第7話 意味深ですね……
22時になり、俺はバイトが終わると急いで公園へと走って行く。
先ほどバイト先になぜか現れ、いきなり帰り時間を尋ねてきた大学のアイドル、今井アリアに会いに行くためだ。
もちろん、彼女が待っているという保証はない。
ただ帰り時間を聞いてきただけかもしれないし、俺に用があるとも思えない。だが、実際には『昨日の公園で待っていますね』と言われたのは確かだ。
言われたからには行かなければならないだろう。
それに時刻も22時を過ぎ、女性一人を暗い公園でいつまでも待たせるわけにも行かない。
ただでさえ、彼女は大学に入学したばかりなのに話題に上がるほどの美人なのだ。もし何かあれば大変だ……。
車通りの少ない交差点の信号が青になるのを落ち着かない様子で待つ。こんな経験は初めてだったからだ。
合コンや、学校行事と言ったからみで女子と接することは何度かあったが、それは他に誰かがいたからそんなに緊張することはなかった。
しかし、今はどうだろう。
女子が俺を待っているのだ……緊張しないわけがない。
信号が青に変わり、俺は小走りに公園へと向かう。
公園の入り口を抜け、彼女の待つであろう公園のベンチへ向かう。
すると暗がりの中、彼女はベンチに座っていた。その姿はどこかうつむきがちで、ただ不安げに下を見つめている。
その表情に、どこか既視感を覚える。
……いつだっただろう?
考えてみたけど、思い出せない。
俺は首を振り、気持ちを切り替える。
だが、一歩を踏み出す勇気がでない。
その一歩が踏み出せれば今までこんなに苦労することはなかったはずだ。
ジャリ……。
緊張で足がすくむなか、靴が地面にこすれ音を立てる。
その音に気がついた彼女はおそるおそる顔を上げ、俺と目が合う。
俺の顔を確かめた彼女が不安げな表情から一変し、ホッと安堵の表情に変える。
……そんなに安心するほどのことなのかね?
その表情を見た俺は彼女が表情を変えた意味を図りかねる。
たかだか俺が現れたくらいでわかりやすいほど表情を変えるものなのか、甚だ疑問だった。
「お、おまたせ、しました」
「はっ、はい!!おちゅうかれちゃまでしゅ」
ぎこちない俺と言葉をかみまくる彼女、二人っきりの夜の公園に車が走る音だけが響く。
気まずい……。
ここは男の俺から切り出した方がいいのか?
だが、そんな簡単なことではない。
それができていればすでに彼女の一人や二人……言ってて悲しくなってきた。
涙目になりながらも必死に会話の糸口を探す。
だがその考えむなしく、第一声は彼女から始まった。
「あの、お呼び立てしてすいません……」
「いや、お気になさらずに……」
……どんな会話だよ、俺!!社会人として名刺でも渡す気か?おい!!
話が続かない二人の会話に不安がよぎる。
ここは自分から話をせねば……と、俺は気持ちを奮い立たせる。
「……何かご用でしょうか?」
「はひっ!!」
昨日とは打って変わってまるで余裕が一切ない彼女が声を裏返らせる。
その姿を見て俺はだんだん笑いがこみ上げてくる。
「ふっ、ふふふ。あははは!!」
「な、なんですか!?突然!!」
急に笑い出した俺に、今井アリアは戸惑いの声を上げる。
それはそうだ。彼女は大学でも有名になるくらいの美貌の持ち主なのだ。それが、俺を呼び出しただけでこんなに緊張しているのだ。
大学とは違う、うぶな姿を目の当たりにして笑いがこみ上げてこないはずもない。
「ははは、すまんすまん。ちょっと可笑しくなって」
「なにがですか!!」
俺に笑われて真っ赤な顔をする今井アリアが恥ずかしそうにふくれっ面をする。
「いや、大学で見た姿と全然違うから……」
俺のイメージでは今日見た彼女は気品あふれんばかりのお姫様……は言い過ぎだとしても、たかがデブ一人に動じるような人には見えなかった。
だが、今の彼女は俺の一言一句に戸惑い、「それは……その……」と、小さな声でなにかごにょごにょ言っている。
「なんか言った?」
「いえ、何でもないです!!」
彼女の態度に疑問に思った俺は彼女がなにを言ったのかを聞き返す。
だが、そんな俺の疑問を彼女は真っ赤な顔のままそっぽを向く。
昨日といい、今日といい、彼女の意味深な態度に疑問は増すばかりだ。
そもそも俺はなぜ今日彼女に呼び出されたのだろう。
そっぽを向く彼女に俺は積もりに積もった疑問の数々を聞いてみることにした。
「今日はどうしてこんな時間まで俺を待っていたんですか?」
「えっ?」
突然の問いかけに、今井アリアはきょとんとした顔でこちらを向く。
「いや……、昨日の今日で呼び出されるとは思っていなかったからさ」
「そ、それは……」
再びもごもごと口ごもる彼女の真意がわからない。
ただの偶然で俺の働いているスーパーで俺を見つけたというのなら、待っておく必要はないはずだ。それこそ、用があれば大学でも会うことは可能なはずだ。
だが、彼女はそれをしなかった。
それなら、何か理由があるに違いないとは思っている。
だからこそ、知りたかった。彼女が俺をここに呼び出した理由を……。
今井アリアを見ると、何かを悩んでいる様子はある。
そして、彼女は「すぅ~」っと、大きく深呼吸をする。
そして何かを決意した表情でこちらを向くと、その小さな唇から言葉を発し始める。
「えっと……、お礼が言いたくて……」
「お礼?」
……はて、彼女にお礼をされるようなことをしたっけ?
俺は彼女の言葉に首をひねる。
女性と接点のない俺が彼女のような美少女と会った記憶はない。
「覚えてない……ですか?」
昨日同様に俺は記憶を思い返してみるが、やはり思い出せなかった。
その答えを教えてもらえなければ今日も寝れなくなってしまうだろう。
いや、下手をすると不眠症に陥ってしまいかねない。
だから、なんとしても今日聞き出しておきたい。
「ごめん、さっぱり……」
俺が申し訳なさそうに謝ると、彼女は少しさみしそうな顔ではぁとため息をつく。
その表情に罪悪感すら感じてしまう。
「覚えてなくても無理はないですよ。昨日言いました通り、一度しかお会いしていませんから……」
そう言うと、俺とで会ったときのことを話し出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます