第16話 関東沖の波は穏やかなれど艦隊の志気は高し!


「こちらフライング・シャドー1。これより爆撃を開始する」


 空母【ながと】と【いずも】を飛びたったF-35B――合計28機が、いまバンス島の上空に到達しようとしている。


 時刻は午前7時6分。

 堂々たる陽光の下での空襲作戦だ。


『了解。上空の飛竜はまかせろ!』


 返答したのはF-35爆撃隊を護衛してきたF-15戦闘隊の隊長だ。

 このF-15は05年版となる最新改装型で、最新鋭の5式対魔獣ミサイルを12発も搭載できる。


 今回は12機で戦闘隊を構成しているから、ミサイル総数は144発……。


 F-35Bは空母からの出撃だが、F-15は房総半島の百里基地から来てくれた。

 ギリギリまで両翼に大型の落下増槽ぞうそう(予備燃料タンク)をぶらさげての護衛である。


 レングラント辺境公国に所属する飛竜は、索敵情報をもとに防衛省が計算した結果、500匹前後と推定されている。


 これまでの5年間に撃ち落とした数が200匹弱だから、残りは300匹ほど。

 いくら重要な島といっても、バンス島に100匹以上を常駐させる余裕はない……。


 帝国軍の戦力は、大半が生物型の兵器に頼っている。

 魔獣が弱いわけではないが、再生産する能力は恐ろしいほど低い。


 日本は新開発したレシプロ戦爆機を1ヵ月に最大600機生産できる。

 対する辺境公国は、ワイバーンを飛竜隊に参加できるまで育てるのに一年かかり、しかも年100騎程度(ドラクーンとワイバーンの合計数)が精一杯らしい。


 公国軍はこれまでの戦いで、すでに200騎以上のワイバーンと60騎以上のドラクーンを失っている。これは3年間の再生産数に匹敵する。


 となると、今回の本格進行に公国軍が用意できる数は、最大でワイバーンとドラクーンあわせて320騎前後となるはず……。


 捕虜にした亜人から得た情報では、今回は帝国本土から増援が来ているという。

 増援部隊にどれくらい飛竜がいるかは未知数だが、少なくともそれらが辺境中の辺境であるバンス島は配備される可能性は皆無……。


 むろん、具体的な数字が出ているものもある。


 事前におこなったバンス島に対する精密航空偵察では、島にいる飛竜は最大で60匹となっている。守備隊は3000名前後。海軍の帆船は120隻前後……。


 これらの情報をもとに、今回の作戦は実施されている。


 ――バウッ!


 F-35隊が投下した250キロ精密誘導爆弾が、島の地表で爆発している。

 この爆弾はピンポイントで目標を破壊する。

 そのため、


 命中半径は、なんと5メートル。

 確実にねらった建物のみを破壊していく。


 魔結晶粉を混合した炸薬さくやくを内蔵しているせいで、爆弾本体は驚くほど小さい。


 旧仕様の80ミリ迫撃砲弾くらいしかないのだから驚きだ。

 だからF-35Bの翼下に20発も搭載できる。


 ただし欠点もある。

 レーザー精密誘導爆弾のため、1発ずつしか投下できないのだ。

 1発投下して誘導、命中を確認。そして次を投下……の繰り返しとなる。


 戦闘隊が敵の飛竜を潰してくれるから何とかなっているが、もしF-35爆撃隊のみだったら、悠長に爆撃しているあいだに何機か撃墜されていただろう。


 長い爆撃の時が過ぎ……。


「こちらフライング・シャドー1。爆撃完了、これより帰投する」


『了解。我々ファイティング・シャドー1は、残敵掃討後にもどる。以上!』


 新たな世界での戦闘では、敵が自衛隊の通信を傍受することはない。

 敵にそれらを可能とする知識と技術がないので、暗号や隠語も本来は必要ない。


 しかし自衛隊の戦闘マニュアルにそれらが組み入れられているため、いまも惰性で使っていた。


『戦爆連合隊、こちら作戦艦隊航空隊長の木嶋だ。これより港の敵艦を殲滅する。腐るほど対艦ミサイルが飛んでくるから、早々に現場海域を離脱してくれ。以上、』


 あい変わらずノイズが混じるが、新型の航空無線電話は連続パケット・バースト方式を採用したせいでエラー補正がしやすく、そのぶん明瞭度が上がっている。


「了解。こちら戦爆連合隊隊長の前潟。巻きぞえは御免こうむります。指揮下の全機、ただちに戦闘空域を離脱しろ!」


 前潟はF-35爆撃隊の隊長も兼任している。

 そのため部下たちへの命令もいっしょに行なった。


「きちんと聞こえたかな……」


 心配のあまり独り言をつぶやく。

 しかし、これから対艦ミサイルによる殲滅攻撃が実施されることは、作戦予定として承知しているはずだ。そう思い、部下たちの判断に任せることにした。



    ※



「戦域誘導中のRF-15Jよりバースト通信。対艦ミサイル、全弾命中! 残存艦なし。以上です!!」


 艦隊旗艦となっている空母ながとの艦橋に、CICからの連絡が入った。

 敵の軍船は木造のため、自衛艦隊のレーダーには映らない。


 もっとも、たとえレーダーが有効でも、バンス島の入り組んだココト湾内にいる敵艦隊は、ノイズに埋もれて即時判別は難しい。


 攻撃に使われた対艦ミサイルは、これらのことを考慮して、全弾が方位誘導/地理データ誘導/航空機によるミリ波誘導で飛行し、最終段階ではレーザースキャン/目標AI照合をもちいて命中する仕様となっている。


 このうちの【航空機によるミリ波誘導】の部分を、今回はRF-15Jが担当したのだ。


「うおおおお――っ!」


 艦橋スタッフが歓喜の声をあげる。


「明らかなオーバーキル……費用対効果の観点からしても、敵の帆船一隻に対艦ミサイル1発は、かなりもったいない使いかたですな」


 ながと艦長の土岐沢悦士ときざわえつし1佐が、となりにいる艦隊司令官の士堂司しどうつかさ海将補に小声で話しかけた。


 この2人、前の海戦のときも、一緒に空母ながとへ乗りこみ戦っている。


「その通りだが……今回の作戦に新兵器が間に合わなかったのだから仕方がない。世界が変容してしまったせいで、対艦ミサイルの用途が極端に低下してしまったのは痛かったな。あんな古臭い帆船なんぞ、本来なら接近して艦砲で沈めれば済むところなのに」


「まさに宝の持ち腐れです。今回使用した対艦ミサイルが【焼夷しょうい弾頭】というのも、なんとも言えない感じです。本来は金属製の艦を爆砕させるミサイルなのに、


「まもなく艦載主砲用の、06式射程延長型焼夷炸裂誘導弾が配備される。これは対異世界艦船に特化された装備だ。艦砲で発射できるタイプのロケット式誘導弾だから、射程は60キロもある。これさえ使えるようになれば、高価な対艦ミサイルは使わなくていい。そうなれば対艦ミサイル発射筒にも、いずれ別用途のミサイルが搭載されるだろう」


 現在の地球では、レーダーはお情け程度にしか使えない。

 だから自衛隊の兵器も、ほとんどが自己誘導式に改良されている。


 レーダー誘導もGPS誘導も使えないのでは、両手両足を縛られて喧嘩するようなものだ。それでも何とかなっているのは、……。


 たしかに巨大な魔獣や強装甲の甲殻獣は手ごわい。

 魔人の行使する超強力な魔法は、ゆうに戦術核に匹敵するものすらある。


 それでも遠距離攻撃に関しては、まだ人類側が圧倒的に有利だ。

 ならば、有利性を存分に生かして勝つのが軍略の妙と言えるだろう。


「強襲揚陸隊、前進します!」


 現在地点は、バンス島の西北西120キロ。

 現代戦の感覚からすれば異常に敵地へ接近している状況だが、帝国側から見れば、【あんなに離れてる場所】となる。


 これから4時間をかけて、強襲揚陸隊――揚陸艦【おおすみ】【しもきた】、輸送艦【かわしり】【むろと】が、軽空母【ひゅうが】と護衛艦6隻に守られて、バンス島のココト近隣にある浜辺沖まで進出する。


 軽空母【ひゅうが】には、拡大試作されたばかりの試製06式単発レシプロ艦上戦爆機――愛称『日竜にちりゅう』が40機搭載されている。


 日竜は今後、アジア連合軍標準艦上機として大量生産されるもので、今回は実戦試験をかねての出撃だ。


 ここでの戦訓をもとに細部のチューニングを行ない、来年度から本格的な量産に入る予定だ。そういった意味でも、今回の作戦は失敗できないのである。


「主力部隊は後方より支援するため、バンス島西北西20キロ地点まで前進する。全艦、周辺警戒を厳としつつ、巡洋速度まで増速せよ」


 士堂司令官の命令により、作戦艦隊が動きはじめる。

 めざすはバンス島。

 まだ人質救出作戦は始まったばかりだ。


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