第5話 空白を考える過程で

昨日早くに寝てしまい4時という時間に起きてしまい、やることなくて構想を練りながら投稿された自分の作品読んでたんですが……どうにも読み辛い気がしてならない……。


 人と人の交流を描いて友情なり、恋愛なりで交差させようとするとやはり会話文が必須。そして間に描写などをいれる地の文も必須。となるとそこそこ長い文が出来上がる。

 そこで問題となるのが空白がないために読み辛いと感じた事。


 会話文の後に心情心理を描写させたり、誰が話してるかわからせようと地の文を挟む。この地の文が無ければ、誰が話してるか、そしてどんな表情なのかというのを書かなければ読者には伝わらない。なので書く。

 短い会話ならいいが物語として核となる会話だったりそうしたいとなると、当然台詞が長くなる場合があったり、会話が続いて文章が途切れず長くなる。


 するとどうなるか……。


 字が詰まって読み難いと読者が感じて、読み飛ばしたり、読むのすら辞めてしまう事に繋がる場合がある。


 自作を読んでて私は壁にぶつかった。


 そもそも縦書きの小説ならばそんな状況は極々当たり前で、空白なんてものはほとんどない。

 しかし縦書きは苦も無く読めるのに、webで横書きとなった途端に読み難いと感じてしまう。

 この不思議さ。


 空白のところで私は持論を述べたが、そこで『空白とはカット、コマ割りの意味を成す』と言った。当然、自作のところどころで会話が続いてる文章の箇所も、映像を意識して同じシーンでも空白をつけるように気を配って書き、空白箇所を作って読み難いと取られないよう配慮したりしている。


 しかし、そう思い書いていても長くなってる箇所がちらほらあるわけです。

 自分でどう考えても空白を作る場面が無い!

 そうなると他の方がしてるように、会話文と地の文の間に空白を作ったら良いとなるわけだが、これは私自身の拘りが出てそれを拒否してしまっています。


 そう、カット割りとして分けるのが不適切と感じてしまうのでそのシーンを映像で想像した時に出来ないと判断してしまう。

 結果、詰まってるように感じてしまう点。


 これは日本人特有な気がする。

 縦書きだと文章がつらつらあっても読めるのに横書きだと読めなくなるのか……。


 気にしすぎとも思えるけど……。


 最近はこうあるべきだと頭が固執しすぎて、固い思考になってきてるのかと悩みだしてます。


 そのせいか全く次話が書けなく止まってしまっている今日この頃……。

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