第5話 お醤油ですね……
教師が入ってきて授業が始まる。
教室中がさっきの騒めきを忘れてしまったように静まり返り、生徒達はそれぞれに教師の話に聞き入る。
だが、そんな中でも一部の生徒は超絶美少女である今井アリアに関心が行く。その一人に俺が入っているのは否定はできないのだが、それは仕方のない事だと思う。
なぜか俺のことを知っていると言う彼女が目の前にいるのだから気になってしまっても仕方がないのではないだろうか。
……彼女とどこで会ったのだろう。
必死に答えを導こうとするが答えは出ない。
見覚えが少しでもあればいいのだが、それも全く記憶にないのだから尚更辛い。
だが、昨日の様子では彼女はすぐに答えを教えてくれそうにない。
そんなこんなで授業に集中できないまま、授業の終わるチャイムがなる。
教壇から教師が降り、教室から出ていく。
それと同時に生徒達はざわめきながらそれぞれに教室から出ていく。
俺も荷物を抱え、藤堂と共に椅子から立ち上がる。教室から出ていくのだが、その間際に遠目から今井アリアの姿を眺める。
彼女は一人、焦ることなく授業道具を片付けている。その周囲には彼女目当てな男達が近づこうとしている様子が見える。
彼女ほどの美しさがあればそれを見逃す人間はいないのだろうが、結局は誰もその凛とした姿に気圧され、彼女になかなか近づけないようだった。
中には何も考えていないようなチャラ男が声を掛ける姿も見えたが、結局は彼女に冷静にいなされ落ち込みながら離れていく様子もあった。
そんな彼女がなぜ昨日俺に話しかけて来たのだろう。
……どこかで会ったことがあるのか?
側から見るに彼女が嘘をついてているようには見えないし、悪意を持って近づいているようにも見えない。
なら、本当に会ったことがあるのだろうか?
だが思い出せない。
教室から出る間際、俺は最後に彼女の姿を見る。彼女も立ち上がり、教室から出ようとしているところだったようで、目と目が合わさる。
その瞬間、彼女は柔らかく微笑む。
その顔に俺は驚いて下を俯き、足早に教室から離れていく。
「お、おい、上本!?どうしたや?上本!!」
急に走り去る俺におどろいたのか、藤堂は慌てて後を追ってくる。
その声も聞こえないまま、俺は次の講義のある教室の方に向かって行った。
今井アリアと言う人間に声をかけられた訳ではないのに、この体たらく。女性に対しての免疫の無さを露呈している自分が情けなくなる。
その後の講義の最中も藤堂は何があったのかを執拗に聞いてきたが、俺は昨日今井アリアに会った事は言わずにただ戸惑いながら授業を受けていた。
※
今日の講義が終わり、バイトの時間になる。
スーパーのバックヤードで品出しやら、消費期限のチェックをするだけの簡単なお仕事をただ淡々とこなす。
身体を動かしていることでようやく冷静になって来る。シンプルに考えればどこで会っていようとも、関係はない。
彼女は俺にとっては手の届かない高嶺の華なのだ。
そもそもが無関係であり、こちらから近づかない限りは何もない。いつものように、藤堂たちと過ごす毎日を送ればいいのだ。彼女の事を無理に思い出す必要もない。
そう考えながら、つまらないバイトを黙々と終えて、近所の公園でウォーキングをして帰る……はずだった。
「すいません……」
バイトの終わり際、消費期限のチェックをしている俺の背後から女性の声が聞こえてくる。
「はい、どうしました?」
女性の声に反応し、立ち上がった俺は声の主の方を見る。
すると、「あれっ?」と言う声が女性の口から溢れる。その声を聞いた俺は女性の顔を見て固まってしまう。
なぜだろう、朝イチの講義の時に見たばかりの、いや……昨日から俺を悩ませている張本人、今井アリアが目の前に立っていたのだ。
……なぜ彼女がここにいるんだ?
ようやく落ち着いた頭が再び掻き乱される。
2日続けて夜に彼女に会うなんて驚きを通り越して恐ろしくなる。
まさかストーカーなのか?
こんな美人に対して勘違いも甚だしいが、そう考えざるを得ない状況に困惑する。
「こんばんは、またお会いしましたね」
困惑する俺を気にするそぶりを見せずに、彼女はにっこりと笑い、声をかけてくる。
「……そうですね。朝の授業ぶりです」
「そうですよ、一緒の授業を受けてたんですね!?驚きました!!」
俺は商品を棚に置き、立ち上がると授業で見かけた事を告げると彼女はパッと明るい笑顔を見せる。
その笑顔は誰をも魅了するようで、店に来ていた疲れ果てたサラリーマンがその笑顔に足を止めている。だが、彼女はそんな事気にも止めずに話を続ける。
「気付いていたんだったら声かけてくれたらよかったのに〜」
「あ、あぁ。あの時は友達と居たからな……」
笑顔のまま、俺に無理難題を吹っかけてくる彼女に俺は顔を痙攣させる。
今まで彼女どころか、女の子に声をかけた事があまりない人間に対してほぼ初対面の女の子、まして今井アリアのような美少女に声をかけるなんて行為が出来ればどれだけ良かっただろう。
だが、あいにく俺はそんなにできた人間ではない。高嶺の華を遠目から愛でるのに精一杯だ。
だから、それを誤魔化すために藤堂といたことを言い訳にする。すると彼女は少し頬を膨らませる。
「そうですか……」
「どうした?急に……」
「別になんでもないですよー」
突然不機嫌な表情を浮かべる今井さんに俺は戸惑う。女心なんてわかるはずがないのだ。
「まぁ……それはいいとして、なんか用があったんじゃないか?」
話をはぐらかす為に話の内容を変える。
そもそも俺はバイト中であり、彼女は客なのだ。何か買いにきたに違いない。
すると彼女は何かを思い出したように「あぁ〜、そうでした!!」と、手を叩く。
その姿はどこか間抜けで、朝方見た大学のアイドル、今井アリアとはかけ離れていた。そして恥ずかしそうに、「あの……」と言う。
「……お醤油、どこですか?」
「……はっ?」
彼女の言葉に俺は空いた口が塞がらない。皆様もご存知かと思われますが、スーパーで醤油売り場なんてすぐに分かるだろう。
どこのスーパーでも売り場を探し歩けば必ずと言っていいほど目につく場所にある。
そしてどの調味料より多くの種類が売ってあるから少なくとも店員に聞くまでもなく見つけられるだろう。それに、通路の吊り下げ看板にも醤油の場所はしっかりと書いてある。
ならばなぜ、彼女は俺に声をかけたのか?
醤油を探しているふりをする理由を考えてみる。
一つ目の理由としては嘘。
昨日のように俺に声をかける言い分として醤油を持ち出す事で店員である俺と話をする理由にした?
そして二つ目は本当に場所が分からない。
彼女自身が箱入り娘で、スーパーに来た事がなく本当に醤油の場所が分からないの二つなのだろうが、どう考えても後者ではないだろう。
だが、前者であればなぜ嘘をつく必要があるのか……だ。そこが分からない。俺と話したいが為にそんな嘘をついたとすればなんとなく嬉しいが、どう考えても飛んだ思い上がりだ。
だが、お客様に商品の場所を尋ねられたのだ。とりあえず俺は彼女を目的の場所へと案内しないといけない。
俺は大学のアイドル様の意味深な態度に疑問を感じながらも、店内を案内する。
「えっと、醤油ですね?こちらです……」
歯切れ悪く醤油売り場を伝えると、彼女は「ありがとうございます」とお辞儀をする。
目的は果たしたはずだから、彼女も帰るだろう。
「じゃあ、俺は仕事に戻ります……」
と言って、俺は元の場所に戻ろうと踵を返す。
すると、彼女は「待って!!」と言って俺を引き止める。
「まだ何か?」
別に邪険にしたいわけではないが、疑問が疑問を呼びそれが態度に出てしまう。
だが、彼女はそんな俺の態度に物おじもせずこう言ってきた。
「あの……、バイト何時まででしか?」
驚く事に、俺のバイトの終わり時間を尋ねてきたのだ。
それに驚いた俺は彼女が緊張していて、噛んだ事に気がつかなかった……。
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