第3話 親子丼

夏の終わりと秋の始まりの間の、まだ蒸し暑いしかし鳴くのは蝉ではなく鈴虫の音のなる晩夏の夜

暗く、生温い風の吹く境内に立つ屋敷の扉がトントンと、控えめに叩かれた


「すみませーん」

「あぁ?こんな暗い時間にどうした」

「あ、たぬきちさんこんばんわ…」


訪ねて来たのはセーラー服を着た少女、美咲みさきと、その腕に抱かれている弟の咲弥さくやが玄関の前で立っていた


「あぁ、こんばんわ

だがこんな時間に中学生が小学校入りたての弟連れて出歩くんじゃねぇぞ」

「あの、それなんですけど…」


もごもごと美咲が言いにくそうに口を動かしているのを見ていると廊下から、あー!と声がし、振り向くと慌てた様子でこの屋敷の主である神様がこちらに向かってきた


「なんだあるじは…急に叫び出して」

「いやはや、美咲と咲弥は迎えに行けなくてすみません

とりあえず中に…」

と何やら急かすように進めている


「は?まて、主はなんか知ってんのか?」

「後で話しますからとりあえず居間に行きましょう」

「お、おじゃまします」

「します…」


───────────────────


「んで?なんに知ってんだ?主サマ??」

「待ってくださいどうして私は正座を…」

そして俯いて小さくボソリと


「昔は父様父様ととさまととさまとうしろについて来て可愛いかったのに…養いたぬきちが怖い…」

「おぅ…それは昔のことだろう…!!!」


少し顔を赤らめたたぬきちはんんッと咳をし、んで?と言いながら正座をした神様を見下ろしにっこりとした笑顔で言葉を繋ぐ

「んー?子供夜中に出歩かせるの、うさ子ときつね子ならなんて言うかなぁー?

必要なら俺に迎えを行かしゃァいいのになァ??」

「誠に申し訳ございません…この事はどうか2人には内密に…

というか、今回の件は本当に仕方ないので…」


しょんぼりとした顔をしながら姉弟に目線をやり、今回の件について説明を始めた


「実はこの事は、2人のお母さんから連絡がありまして…

何でもお祖母様が、階段から転んで怪我で大きな病院…隣町まで行かなくてはいけなくなってしまったそうで…」

「はぁ、それでなんでうちの神社に?」

「あぁ、それは咲弥が今年て7歳になったでしょう?

その…ですね、誠のようにちょっと…」


その一言でたぬきちは嫌な予感が脳裏を過ぎるがふと、1つの疑問が浮かび上がった

「まてまてまて、咲弥って…楽器屋の、琴宮ことみやのとこだよな??」

「はい、琴宮さん家の長男ですね」

「あそこんちは、外から来たから山中やまなかとの繋がりは無いはずだが…」


ははは、と虚ろな目をして乾いた笑いをする神様は、1つ、悲しい事実を告げた


「山中の更に古い血の、大本が繋がっている…ようで…」

「…え、まじで…?」


頭が痛くなるような回答に胃のあたりがギリギリと痛くなる感覚は気の所為だろうか…


「つか、親はどうした

母親は、婆ちゃん病院連れてってるのは分かるが爺ちゃんと父親は?いるだろ」

「あぁ、お父さんは出張で、お祖父様は隣町にいてこちらに車を走らせているようなのですが、どうも時間が掛かるようでして…」

「あぁ…タイミングが悪ぃな…」

はぁ…とどちらとも無いため息が出たが、そのまま話を続けた


「で?誠は、異様に好かれる感じで誘拐の危険があったが咲弥は?てか、美咲は大丈夫なのか?」

「ははは…誠の方が可愛いものです…

咲弥は、それに足して、迷い込む体質もあるようで…

美咲は、その所為…と言っていいものか…

護る…?繋ぐ…?まぁとにかく咲弥を守る為の能力が開花したようですが…」

「万が一があるからうちで預かるっつぅ事か…」

「えぇ、そうです」

「しっかし、うさ子は実家からの呼び出しで、きつね子は、他の神社からのヘルプで…

2人が居ないこの状況は、ちとキツイな…」

「本当に…とりあえず客間の用意をしてきます。多分、今夜は泊まるでしょうから

たぬきちは2人をお願いします」

そう言って立ち上がり、忙しそうに居間から出ていった


「さて…」


そう呟いて姉弟を見ると咲弥はビクッと肩を揺らし、美咲は苦笑いでその頭を撫でた


「おぅ琴宮姉弟ことみやきょうだい、夕飯は食ったか?」

「いえ…まだです、夕飯の準備をする前におばあちゃん怪我しちゃったので…」

「そうか…咲弥、腹減ってるか?」


そう目線を合わせて聞くと控えめにコクリと頷いた

「おっし、わかった

あぁ、そうだ ついでだ、簡単な飯の作り方教えてやるから手伝ってくれ」

「あ、はい」

「…うん」


…小さく返事をし、姉の後ろに隠れ、ついてくる姿を見てクスリと笑ってしまったのは秘密だ


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台所につき、手を洗い3人で顔を合わせ、ナイショ話をするように抑えた声で喋る


「よし、今日作るのはレンジで簡単に出来る親子丼だ」

「親子丼…!」

「なんだ咲弥は、親子丼が好きなのか」

「うん…!」

頬を赤くそめ頷く弟の頭を撫で美咲はふふふと笑いながら答えた

「弟は、おばあちゃんが作ってくれる親子丼が好きなんです」

「そうか…んじゃ、婆ちゃんが退院したらお前達が作ってやるといい」


「え、私達が…?」

目をぱちぱちとし、困惑している姉弟の頭を撫でながらたぬきちは言葉を続けた


「あぁ、そうだ、孫に料理を作ってもらって喜ばない爺婆は、居ないさ

怪我なんかすぅーぐに治っちまうだろうよ」


ギュゥッと洋服を小さな手で握りしめた咲弥は、俯きながら小さな声で言った

「そうかな…?」

「そうだ、だからチビ助も手伝ってくれるか?」

「うん…!ぼくもがんばる…」

ガバッと顔を上げ、力ずよく頷く弟を美咲は、微笑ましそうに、そして少し安堵した様子で見つめていた









「さて、始めるか」


まず、耐熱容器に、鶏肉、細切りの玉ねぎ、煮汁の調味料を入れる。


「玉ねぎは、最近は冷凍食品のが売ってたりするから今回はそれを使う」

「はい!」「なるほど…」


耐熱容器に蓋をして電子レンジに入れ、600wで2分程加熱する。

その間に卵を割り、溶き卵を作る


「卵を割らずにそのままレンジに入れてゆで卵みたいなのを作ろうとすると爆発するのでしないように」

「えっ」「これはだいじょうぶなの…?」

「あぁ、何でも内部から温まって、良く分からんが黄身の水分が外に出ようとして爆発って、うさ子がなんか前に言ってた」

「へぇ」「ふむふむ…」


レンチンした耐熱容器を一度レンジから取り出し、蓋ををはずして先程の溶き卵をまわしかけ、再び蓋をして30秒加熱後そのまま1分程蒸らす。


「いい匂い」

「おなか空いてきた…」

「もうちょいまて…

あ、いや、先にご飯をよそうか」


どんぶりにホカホカのごはんを入れて蒸らした卵を上からかけ、小口切りにした青ねぎを散らして完成


「どうだ?簡単だったろ?」

「できた…!」

「包丁や火を使わないのでお母さんが心配しなくても出来そうです」

「あぁ、やっぱ美咲の所はあんまり親がいない所で包丁とか触らせたくない感じか」

「えっと、はい

お手伝いとかはするんですけど…」

「手伝い出来てんならそのうち料理の腕も上がんだろ

なんなら傍で実家の味ってのを盗んでやれ」

「はいっ!」

ニコニコと笑っている美咲の頭を撫で、

あっと、注意を付け足した


「今回の親子丼は、使う耐熱容器の大きさや卵の料理、レンジの温度に合わせて、様子を見ながら加熱時間を調節しろよ」

「はぁい」「はい!」


「よし、じゃぁ席つけー」

「「はーい」」


ホカホカの親子丼を置き、手を合わせて挨拶をする


「んじゃ、いただきます」

「「いただきます」」


とろとろの卵と出汁の染みたくたくたの甘い玉ねぎ、柔らかな鶏肉とさっぱりとしたネギの薬味

「うん…美味い」

「美味しい…」

「ぼくも、おばあちゃんに作りたい…!」

「作る時はお姉ちゃんと一緒に頑張ろっか」

「うん…!!」


微笑ましい会話をしながらも食事を終えるとガラガラと台所の扉が開いた


「あぁ、やはりここでしたか、客間の用意が…

あ、すごくいい匂いが…」


姉弟を呼びに来た神様は、スンスンと鼻を動かしグゥと腹の音を鳴らした


「たっく…後で作ってやっから、先に2人を案内してこい

咲弥なんか、すでに船漕ぎ始めてるぞ」


そちらに目線をやると、美咲によっかかりながらもカクンカクンと首が上下に振られ、随分と眠そうな姿だった


「あぁ、すみません

美咲、咲弥、行きましょう」


美咲に手を引かれた咲弥は、ふとこちらを見るとカクンッと首を曲げながら言った


「たぬきち、さん、ばいばい

おやすみなさ…ぃ…」

「おぅ、おやすみ

美咲も早く寝ろよ?」

「はい、たぬきちさんもおやすみなさい」


最後の方はほとんど夢と現実の間をうつらうつらとしているようであったが、しっかりと挨拶をして客間に歩いて行った




───────────────────


月明かりが優しく照らす縁側で、ゆるりと酒に月を写し、そのままクイッと飲み込む

カタンっと物音がしてそちらを見ると、先程美咲達姉弟を客間に送り届けた神様が向かってきた

「月見酒…ですか?」

「あぁ、ちょいと知り合いにいい酒を貰ってな、父様ととさまも一杯どうだ?」

ニヤリと、いたずらっ子のように笑い、幼少期の呼び方をすると

おやおや、久しぶりの呼び方ですねぇ…

ふふふと笑われ、少し照れくさくなってしまう

「せっかくですし、一杯貰いましょうか」


「で、父様はオネェサマの血筋の子を見てどうなんだよ?」

「あら、バレてました?」

「山中の大本ったら、主の姉だろうよ」

あらまぁと、どこか言葉を濁したようにくふくふと笑う

「いやまぁ、似ていますねぇ…

あの厄介な体質を持った子達は」

「そうかぁ?」

「姿ではなく、魂の質というか…ですかね」

「ほーん」

興味無さそうに聞いているが、魂ねぇ…と思い出してみる

「あぁ、確かに似ていたな

いや、似ているな、か

父様の姉さんの魂なんて見た事ないが子供らは大体似ているな」

「でしょう?」

「血筋というか、魂が受け継がれてあの体質か…?」

ふと思い付いた考察を口に出してみるが直ぐに否定された

「いえいえ、あの体質に生まれてしまったから、魂もあのようになった…と言った方が正しいでしょう」

そう言った父の瞳は遠くを、ずっと昔の記憶を見つめている


「ふーん…そんなもんか…

あ、そういや、誠が生まれるまでの100年、なんでそんなに間が空いたんだ?」

疑問をそうつぶやき答えを待った

少し間が空いたが、ポツリと

「戦争、でしょうね」

そう呟き、更にその後に言葉を続けた

「いや、生まれてはいたけれど、誰も気付いていなかっただけかも知れません」

あの時は何か仕掛けるなんて余裕すらなかったものですからとため息をつき、続けた

「しかし、神性が失われかけていたあの時代に…」

っとそこで不自然に言葉が止まった

「あ?父様?どうした?

おーい?主ー?」

目の前で手を振っても微動だにしなかった神様の肩を揺らすとはっと意識が思考の海から戻ってきたようだ

「あ、あぁ、っとなんの話しを…」

「神性がーとか言って終わってたが」

「…この話はここで終わり!

さて、お父様からのお願いです、先程いい匂いがしていたものを作ってくださいな」

「えっ…いや、まぁはぁ…

わかった、作ったらさっきの話の続きをしろよ!」

「ははは、覚えていたら、ね」


そんな風に戯れている親子を満月の月明かりが優しく見守っていた

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神様だって美味しいものが食べたいのです! 無月 @aya0614

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