第17話 第1魔導小隊、エレンスム高台に立つ!
「こちら第1小隊、姫川。状況クリアばい!」
姫川がインカムを通じて報告を送っている。
ここはエレンスム断崖の上にある、テラス状になっている高台。
第1魔導小隊は、時空重合後はじめて敵地を踏んでいるのだ。
高台の上には、断崖内のトンネル陣地から出られる穴が数ヵ所あった。
だがそれらは、すでに空自の精密爆撃によって潰されている。
その後、高台の上にいた若干数の敵軍監視兵たちは、あっという間にクラスター爆弾で殲滅された。
敵がいなくなったのを確認後、まず
最後に、第1魔導小隊と広域特殊戦闘団所属部隊がオスプレイでやってきた。
陸自空挺部隊と交代して、ようやくエレンスム断崖の確保が完了したのである。
「空中偵察終了……敵陣地周辺に敵影なし。つぎの番は安芸だろ?」
飛行型偵察ドローンの操縦装置を手にした平田公平が、岩の上にすわって魔素水入りのドリンクを飲んでいる安芸妙子に声をかける。
ちなみにこの中型ドローン(直径1・8メートル。プロペラ4基型)。
偵察用となっているが、本体前部に五・五ミリ短銃身機関銃を装備し、下部には4発の100キロ擲弾(六センチ強化擲弾)を搭載する対人戦闘メカでもある。
そうでなければ、軍事オタクの平田が嬉々として操作するはずがない。
蛇足だが、ここでいう100キロは重量ではなく、TNT火薬の重量に換算した爆発規模の指数だ。六センチ強化擲弾の重量は、わずか800グラムしかない。
「うち、それ苦手なんよね……」
さしもの武芸百般に通じる安芸も、メカの操作は苦手らしい。
「俺が代わろうか?」
もっさりと藤堂徹がブッシュの中から現われる。
「えっ、それ助かる! あとでなんかお礼するね!!」
「気にするな。任務を万全に行なうためだ」
「えー? うち、信用されてないん!?」
「あらあら、お父さんと娘さんみたいな会話ですねー」
紙製の皿にバーベキュー料理を盛った美原佳奈江が、ニコニコしながらやってきた。
まっすぐ姫川のいる南の断崖近くにむかう。
「はい、姫ちゃん。見張りは私がしますから、すこし休んだらどう?」
そう言いながら、バーベキュー皿を手わたす。
いまの第1小隊は、いつもと様子がちがう。
全員、外装ユニットを装着していないのだ。
今回の作戦では強襲降下ではなく、オスプレイに乗って移動した。
もちろん外装ユニットは、すぐ近くの装備コンテナ内に格納されている。
だから最短2分で装着できる。
「はいはいはい、みなさーん! 1時間に1回、忘れずにマナカプセルと魔素水ドリンクを飲んでくださいねー!」
拡声器を使って呼びかけているのは、第1支援魔導分隊班長の久米麗香だ。
今回の任務は、魔導大隊を中心とする継続的なエレンスム高台の確保となっている。
魔導大隊とは聞きなれない名だが、これは新設された部隊のため仕方がない。
これまでは第1~第3魔導小隊で魔導中隊を構成していたが、これに少年魔法科中隊と魔法予科訓練中隊を加えて魔導大隊が編成されたのだ。
姫川たちは、激しい魔力放出をともなう戦闘状況では、SPが激減する関係から短い時間しか活動できない。
しかし今のように、外装ユニットを脱いでリラックスしている状態は別だ。
SPがゆっくり回復する効果のあるマナカプセルと、放出した魔力をおぎなう魔素水ドリンクさえ服用すれば、かぎりなく非戦闘時に近い状態を維持できる。
むろん戦闘になれば、いつもの極端な時間制限状態になる。
空自による敵陣地への攻撃により、エレンスム断崖周辺にいる敵守備隊は分断された。
具体的には、釧路側の断崖下に広がる樹林内の敵前衛部隊/エレンスム断崖内の洞窟にいる敵魔物部隊/守備陣地および周辺の敵主力部隊だ。
このうち樹林内の前衛部隊は、一般陸自部隊が全力攻撃をしかけて殲滅した。
洞窟内の魔物部隊はそのままだ。いわゆる生き埋め状態である。
だが、洞窟内にいた魔人指揮官や前線司令部要員は、守備陣地が爆撃された時点で脱出し、後方に撤収したらしい。
現在の敵情は、2万ほどまで減った主力部隊を立て直すため、守備陣地から内陸部方向へ2キロほど移動し、広範囲に分散して塹壕陣地を構築中となっている。
しかも部隊の位置を塹壕内で不定期に移動させ、爆撃されても被害を最低限に抑える工夫がなされている。
つまり敵もきちんと学び、つたないながら対抗策を講じているわけだ。
密集していると、また爆撃を食らう。
かといって分散するだけだと、断崖を越えてきた自衛隊の部隊に撃破される恐れがある。
そこで長大な塹壕をいくつも掘り、いかなる攻撃を受けても一定数が生き残れるよう対策を講じていた。
「あと5分で、第2/第4魔法予科訓練小隊と第1強襲護衛分隊が、陸上回収大隊のオスプレイに乗って到着します。彼らが到着して担当箇所に展開したら、皆さんは実戦指導員として教導をお願いします」
鈴木優太小隊長が、まるで修学旅行のバスガイドみたいな感じでお願いしている。
「小隊長……護衛の一般自衛隊員は?」
平田が質問の声をあげる。
「あ、言うのを忘れてました? ここは高台なので、オスプレイやヘリで運べないタイプの重火器は持ちこめませんので、一般自衛隊の部隊は高台へ配備されません。そこで特殊装備を保有している陸上機動支援隊の第1派遣中隊がやってきます。彼らは広域特殊戦闘団直属部隊です」
「ありゃ、広域特殊戦闘団だけで守備すんの? まあ、いいか。身内のほうが気がねなくやれるからな」
高台の確保。
これが今回の陽動作戦において最重要事項となっている。
いま敵は爆撃を恐れ、後退/分散している。
だがいまも、カムラン方面からは10万の敵増援部隊がこちらへ進撃中だ。
増援を得た敵は、間違いなくエレンスム地区を奪還するため総攻撃をしかけてくる。
その時、高台を確保しているかどうかが勝敗の分かれ目になる。
高台が人類側にある限り、敵は断崖の東側でせき止められる。
そうなれば、また空自部隊の標的となって数を減らすことになる……。
これらの作戦内容にしたがい、第1~第3魔導小隊/第1~第8魔法予科訓練小隊/第1~第4少年魔法科小隊が交代で守備につく予定になっている。
ただし、あくまで主力は3個魔導小隊だ。
少年魔法科は未成年部隊だし、魔法予科は少年魔法科部隊に参加する予定の学生部隊でしかない。
彼らは今回、魔導小隊員の指導のもとで実戦訓練を体験するという理由で派遣されている。そのため、ムチャはさせられないのだ。
本音は猫の手も借りたいといったところだが、建前は大事である。
「姫川先任3尉。
それまで姫川のレールガンを固定砲台とするための砲架を設置していた第1派遣特科中隊員が、ようやく作業を終えて確認を求めてきた。
姫川のレールガンは、いま展開モードで砲架に据えつけられている。
砲架とは砲を支える台座のことだ。射角調整なども砲架でできる。
いつもなら射角調整は外装ユニットのパワーを使って行なうが、いまは砲架のパワー支援機構を利用しているため、姫川の筋力のみで振り回せるようになっている。
レールガンが消費する魔力も、砲架に設置された魔導術式回路と中型魔結晶により供給されるから、姫川はトリガーを絞るだけでいい。
すべてが、限りなく魔導小隊員のMPとSPを消費しないように対策がなされている。
そう……今回は、魔導小隊初となる持久戦なのだ。
むろんこの支援装備は、姫川が1秒でも長く戦えるように、防衛省技術研究所が死にもの狂いで作りあげたものだ。
ほかの小隊員の装備も同様のサポートを受けている。
いつもなら自作の武器で戦う平田も、いまは【06式広汎支援攻撃システム】という名の統括攻撃統制装置を与えられ、高台全域の防衛を担当している。
この装置は、高台各所に設置された無人射撃装置(35ミリ機関砲/対空ミサイル/対地多連装ロケッド弾)を統括して運用するもので、高台には予備を含めて4基が設置されている。
だから、もし平田がすわる装置が破壊されても、残る3基のどれかに別の魔導小隊員が搭乗すれば、防衛システムが無力化されることはない。
――バッバッバッ!
独特のプロペラ音と共に、増援部隊を乗せたオスプレイ4機が着陸態勢に入る。
突貫で作りあげたヘリポートに舞い降りると、すぐさま搭乗していた戦闘団員を吐きだしはじめた。
「わあ、かわいー」
安芸が女の子みたいな声を出した。
いや……普段が女の子じゃないわけではないが。
小走りに中学1年生くらいの子供たちが走ってくる。
「第2魔法予科訓練小隊、訓練長の
まだ声変わりしてない甲高い声。
初の実戦参加のため、興奮に頬を赤らめている。
以前に実戦訓練として参加した第1魔法予科小隊は、いまのところ帯広飛行場基地で待機しているらしい。
「はいはい、みなさーん。魔導小隊の小隊長さんは、あそこにいる鈴木2尉ですよー」
美原の【お母さん誘導】で、まるでメダカみたいに走っていく。
「おいおい……ホントに大丈夫か?」
攻撃統括装置の座席ブースを降りた平田が、腰に両手をあてて呆れている。
「みんなまとめて、ウチが守っちゃるけん、なんも問題なかばい!」
姫川が珍しく上機嫌だ。
予科訓練小隊を見る目は、もはや孫を見るばあちゃん……。
そこに到着したばかりの第1強襲護衛分隊の高田進護衛班長がやってきた。
「おっと……鈴木小隊長はお忙しいか。それでは姫川先任3尉へ伝達します」
高田は先任准尉のため、階級的には姫川より下になる。
しかも第1魔導小隊専属の護衛小隊のため、きちんと礼節を守っている。
実際は陸自最強のレンジャー小隊長だったのだから、この態度は間違いなく猫を被っているはずだ。
「どしたん?」
対する姫川は、まったくいつもの調子を崩さない。
「空自の航空偵察隊から連絡が入ってます。敵の増援部隊は先鋒2万、本隊7万、殿軍1万。先鋒と本隊には、総数で飛竜300匹が所属。本隊に陸上騎竜隊2000騎余が所属。大型甲殻魔獣は50匹。超大型装甲魔獣は14匹。
いずれの部隊も、中隊規模に分散して進撃中。どうやら今回は、魔人で構成される歩兵部隊もいるようです。そのほかの部隊は数が多すぎて計測中とのことです」
「飛竜が300匹って、こんまでで最大やなかと?」
これまでは大規模侵攻といっても、せいぜい数十匹だった。
しかも今回は、魔人が騎士隊として騎乗している陸上騎竜隊が2000騎……。
さすがにすべての騎竜に魔人が搭乗しているとは思えないが、騎竜小隊長だけが魔人としても200人いる計算になる。
1人の魔人ですら苦労するのに、それが200なのだ。それに加え、陸上戦艦とでもいうべき大型/超大型魔獣の数も前代未聞……。
魔導小隊にも増援がなければ、ただちに絶望していい戦力差である。
「広域特殊戦闘団総司令部の見解では、今回の敵戦力は北海道東部を完全制圧するためのものとなっております。防衛省統合作戦本部からも、北海道だけでなく東日本管区の全自衛隊に対し、最大規模の警戒態勢に移行するよう緊急通達が出ております。
さらには、アジア連合各国からの魔導支援部隊と各国軍派遣部隊が、いま空自による航空輸送で続々と急行中とのことですので、ともかく彼らが到着するまで耐えて欲しいとのことでした」
アジア連合の連合軍が派遣されてくることは、すでに魔導小隊員も知っている。
しかし、まさか国外に出さないと思っていた各国の魔導部隊まで来てくれるという。
これは嬉しい誤算だった。
「異世界側でなんが起こっとるんやろ? これ尋常じゃなかばい!?」
「海自部隊がバンス島へ侵攻したのと関係あるのではないですか?」
高田もくわしくは知らないようだ。
「んにゃ、そりゃなかて思う。敵が大戦力ば島のカムランって町に集めたんは、こっちん艦隊がバンス島に侵攻するよか前やったろ?」
「ああ、なるほど……まあ、自分は一介の護衛小隊長ですから、くわしいことは知りません。ただたんに、魔導小隊へ伝達事項を伝えにきただけです。では、この報告書を鈴木小隊長にお渡し願います。自分たちは、これより高台守備隊の護衛につきますゆえ」
高田は背筋をのばし、見事な敬礼をする。
「あ、よろしくお願いします」
姫川は、小さな子供がやるように、ぺこりとお辞儀をした。
さすが外観だけは12歳の美少女。
かわいすぎる……が、中身は97歳のばーさんだ。
「はいはい、1時間が経過しましたよー」
久米麗香が薬カバンを片手に持って、せわしく走りまわっている。
姫川のところにも支援班員の浦島留亜がやってきて、カバンからカプセルとドリンク入りのペットボトルを手渡した。
「長丁場になるな。持久戦は、訓練でしか経験したことがないが……」
いつのまにか、藤堂が姫川のそばに立っている。
「06式連撃砲システム、調整終わったん?」
「抜かりはない」
姫川が、藤堂専用の短距離多連装ロケットシステムのことを聞いた。
これは前の海戦で、平田や安芸が使った携帯ロケット砲を12連束ねた固定砲だ。
おもに敵の大型/超大型獣に対処するための装備である。
1基で12発。
それを藤堂は10基120発、統括して運用できる。
それを可能にするのが集中制御ブースだ。
なお120発を射ち尽くしたら、すぐにロケット補給車を使って再装填できる。
1輌の補給車で12発入りのブロックユニットごと交換するため、交換時間は10分たらずだ。それが10輌控えている。
120ミリ以上の砲を持ちこめない高台において、このロケット砲システムは力強い支援装備といえる。
ただし双発大型ヘリでも、補給車輌とブロックユニットは別々に搬送しなければならないから、けっこう面倒だ。
そこまでして再装填しても、斉射すれば2回で終わりになる。
だが240発も集中攻撃すれば、たとえ10万に達する敵でも壊滅的被害を受ける。
ただし……それは密集している場合であり、分散していれば、それだけ被害は軽減されてしまうだろう。
すべての応戦準備が整ったのは、当日の夕刻。
第1魔導小隊にとって、これから長い夜が始まろうとしていた。
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