を重ねてな。


 これで十分やろ……。やろうけど……。


 わしの胸に、一抹の不安がよぎる。


 備え付けのカーナビゲーションシステムを操作して、ここから近いいくつかの駅を調べ、その中で一番遠い駅を確認や。


 ここでええやろ……。いい加減乗り捨てんと……。


 見上げた空はとっぷりと暮れ、夜の帳が下りておった。


 サバンナに、夜が訪れようとしているんや……。


 わしはタクシーを慎重に運転し、先ほどの大通りとは違う大きな幹線道路に通じる交差点へと、ようやく出る。


 わしは、ほっ、と息をつく。


 今日、何度目のため息やろか。


 ん? 向こう側に見える幹線道路はなにか妙やな。


 静かすぎる。


 車が通っておらへん……?


 わしは速度を落とし、幹線道路へと出た次の瞬間!


 左右から眩しいライトの白い光が!!


 手で光を遮りつつ左右を見ると!


 ルーフに赤いライトを点滅させた白黒の車が何台も止まり、道路を封鎖しておった!


 そう。パトカーが先回りして、道路を封鎖していたんや!!


 わしはパトカーの群れの姿を見るなり、叫ぶ。


「なんでや!! なんでわかっていたんや!!」


 ここは三十六計逃げるにしかず、や!


 車をその場で強引にUターンさせ、元来た道へ逃げるしかあらへん!


 わしのUターンを見るなり、パトカーがサイレンを鳴らして肉食獣の群れのようにいっせいに襲いかかってきおった!


「ひーっ! ひーいっ!!」


 来た道を戻りながら、わしは必死で車を走らせる。


 その後を追いかけてくる、赤色サイレンの肉食獣の群れ!


 逃げてやる……! 逃げてやる!!


「逃げ切ってやる! どんなことをしても逃げ切ってやるっ!!」


 わしのタクシーは、猛スピードで狭い路地を駆け抜ける。


 電柱や壁などにあちらこちらをこするが、そんなこと今は気にせえへん。


 しかし、いつまで逃げられるやろか……。


 何度も角を曲がり、白黒の狩人をまこうとするんやけど、なかなかまけへん!


「ちっ、しつこい!」


 角を曲がっても、スピードを上げて振り切ろうにも振り切れん!!


 そして幹線道路に続く、別の十字路が見えてきおった。


 ふっ、まだわしにツキはあったな。


 ここを渡れば幹線道路はすぐや!


 と、わしがその十字路を突っ切ろうとしたその時や!


 右側の横道から、眩しい白光が!!


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