大学4年の秋

「よっ、小野くんっ!」


 今日の主役、新郎の渡辺は特に緊張した様子もなく、丸々四年ぶりとは思えない気さくさだった。

 折からの新型感染症対策で来賓の客たちは皆色とりどりのマスクをしていて、装いだって似たようなフォーマルなのに、渡辺は僕を見分けて肩を叩いた。


「渡辺、久しぶり。ご招待ありがとう。この度は誠におめでとうございます」

「やめてよー、他人行儀」

「親しき中にもだよ。ほんとおめでとう。奥さん美人だな」

「へへへっ、だろォォ?」


 ホストをやっててお客さんだった女性がお相手だという。美男美女のカップルで、本人もそれを認めて悪びれない辺り普通ならやっかみやヘイトの的になりそうなもんだが、渡辺はどこかカラッとしてるというか、知り合い全員の「弟」みたいな関係性の中に上手に収まっていて、多少変わったことをしても「仕方のないヤツ」みたいな感じで許されて、愛されていた。

 コミュニケーション能力か。

 だからホストでやってけるのかな。

 僕には……欠けた才能だ。


「演劇部はみんな同じテーブルだ。ディスタンスは一応気を付けて。梶谷先輩も霧島先輩ももう来てる。檜垣と木村はギリギリになるって」


 霧島先輩……来てるのか。

 なるべく、普通に振る舞おう。

 あれから五年だ。あの直後ならともかく、今の僕にはそれができるはず。

 受付を済ませてご祝儀を渡し、式場に入る。パンフで位置を確認して当てがわれたテーブルに視線を向けると、先輩二人組は既に僕に気づいていて、笑った目でこちらにヒラヒラと手を振っている。


 僕は露出した部分の顔で精一杯の笑顔を作って、二人の先輩に手を振り返した。


***


「久しぶり〜」

「全然変わってないねぇ〜」


「お久しぶりです。先輩たちこそ。まあ言ってもまだ五年ですしね」

「早かったんだね」

「僕は今埼玉なんで。逆に早く着いて時間潰しましたよ」

「檜垣くんは大阪、木村さんは神戸だもんね」

「大学生?」

「心理学部の四年生です。実験的アプローチの分野の教授のゼミで。それなりにぼちぼちやってますよ」

「卒論の制作中かな?」

「進めてますよ。パーソナルスペースの男女差と世代間の距離モデルを作ってます。サンプル数の確保に苦労してますが」

「彼女とかいるの?」


 梶谷先輩が眼鏡を直しながらそう尋ねた。僕は霧島先輩を見そうになるのを瞬間の内に全力で我慢しながら「世の女性は、男を見る目がなくって」と笑ってうそぶいた。

「だよなー。俺も一人だ」

 梶谷先輩はガハハと笑って、僕の背中をバンバン叩いた。

 変わらない。本当にあの頃の演劇部の空気だ。

 あの頃の先輩方より今の僕は年長になっている筈だけれど、先輩たちの前に出ると一瞬で高校二年の僕になってしまう。

 軽口の応酬。気の利いた返しと笑い声。取り留めのない世間話と互いの近況報告。

「おっ、あれ檜垣くんと木村さんじゃないか?」

 先輩二人の視線が入り口を向いたちょっとした隙を突いて、僕の眼が勝手に霧島先輩を見た。

 以前より少し長い髪。プラチナシルバーのネックレスと紺に近いブルーのドレス。外国の蝶の羽根のように複雑に光を跳ね返すストール。横顔と、その瞳。


 あれから五年が経っていた。


 あれから五年が経っているのに。

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