第8話 猫好きですね……

私は初めて訪れた公園で一人、途方に暮れていた。それもそのはずだ……。


スマホの地図を見ながらオープンキャンパスの行われる大学を目指していたけど、いかんせん地図が読めない私はとある公園のベンチに座っていた。


今考えるとスマホの地図アプリにはGPS機能が付いている。付いてはいたけど、私は動揺と心細さで、それすらも忘れてしまっていた。


だけどその事がきっかけで私は彼と出会う事ができたのだ。


それは朝の日差しが徐々に高くなり、夏の日差しが燦々と照りつける中の出来事だった。


さっと私の足元を何かの影が横切る。

俯いていた私は咄嗟の出来事に驚いてたが、恐る恐る私の座っていたベンチの下を覗き込む。


その影はすでに通り去っていった後で、私はなんだったのだろうと首を捻る。


姿形は何かは確認できなかったが、ベンチの向こうにある背の低い木がガサガサと物音を立てている。


たぶん、ね……。


「ニャンコ〜」

私が思考を巡らせていると、それを邪魔する様に誰かが猫を呼ぶ声がする。


「ニャンコ〜。にゃんにゃーん!!」

その声はだんだんと近づいて来る。


声からして男性の声のようだけど、どうしたんだろう。


そう思い、ベンチを覗き込むのを止めて声のする方に視界を移す。


すると一人の男性が前屈みに何かを探しながらこちらに向かって来ていた。少し歳上に見えるその男性は私の予想通り猫を探しているのだろう。


「にゃんにゃー……あっ」

徐々に近づいてくる様子を見ていた私に気がついた彼は猫を呼ぶのを止める。


目と目が合い、周囲の喧騒に二人の沈黙が訪れる。もちろん、その様子にどうこう言う訳ではないけど、いい歳をした男性が猫を猫撫で声で探す様を見て私は何を言ったらいいかわからない。


彼も同様で私の視線に気がつき、自分の行為に恥ずかしさを感じたのか、ただ無言で固まってしまう。


だが、その表情は次第に赤みを増していく。


「……こ、こんにちわ」

私はその沈黙に耐えられず、一応挨拶をする。


私の声にハッと気がついた男性は速攻で顔を背ける。それでも小声で恥ずかしそうに「こんにちわ……」と、挨拶を返して来た。


その可もなく不可もない横顔に少し肉付きの良い頬、そして柔らかそうなお腹のお肉と声がどこかいい人そうな感じのある人だった。


えっ?なんでそんな事が分かるかって?

猫好きの人に悪い人はいないからに決まってる!!(要出典)


「あの……、どうかされたんですか?」

そんな容姿の彼が何故猫を探していたのか気になり尋ねると、彼はますます赤くなる。


「猫を……追いかけてました」

よほど恥ずかしかったのか、私にかろうじて聞こえるくらいの小さな声で呟く。


「お家から逃げちゃったんですか?」


「違います……」


「迷い猫ですか?」


「野良猫です……」

私が少し意地悪く質問を繰り返していくと、彼はますますその声を小さくさせる。


彼が何者かは定かではない。

だけど、その行動と言動を見れば飼い猫ではないような気はしていた。


だけど、その恥ずかしそうにする様子がどこか私が抱いていた不安を拭ってくれる。それと共にその様子がだんだんとおかしくなって来て、ついつい私は笑ってしまった。


「ふふふ、あはははは!!」


「んな!?」

突然笑い始めた私に驚いた彼は真っ赤な顔のまま戸惑いの表情でこちらを見てきた。


「……ご、ごめんなさい。ついつい……。笑う気はなかったの」

緊張の糸が解れた私は謝りながらも、彼が先ほどまで見せていた光景を思い出し、再び笑う。


笑いを抑えられなくなった私に、彼はバツが悪そうに無言で俯く。


「……猫が、お好きなんですか?」


「実家で飼っていましたから……」

笑いが徐々に収まってきた私は改めて彼に猫のことを聞いてみる。すると、むすっとした声で彼は答えてくれた。


……やっぱりいい人だ。


こんな見ず知らずの人のことを笑うような奴なんてほっておけばいいのに、それをしない彼に好感をもつ。


「猫、可愛いですよね。私も好きです」

と言うと、彼が頭を上げて再び私を見る。


どことなく共通の話題が出来たからか安心したのだろう、どことなく目が輝いているように見えた。


「いや……、大学の為に実家を出たのはいいんだけど、猫がいないと寂しくてつい追っかけてしまったんです。この公園、猫がよくいるみたいなんで」


「あぁ、そうなんですね。てっきりあなたのお家の猫が迷子にでもなったのかと思いました」

と言って、私はふと我に帰る。


……そうだ、迷子は私だ。

今まで笑っていたのが一転、私の感情に影を落とす。


親に反対されてまで希望した県外の大学のオープンキャンパスにすら行けない私が彼の事を笑うべきではないのだ。


……あれ、大学?

ふと、彼が先程言った言葉を思い出した。


「あの……、さっき大学っていいました?」


「えっ、ああ……」

不意に尋ねられ、彼は身構える。


「あ、あの……、大道大ってどこにありますか!?」

私は立ち上がると、ここぞとばかり彼にオープンキャンパスの行われる大学の場所を尋ねる。


ここで聞けなければ最後、なんの成果も得られないまま帰る羽目になる。それはどうしても避けたい。


人見知りの私がここまで話せた人なのだ、ここで逃してなるものか!!そう意気込んで発した口調に彼は気圧されたのか、少し後ずさったが、私の姿を頭の先から靴の先まで軽く眺める。


サマーニットのセーターにタイトなパンツ、スニーカー、少しおっきめのリュック……。そして少しおっきめのメガネを掛けた私を見て何かを察した彼は、ゆっくりと口を開く。


「……もしかして、迷子?」

その否定できない事実に、今度は私の顔が赤く蒸気する。


グゥの音もでない……。

だが、強がったところで事実は事実。

私はゆっくりとうなづく。


「……地図は?スマホは?」

形勢逆転、先程とは打って変わって彼からの質問攻撃を受ける。


「スマホを見ながら来たんですけど……、迷っちゃいました」

恥ずかしさを隠す為にわざとらしい苦笑いを浮かべる私に彼は鋭い視線を向ける。


「ナビは……」

その一言に、私は「あっ!!」と素っ頓狂な声を出す。


その声に彼は大きくため息をつく。

そのため息に私はますます恥ずかしくなり身を縮める。


すると彼は後ろを振り返り、ゆっくりと歩き始める。


「……ついてこい」


「あ、あの……」

ぶっきらぼうにいい放つ彼に戸惑う私。


彼についていっていいんだろうか?

初対面の相手に少し不安を覚える。


ついて行って怖い目にはあいたくはない。

だけど、なんの成果も得られないのは嫌だった。


それに彼はいい人そうだ。

なら、私の目を信じよう……。


「行くぞ……。不安なら後ろをついてくればいい」


「は、はい……」

悩む私を無視するかのように、彼は先へと進んでいく。その背中を追って、私は後についていく。


……白昼堂々、嫌なことはしないよね。

私はそう言い聞かせながら、彼の背中を見る。


その背中にどこか、既視感を覚えていた。










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