第6話 一人旅ですね……
「はぁ……」
今の時間は21時30分……夜の公園で1人、今井アリアは緊張していた。
それもそのはずだ……。
自分を今の進路に導いてくれた人にこんなにも早く再会できたのだから無理はない。
たった一度きりの出会いが自分をここまで変えるとは思いもしなかったし、自分がこんなに大胆な人間だなんて信じられなかった。
それはそうだ。
昨日、一回しか会った事のない人間に対して急に意味深態度を取り、今に至っては逆ナンにも取れる言葉で会うう口実を作ったのだ。
「……はしたない子だと思われなかったかな?」
22時がバイト終わりだと言った彼をここで待っていても来てくれる保証はないし、もしかしたら変な女だと思われて、ここに来てくれないかもしれない。
1人きりの夜の公園が、不安を掻き立てる。
……が、どこかで来てくれると言う予感が心のどこかにあった。
いかに平和な日本といえどこんな時間に女の子が1人で待っていると知りながら、彼が私を放って置けるはずがない。
それを信じて、私は彼を待っていた。
ふと、昨日座って話をしたベンチに視線を移す。
道ゆく人にとっては何げないただのベンチだ。
それでも、私にとっては自分の未来を変えた思い入れのあるベンチだったのだ。
それは高校3年の夏休みのことだった……。
※
高校3年生の私は、途方に暮れていた。
それは夏休みを利用し、志望校の一つである地方の大学のオープンキャンパスに行った時の事だった。
最初はお父さんが地元の大学を受験しろと猛反対をしていたのだけど、やりたい事があったし一人暮らしもしてみたかった私はこの大学だけは受験させてほしいと願い出た。
最初は難色を示していた父だったけど、私の熱意に折れて、最終的にはオープンキャンパスに行く事は許してくれた。
ただ、その条件として、親には頼らずに自分の力だけでオープンキャンパスや受験をして受かれば考えると言う事だった。
もちろん費用は出してくれるのだけど、その他の一切は関知しないとも言っていた。
そもそも大学は難関だったし、努力をしなければいけないのは事実だったからどこかで諦めてくれると父も踏んだのだろう。
オープンキャンパス前日、実家から夜行バスで5時間程の距離のある地方に家族や友人もいない状況での初めての一人旅をする。
バスのチケットも、大学の場所の確認も、必要な物の準備も抜かりなく行い、あとは出発するだけ……。
「いってきます!!」と、お母さんに笑顔で言うと私は家を出る。
夜行バスなので、夜の闇の中を高速バスのターミナルに向かって意気揚々と歩く。
こんな時間に一人で家を出て、未開の地へ向かって歩く自分に高揚と緊張が入り混じる。
バスターミナルに着くと、私は自分が乗るバスを間違えないように確認し、今か今かと待ち侘びる。
当然、バスは定時にバスターミナルに入ってきて、出入り口を開ける。そのバスに私以外の人達が次々に乗り込んでいく。
数人で旅行をする女性に、スーツを着た男性、初老の夫婦など、数人がそのバスに乗り込んで行くが、私くらいの歳の女の子が一人で乗り込む姿はない。
その様子を見て、私はふと不安が過ぎる。
だけど私が乗り込むと、バスはすぐにドアを閉めて、目的地に向かって走り出す。
夜行バスは私の住む街を抜けて、高速道路へと侵入する。窓側に座っていた私は窓の外を眺める。
市街地を抜け、スピードを出していくバスが高速道路特有のオレンジの街灯を次々と追い越していく。
見た事のない光景が広がり、不安はますます強くなる一方で、私はカーテンを閉めて休む体勢を取る。
暗くひっそりと静まり返ったバスの車内に他人の咳込む声と寝息だけが聞こえる。
……帰りたい。
親元がどんなに安心だったか、思い知らされながらも、強く目を閉じて目的地に着くのを待った。
しかしバスの振動でなかなか眠る事は出来ず、バスの走る音だけが……不気味に響いていた。
※
翌朝、バスは高速道路を降りて目的地の市街地を走っていた。
私はいつのまにか眠っていたらしく、窓の外を見ると、夏の朝日がさんさんと輝いていた。
そんな中、見慣れない街並みが次々に目に入る。いかに同じ日本とはいえ、所変われば品変わる。
その街並みに私は昨晩までの不安も薄れ、窓の景色を堪能した。
バスは目的地のバスターミナルに到着した。
次々にバスを下車していく人達に続き、私もバスを降りた。
時間は6時。
いかに街中とはいえ、外はどこか閑散としていて、道ゆく人はどこか急足で歩いていた。
オープンキャンパスまで時間はまだある。
どこかで時間を潰したいのだけど、あいにく店はまだ開いていない所ばかりだった。
とりあえず、私はバスターミナルの近くにあったハンバーガーショップに入り、軽めの朝食を摂る。
ここなら人もいっぱい居るし、少しは休めるだろう……。そう思って、商品を受け取ると私は店内の端の席に座り、それを食べる。
食べ終わると少しほっとしたのか、眠気に襲われ、テーブルに顔を伏せる。
「なんか疲れた……」
やはり緊張と不安と夜行バスの車内での不十分な睡眠がどっと出てきたのだ。
家族と離れてまだ数時間しか経っていないのに人恋しさが募る。
それを紛らわせるために周りの声に耳を傾けてみるけど、聞こえてくるのは聞き慣れない発音をした日本語だった。別に外国に来た訳じゃないし、聞き取れない言葉でもない。
ただ方言が違うだけで、別世界にたどり着いたような感覚がより一層不安を煽る……。
そんな不安になる私をお父さんはきっと見透かしていたのだろう。
そう思うと悔しくなり、意地でも一人暮らしをしてやるんだから!!と決意し、立ち上がる。
そしてハンバーガーショップを後にして、大学の最寄駅に向かって歩き出した。
だけど、それはこれから始まる苦難の序章に過ぎなかった。
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