第18話 ルキウス策を弄する。
同時刻……こちらはバンス島。
「こちら揚陸戦闘団・第2中隊、隊長の相模だ。現在、島の東部にあるココトの捕虜収容所内。拉致された串本町の住民455名のうち302名を確保。なお、捕虜にした敵の亜人兵によると、18名が拷問により死亡、12名の女性が暴行を受けたあと死亡、怪我人は多数のため現在集計中。以上、送る」
まだ報告する事は残っているが、いったん相模2尉は通話を海自艦隊に戻した。
この通信は、OH-2海上偵察ヘリで中継され、バンス島北方二〇キロ地点まで接近した海自艦隊の空母ながとCICに送られている。
『こちらCIC戦闘主任。島の戦闘はどうなっている?』
「上陸地点から収容所に至るラインは確保中。しかしココト南部にある山岳要塞には、いまだ敵守備隊が潜伏中のため、F-35隊による爆撃支援を求む」
『了解。ただちに空母航空隊に要請する。他に報告はないか?』
「こちらが収容所に突入した時点で、すでに100名ほどの民間捕虜が、敵艦に乗船させられ島を離れたとの敵捕虜による証言を得ている。その際、敵の守備司令官も撤収し、同艦に乗っているものと思われる。敵司令官は捕虜を人質にしている模様。現在、偵察小隊が仔細を調査中。以上で報告は終わりです」
拉致された住民が100名、島から連れ出された……。
この衝撃的な報告に、CICからの返答が一瞬だが途切れた。
『……重ねて聞く。島を脱出した敵艦には、間違いなく100名の拉致被害者が乗せられているのだな?』
「複数の捕虜による証言と、我が方の偵察部隊による港の監視報告を総合すると、ほぼ確定情報と思われるが、現在、さらなる調査を続行している!」
人の命が掛かっている以上、わずかでも間違った情報を上げたくない。
その思いが、何度も調査続行を口にする相模中隊長の声に込められている。
『了解、第2中隊は引きつづき収容所を確保。揚陸第2陣が到着するまで警戒を緩めるな。揚陸第2陣には戦車中隊と自動車科中隊がいるから、彼らの手によって拉致された人々を橋頭堡陣地まで運び、そこからは海自エアクッション艇で艦隊まで搬送する。それまで絶対に敵を近づかせるな。以上、戦闘主任』
「了解、引きつづき救護活動を行ないつつ、警戒を厳とする。以上、相模」
通信を終えた相模は、ふうっと息を吐いた。
「中隊長……被害者の皆さんに、糧食の配布を行なってもよろしいでしょうか?」
まだ戦闘態勢のままだが、糧食班長が惨状を見かねて進言しに来たらしい。
「かまわん、やってくれ。どのみち我々も住民の皆さんも、とうぶんはここを動けない。もし敵が反撃してきても、収容所の周囲に展開している第1普通科中隊と第1特科中隊がせき止めてくれる。それでもダメなら、F-35の支援を要請するから、糧食班は可能な限り住民をサポートしてくれ」
「はい!」
すんなり許可をもらえた班長は、嬉しそうな顔になって敬礼した。
「猿渡! ちょっと来てくれ!」
相模は直属の部下となる偵察小隊の隊長に声をかけた。
「はっ、なんでありますか?」
呼ばれた猿渡3尉は、相模よりずっと年上に見える。
おそらく防大出ではなく、陸士から叩きあげで昇進したつわものだ。
「悪いがもう一度、港の様子を偵察してほしい。あらかたの艦は対艦ミサイルの集中攻撃で破壊・着底しているはずだが、拉致住民を乗せた敵艦が島を脱出したとの確定情報がある。もしかすると、まだどこかに秘匿されている艦があるかも知れない。それを探ってきてほしい」
「了解しました。ただちに出撃します!」
さすがは練達の部下。
再質問などせず、ただちに小隊員のいる幕舎の外へ走っていった。
「相模中隊長、厄介なことになりましたね」
中隊司令部で参謀役をしている通信班長の常田三尉が、自分の通信ブースを離れてやってきた。
「連れ去られた住民を乗せた敵艦は、おそらく辺境大陸の西岸にあるエルダという港町へ向かっている。あまりに手際が良すぎるから、最初からその予定だったのだろうな。となるとエルダを急襲して住民を奪還しなければならんが……その役目ができるのは現状、揚陸戦闘団の第2連隊しかいない」
「第2連隊は、第1連隊に所属している我々の交代要員では?」
「たしかにそうだが……まさか住民を見捨てるわけにもいかんだろう? あくまで艦隊司令部と防衛省が判断することだが、おそらく我々はこのまま島に残され、海自艦隊と第2連隊だけでエルダ上陸作戦を実施することになるんじゃないかな」
常田はすこし考えると返事をした。
「戦力的に不利ですね。エルダにどれだけ敵の陸上兵力がいるか、まだ偵察情報がありませんが……バンス島の守備戦力より小さいはずがないと思います」
「日本本土からの増援を待っていると、拉致住民はエルダからさらに内陸部へ連行される可能性が高い。そうなれば奪還作戦は非常に困難になる。なんとしてもエルダにいるうちに取りもどさねばならない。となると、このまま突き進むしかないだろ?」
「広域特殊戦闘団の魔導小隊がエルダに飛んでくれれば、あっという間にカタがつきそうなものですけど……いま陽動作戦に出ているため、無理でしょうね」
常田が恨めしそうな顔で言った。
こちらが主作戦なのだから、魔導小隊もこちらに参加させるのが筋とでも言いたげだ。
「そんなことをしたら、それこそエルダに敵軍の主力部隊がやってくるぞ? なんのために魔導部隊の大半を、エレンスム防衛作戦に投入した思う? 彼らは囮になってくれたんだよ。可能な限りの大軍を引きつけて、我々の救出作戦を成功させるためだ。同時に、できるだけ多くの敵を殲滅する意味もある」
「………」
相模も常田もこの時点では、エルダに二万もの敵部隊が移動中なのを知らない。
そう、ルキウスがブランベル将軍をあおって、港町エルダへ向かわせた件だ。
まさかルキウスは、ここまで見とおして、ブランベルの部隊を当て馬にしたのだろうか……。
もしそうなら、海自艦隊と陸自の揚陸戦闘団は、きわめて困難な戦いに挑むことになる。
そしてルキウスは、日本の主作戦である拉致住民救出作戦に強烈な楔を打ちこんだ上で、陽動作戦であるエレンスム方面に悠々と進撃中ということになる。
となれば、エレンスムに進撃中の10万の大軍も、むざむざ爆撃で潰されるような愚策は取らないはずだ。
はたしてルキウスは、いかなる策を用意しているのだろうか。
それが明らかになるまで、あとわずか……。
*
「リアン、念話魔導隊に伝達を頼む。エレンスム守備軍は現在の待機塹壕を放棄し、全軍カムラン方面へ撤収。ブランヌで合流する。以上だ」
ルキウス率いる帝国連合軍は今、カムランとエレンスム断崖を結ぶ街道沿いにある町――ブランヌまで行軍2日の距離にいる。
ルキウス自身は行軍する主力部隊10万の上空で、帝国の誇る秘密兵器【ウイングドラゴン】に騎乗している。
ウイングドラゴンは、偽物の竜であるワイバーンや混血竜のドラクーンと違い、正真正銘のドラゴン族だ。
帝国は北極大陸にすむドラゴン族の生息地――【竜の聖域】にちかい南岸地帯まで遠征し、聖域外にはぐれて棲息する劣等竜種の卵を奪取、それを帝国まで持ち帰って孵化させることに成功したのだ。
さすがに帝国内で繁殖させるのは気温の関係から無理らしいが、これまで歴代の皇帝の厳命で、数十匹の各種ドラゴン(ただし劣等種)を軍用巨大騎獣として使役してきた。
いまルキウスが騎乗しているウイングドラゴンも、皇帝みずから貸し与えたものだ。
帝国軍司令官として遠征させる以上、それなりの威厳と戦力を与える……。
たとえそれが欺瞞に満ちたものであれ、表立ってはそうせざるを得なかったらしい。
「了解しました司令長官殿」
かなり揶揄する雰囲気を漂わせながら、リアンが自分のドラクーンを地上へ降下させる。
それにしても大きい。
ワイバーンの3倍くらいあるドラクーンが、まるで子供のようだ。
ウイングドラゴンの全長は、尻尾まで入れると40メートルを越える。
巨大な翼は両翼で30メートルくらい。
ただし物理的には、この大きさの翼では巨大な体を飛翔させられない。
翼はあくまで空中機動を補助するもので、飛翔はもっぱら膨大な魔力によって実現している。
「伝達してきましたよ」
ルキウスが主力部隊の周囲を一周したころ、リアンの乗ったドラクーンが戻ってきた。
飛龍部隊と地上部隊とでは、まったく進撃速度が異なる。
地上で速度を制限しているのは、大半をしめる魔獣歩兵部隊だ。
それより速い騎竜部隊は、ゆっくり歩くような速度で歩調を合わせている。
これは物資輸送部隊もおなじで、大型荷役魔獣に引かせた6輪もしくは8輪馬車も、車体に負荷がかからないように用心しつつ進んでいる。その左右を大型甲殻魔獣が護衛するように歩んでいた。
「ブランヌの住人は、もう郊外に退避させてあるだろうな?」
「あたり前でしょ? 部隊が町に到着したとき、敵の鋼鉄飛竜の攻撃を受けたら、ボクたちはともかく町の住民は全滅しちゃいますからね。まあ、ボクとしては痛くもかゆくもないんですけど、あなた様にとっては大問題ですもんね」
毎度のように、耳に引っかかるような口の聞きようだ。
もちろんこれは2人きりのとき限定の話し方だ。
声の聞こえる範囲に他の者がいない時のみの、秘密のじゃれあいである。
「戦争ともなれば、部隊の損耗は仕方のないこと。だが一般住民を巻きこめば愚将の誹りはまぬがれない。俺としては住民の安全確保は最優先事項だと思っている」
「またまた~。それ、覇業をつらぬくための方便ですよね?」
「なんのことだい、リアン君?」
この場合、リアンが完全に正しい。
ルキウスが心底から住民のためを思って措置を講じるなど、リアンから見れば嘘八百のことだからだ。
ルキウスの正体は徹底した効率主義者だ。
目的を達成するための最適解を求めつづけ、途中の無駄を徹底して排除する。
部下の命、住人の命、それらは勝利に貢献する場合のみ守る。
間違っても、勝利を投げ捨てて守るものではない……。
したがって、もしそれらの命が目的のために必要であれば、ルキウスはまったく躊躇せずに消費するだろう。
だれもが迷い躊躇することを、蟻を踏み潰すがごとく実行する。
そこに人間的な感情はない。
どこまでの機械的な条件判断があるだけだ。
だからこそ、この男は強い。
そしてリアンが従者としてしたがう理由でもある……。
「……司令官殿!」
下からドラクーンに乗った伝令が上がってくる。
「どうした?」
「港町エルダから念話通信が入りました。エルダに到着したブランベル将軍が、バンス島から脱出してきた捕虜運搬船を確保したそうです」
どうやら海自部隊が取り逃がした敵帆船が、無事にエルダの港に到着したらしい。
いや……この場合、取り逃がしたというより、あえて見過ごしたと言うべきか。
海自艦隊は、なんとか洋上での捕虜奪還ができないか、頻繁にF-35を偵察に出している。
だが敵は、帆船の甲板に捕虜の女子供をならべて座らせ、1人ずつリザードマン兵が槍を突きつけるといった、これ見よがしの攻撃防止策を展開した。
すこしでも日本側が奪還に動けば、女子供を1人ずつ殺す……。
これ以上ないほど明白な意思表示に、さしもの海自艦隊も手が出せなかったのだ。
ただし起死回生の奪還作戦は練られている。
すでにバンス島は制圧が終了し、横須賀から陸自部隊が輸送艦に乗って移動中だ。
その部隊がバンス島に到着すれば、いま島にいる部隊はふたたび輸送部隊に乗りこみ、新たな作戦に従事することになる……。
「それでブランベル将軍は、これからどうすると?」
「捕虜の状態が良くないそうで、何日かエルダに滞在して回復させるそうです。その後は陸路で公都まで輸送すると聞いております」
「ふむ……まあいいか。エルダ方面は将軍に一任しているから、将軍の決断に異を唱えるつもりはない。私からは、捕虜護衛の大任を無事に完遂することを願っている……そう伝えてくれ」
「はっ! では直ちに!!」
念話の魔法具を使用できるのは地上にいる魔導部隊の通信師だけだ。
そのため伝令は、どうしても地上から飛竜にのって上がってくる必要がある。
このあたりの不便さは見ていて歯がゆいばかりだが、それが普通と信じている帝国軍だけに改善する気はなさそうだ。
「あれあれ……いいんですかねー」
「リアン。まだなにも起こってないのに、その言いかたは酷いと思うぞ」
「なに言ってるんですか。ぜんぶ、あなた様の策略じゃないですか。ボクは、あれこれアラ探しをしただけですよ? 将軍をエルダに行くよう誘導したときから、一連のことはすべて折りこみ済みだったじゃないですかー」
なにを今更……。
リアンは心中の思いを隠そうともしない。
「………」
ルキウスは肯定も否定もしない。
ただ沈黙を守っている。
しかしその顔を見れば、心中の思いはあきらかだ。
なんとルキウスは、歯を見せて笑っていたのである。
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