コウカイ

おみこ

偶像

わたしを説明するには、一言で十分。

公立高校に通う、桜田さくら。

それ以外なんにもない。夢とか、目標とか、"自分らしい"とかいつも探してるけど、わかんない。

中身がない。空っぽ。


なのに、学校ではうらやましいとよく言われる。

勉強はできる方。陸上部のキャプテン。

容姿も悪くはない。

…だから?

わたしからしたら、夢や目標のある人の方がうらやましい。だって、夢や目標に向かって頑張っている人は、キラキラしてる。


部活が雨でなくなった、学校帰り。

なんだかまっすぐ家に帰る気にならなくて、帰り道の公園に寄った。

雨はもう降っていないけど、誰もいない公園。

そんな公園のベンチに座って、空をずっとみてた。

何かになりたい、自分だけの何かに。と願いながら。



すると突然、「お隣、よろしい?」という声がした。

あわてて見上げると、おばあさんが微笑みながら立っていた。

公園には、わたしとおばあさん以外に誰もいないから、もちろん他にもベンチは空いているのだけど…

「お隣、よろしい?」おばあさんはもう一度聞いた。

断る勇気もなく、「はい」と答える。

ありがとうと言いながら微笑む姿や、上品な雰囲気から、悪い人ではないとは思うんだけど…


おばあさんがいう。

「ねえ、あなた」

「はい」

「あなた、悩んでいることがあるんでしょう」

「…え?」

「私にはわかるわ。私で良ければ、お話ききましょうか」

いつもなら断っていたに違いない。

でも、このおばあさんになら、と思う自分がいた。

知らない人だからだろうか。

知っている人には取り繕って話してしまうけれど、

このおばあさんには本心で話せる気がした。

とかいうよりも、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。


「…わたしって空っぽなんです。夢も目標もなくて、キラキラしている人がうらやましいんです」

「あなた、好きな事はないの?」

「特に何も…」

「いいえ、きっとあるわ。そのことについて考えると、胸が踊るもの…」

おばあさんにはないと言ってしまったが、わたしには一つだけ思い当たるものがあった。

でも、もうそれは……


「私に好きな事を言えというわけではないの。ただ、後悔してほしくないの。やって後悔するより、やらずに後悔する方が一生胸に残るのよ…」

おばあさんは、何か過去を思い出しながら話している気がした。何か過去にあったのだろうか。


「人生、一度しかないから、あなたが一番好きなことをやるのが、今のあなたにとって一番いいと思うわ。

そうしたら、どこかで道と夢が繋がるはず…」


公園でおばあさんと別れ、わたしはおばあさんの言葉を頭の中で繰り返していた。

私には好きなものがあった。

それはアイドルだ。

一生懸命努力していて、歌もダンスもかっこいい。

ステージでキラキラしているアイドルが、わたしの憧れだった。でも、アイドルが好きだということを、そのとき、一番仲の良かった友達に言ったときに、

「なんか、さくらっぽくないね~」と言われ、なぜかアイドルが好きなことを隠すようになっていた。


…待って。

わたしらしくないってどうして他の人に決められて、そのまま受け入れていたんだろう。わたしらしいってなに?それは自分で決めればいい。友達に言われたからって、なにをそんなに弱気になっていたんだろう。

好きなアイドルのメンバー追加募集の紙、ずっと捨てられなかった。それは、わたしがアイドルが好きだから。アイドルになりたいから。

オーディション、受けてみようか…

でも、家族や友達はなんていうんだろう…


………………………………………………………

「さくらおばあちゃん!」

「どうしたの、萌?」

「おばあちゃんの夢ってなんだったの?公務員になることだったの?」

「夢、ねえ…昔すぎて、もう忘れちゃったわ」

「ふーん、そっかぁ。」


いいえ。今でも覚えてる。あの時、オーディションを受けなかったこと。うん、今ならわかります。あの時のおばあさん。挑戦しなかった後悔がずっと胸に残ってる。今の生活はしあわせだけど、それでも胸に残ってる。


買い物に出掛けた帰り。公園で、あの時の私に似た子を見つけた。話しかけようか、迷う。

でも、もう、選択肢は決まった。

だって、やらずに後悔するより、やって後悔した方がいいんだから。勇気を出して、声をかける。


「お隣、よろしい?」


………………………………………………………


「おばあちゃん!みて!萌の好きなさくらちゃんがテレビにでてる!!」

「さくらちゃん?」

「桜田さくらちゃん!おばあちゃんいいなぁ、おんなじ名前で!そういえば、おばあちゃんの旧姓ってなんだったっけ?」

「…昔すぎて忘れちゃったわ。そんなことより萌、ケーキ買ってきたんだけど、食べる?」

「たべる!!!」


"やらずに後悔するより、やって後悔した方がいい"

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