第15話 帝国派遣軍総司令官《ルキウス》の策
「さて、リアン。どうしたもんかね」
レングラント辺境公国にある中核地方都市カムラン。
ルキウスはカムランに到着すると、休む間もなく緊急報告を受けた。
いまいる場所は、帝国軍派遣指揮官のために用意された、カムランでも名高い最高級ホテルの一室。しかも貴族専用の貴賓室だ。
「さてもなにも……あなた様はこんなこと、とっくにお見とおしだったじゃないですか」
紅茶を応接テーブルにおいたリアンは、銀の盆を小脇にかかえたまま答えた。
ソファーに座るルキウスは、黙ったままカップを口に運ぶ。
「うん。レングラント産のクライン茶葉は渋すぎると思ってたけど、たんに新鮮じゃなかっただけだな。帝国本土に運ぶのに時間が掛かりすぎて劣化したんだろう。ということは……飛竜便で届ければ、この味を保てるかな?」
「質問に応えてくれないんですか?」
「お見通しって……俺は千里眼のスキルなんて持ってないぞ? エレンスム守備陣地と派遣軍あわせて2万もの大被害なんだから、それを予想していながら手を打たなかったなんて、口が裂けても言えないよ」
「では存分に口をお裂きください。ご心配なく。この部屋は盗聴されていません」
「やれやれ。黙ってれば、そのうち誰かがなんとかしてくれるって思ってたのに……それで、エルダのほうは準備できてる?」
エルダとは、カムランから500キロほど南南東へ行ったところにある港町のことだ。そこにはいま、ルキウスの命令で辺境公国海軍の艦隊があつまっている。
「きちんと念話通信で命令を伝えましたよ。海軍はバンス島の警戒を厳重におこない、もし敵が攻めてきたら人質を盾にして敵を引きつけ、そのあいだにエルダから援軍艦隊を送り出せって」
「さすがリアン、手際がよいな。誉めてつかわすぞ」
そういうとルキウスは、1人用のソファーにゆったりと座ったまま、パチパチと拍手をした。
――ドンドン!
はげしくドアがノックされた。
ドアを警備している2名の衛士が、だれかに怒鳴られている。
すぐにドアが開き、太った初老の軍人が入ってきた。
「これはこれはブランベル西部軍本部長。申しつけなされれば、こちらから出向きましたのに」
相手が公国陸軍少将のため、ルキウスはソファーから立ちあがった。
「貴様……いったいどういうつもりだ! まだ戦ってもいないというのに2万もの大被害をだすなど、帝国軍人でなければ処罰されるところだぞ!!」
被害にあった増援部隊は、公都マーレンからブランベルが連れてきた公国軍部隊もふくまれている。
ルキウスが帝国本土から連れてきた帝国正規軍は2万だから、増援12万のうち公国軍は10万……被害にあったのも大半が公国軍だ。
「だから公都マーレンで行なわれた歓迎レセプションで、いつまでも敵は、自分の領土を守っているだけじゃないって言いましたよね? そのうちブチ切れて公国本土へ攻め入ってくるって。
なのにあなたは、レニリアス公王に対して『大丈夫である。これまでの5年間、敵は1度たりとも攻めてこなかった。おそらく宗教的理由かなにかあるのだろう』って楽観論を出して、私が提案した分散派遣案を一蹴なされましたよね?」
「そ、それは……」
ルキウスは辺境大陸にくる前、帝都ブルンドで皇帝陛下じきじきに大佐の階級を与えられている。むろん派遣軍総司令官に任じるための特別昇進だ。
帝国軍の大佐と公国軍の将軍では、どちらが上かは状況次第となる。
今回にかぎればルキウスが総司令官、ブランベルは公国軍司令官だから、間違いなくルキウスが上だ。
なのにブランベルは、ルキウスを御飾りの総司令官と公言し、あろうことか公王に自分の派遣案を承認させてしまったのだ。
「いいじゃないですか、ルキウス様。あなた様が分散派遣案を公国軍最高司令部に提出したことは、公式文書として記録されてます。ですから公国が今回の被害の原因を調査すれば、ブランベル将軍が独断でおこなった公王様への進言が表面化するのは必至ですよ」
容赦ないリアンの言葉に、ブランベルの顔色が紙のように白くなりはじめる。
「わ、儂は、公国の戦いに不慣れな総司令官に、これまでの戦訓を教えてやろうと……」
「戦訓なんて、相手も承知の上で作戦を立ててきますよ。どうやれば相手を出し抜けるか策謀するのが参謀部の仕事じゃないですか。それを前例がないから警戒しなくていいって公言するなんて、辺境を守る軍の指揮官とは思えませんね」
「リアン、そろそろ黙りなさい。すでに被害が出てしまった以上、だれかが責任を取らないといけないのは確かだけど、いまここでそれを責めるのは場違いだよ。ブランベル将軍だって、これから名誉を挽回すればお咎めも軽くなるはず。ならば私は、ブランベル将軍に手柄をたててもらうことが、現時点では最もよい解決法だと思う」
ルキウスとリアンのマッチポンプ……。
これは2人がおこなう常套手段だが、それを知らないブランベルから見れば、リアンは自分を糾弾する小僧、ルキウスは穏健な味方となる。
「だから、どうだろうリアン。ブランベル将軍には、これからエルダへ急行してもらい、海軍主導の作戦で大手柄を立ててもらおうと思うんだけど。いまバンス島で幽閉している敵の民間人を公都まで無事に連行できれば、これ以上ない上等な人質になると思わないかい?
人質を餌に敵との交渉におよべば、もしかすると戦わずして敵地の一部を割譲してもらえるかもしれないし、今回の被害の賠償も期待できる。もちろん一時的な停戦になるだろうから、戦線の立て直しも可能だ。これらすべての手柄を将軍がたてたとなれば、今回の不手際の処罰など吹き飛んでしまうんじゃないか?」
「あなた様は、まだ懲りないんですか? いくら人様のために尽くしても、なんの見返りもないんですよ?」
リアンの矛先がルキウスにむく。
むろん、これも演技だ。
その演技にブランベルが見事に騙される。
「あ……いや……儂は受けた恩はかならず返す。我が家系にかけて誓ってもいい。もしその大役を任せてもらえるのなら、儂は生涯、ルキウス総司令官殿の忠実な部下となろう」
「ブランベル殿。そう難しく考えないでくださいよ。エレンスム方面は私がなんとかしますから、将軍は公国の最高指揮官として、エルダでぞんぶんに指揮をとってください。そうしていただければ私も助かりますので」
「わかった。公国派遣軍のすべては、これより総司令官閣下の直率部隊とする。多数を失ったとはいえ、まだ8万以上が健在だ。エレンスム守備陣地の戦力がどれくらい残っているか不明だが、合わせれば10万は越えるだろう。それらすべてを使って、今度こそ敵の領土を奪取してほしい。頼めるか?」
「承知しました。お任せください」
「……将軍閣下? エルダへ急がないと、海軍の作戦が始まってしまいますよ?」
うまく話がまとまったと思った瞬間、すかさずリアンが釘をさす。
「おお、そうだ急がねば! それでは総司令官殿、これにて失礼する!!」
入ってきたときと同様に、ドタドタと大きな足音をたててブランベルが去っていく。
部屋のドアが閉じられ、中にはルキウスとリアンだけが残された。
「リアン……おまえ、やりすぎだぞ? 相手は将軍、おまえは昇進したとはいっても中尉じゃないか。もし将軍がおまえを処分すると強弁すれば、俺じゃ止められなかったぞ」
「その時はその時ですよ。ボクとしては、あなた様に危害が及ばなければ、それでいいんですから。それより、本当にエレンスム方面で勝利できるんでしょうね。いつものホラ話だったら怒りますよ?」
「まあ、見ていろって。敵で恐いのは、報告にあった魔法使いの小集団だけだ。あの部隊さえ潰せば、敵が死守している北の小さな岬なんて、あっという間に制圧してみせるさ」
報告にあった魔法使いとは、間違いなく魔導小隊のことだ。
死守している北の小さな岬は、おそらく公国と地続きになった北海道東部のことだろう。
話を聞くかぎり、ルキウスはエレンスムの戦いに勝利するだけでなく、北海道全土の占領まで視野に入れているらしい。
その自信は、いったいどこから来るのだろう。
いまはまだルキウスの脳の中にしかない作戦プランこそが、自信の源と思われるが、それを知る他人は、まだリアンただ1人……。
「どっちみち、エレンスム方面は敵の陽動だから、外れクジを引くのはバンス島方面……すなわち将軍閣下と海軍になる。すべて予定どおりだ」
人の良さそうな笑顔の下にチラリと見せる、冷たく計算高い別の顔。
これこそがルキウスの正体だ。
しかも真の姿は、リアン以外に知る者はいない。
「警務隊のみなさん~。ここに本物の悪人がいますよ~」
ドアのほうをむいたリアンが、茶化すように声を出す。
それをルキウスは制止しない。
複雑な思いを隠した顔で、じっと見守るだけだった。
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