第14話 国民奪還作戦、開始!
――串本町の住民は、バンス島に囚われている。
この情報が空自の偵察機によって確認されたため、防衛省は防衛出動命令にもとづく『人質緊急奪還作戦』を実施することを決めた。
なぜバンス島に囚われていると判断しているのか?
それは海自の艦隊が、いまもバンス島を厳重に包囲しているからだ。
敵は住民を拉致したものの、海自艦隊と味方の艦隊が海戦をおこない、多数の味方艦艇が撃沈されてしまった。そのため迅速に人質を辺境大陸へ搬送できず、しかたなく一時的にバンス島へ収容したらしい。
これらは状況証拠から導かれた推定事項だったが、危険を承知の上でバンス島を低空で強行偵察したところ、島の守備隊陣地のちかくに、大規模な収容所が新築されていることが確認されたのである。
敵は辺境大陸から援軍の艦隊がくるまで、島の守りをかためて篭する覚悟を決めた。
ならば、捕虜になった日本人がバンス島にいるあいだに奪還作戦を実施すれば、かなりの成功率がみこめる……これが緊急に作戦を実施する原動力になったのだ。
「えっと……なんかめんどくさい作戦やねー」
帯広基地にもどってきた姫川たちは、すぐ隊舎ホールに集められ、即席の作戦ブリーフィングをうけることになった。
今回は特別な作戦ということで、いつもの鈴木優太小隊長ではなく、上官の第1魔導科連隊連隊長である三ノ宮達己1佐がブリーフィングの指揮をとっている。
「まず陽動のため、北海道方面で大規模な作戦を実施する。これには魔導小隊は参加せず、空自と陸自のみで本日の夜に実施する。
まず空自の戦爆部隊で、エレンスム断崖のむこうにある敵の守備陣地周辺を爆撃、同時に陸自の地対地誘導ミサイルで陣地をピンポイントで攻撃する。
さらには空自の第二波戦爆隊により、カムランからエレンスム方面へ移動中の敵支援軍に空爆で被害をあたえる」
ここまでの内容を小隊員が理解しているか確認するため、三ノ宮は言葉を区切ってみんなの顔を見た。
三ノ宮は根っからの軍人気質のため、鈴木などのように【ですます調】でしゃべるのが苦手らしい。上官に対してすら、【であります調】なのだ。
さらに言えば、小隊員はしょせん年寄りの集まりという既成概念がとれていない。
だから自分のブリーフィングがきちんと伝わっているかも、かなり気になっているようだ。
「出番のない俺らに、なんで連隊長様がブリーフィングしてんだ?」
平田も三ノ宮に負けてはいない。
もっともこっちの場合、たんに口が悪いだけだが。
「諸君には、万がいち敵が反撃にでた場合、防衛出動をお願いしたい。今回の作戦では、空自による陽動作戦、海自による奪還作戦が同時におこなわれる。しかし諸君も知ってのとおり、空自の空爆と陸自のミサイル攻撃だけでは、敵を殲滅することは不可能だ。これはイラク戦争などでも証明されている」
「陸空自衛隊の陽動作戦で敵がメゲんかった場合、残存部隊が北海道に攻めてくるちゅうことやね?」
頭のまわる姫川らしく、三ノ宮の言葉の先取りをした。
「もともと敵は、北海道東部を占領するための大軍を集めていた。その数17万というから、文句なくこれまでで最大の規模だ。。それを陸空で遠隔攻撃しても、おそらく一時的な阻止しか見こめない。まあ、敵が被害に驚いて逃げかえる可能性はあるが……」
「楽観して北海道ば取られたら、たいがなバカて言わるるばい。ばってん……自衛隊が全力ばだしてん攻撃しても止められんごたる敵ばウチらだけで止めるんは、しちゃかちゃ大変かごつ思うとばってん……」
「今回は広域特殊戦闘団も、全兵力をもちいて対処する。第1から第3魔導小隊の合同出撃はもう予定に組まれている。そうなると回復時間のあいだ、諸君のバックアップが必要になる。それは少年魔法科学校の訓練部隊と、第2世代予科訓練隊に任せることになる」
「あいつら、まだ未成年だろうが。実戦訓練ならまだしも、本格的な戦闘をやらせるつもりか!?」
さすがに平田もマジで怒りを滲ませている。
「それって……うちらとの契約に違反してるんと違う?」
安芸がするどい指摘をした。
魔導小隊員は自衛隊のボランティア戦闘員だ。
そのため防衛省とのあいだに、ボランティア契約を結んでいる。
その契約の中に、日本の弱者を守るために協力するという1文がある。
弱者とは非戦闘員のことであり、括弧付きの注釈で(女性/高齢者/未成年者/障害者当)と記されている。
なのに自衛隊は、未成年者だけで構成される少年魔法科学校と第2世代予科訓練隊を出撃させようとしているのだ。
当初の思惑では、彼らは将来的に強力無比な存在になると期待されているものの、未成年のため成人扱いとなる18歳までは訓練に勤しみ、成人後に新たな魔導部隊として自衛隊に組み入れられるとなっている。
この前提をくつがえすことは、かつての学徒や少年兵の出陣とおなじ過ちを犯すことになる……。
劣化ソーマで若返った魔導小隊員は、先の戦争を経験しているか、もしくは戦後の焼け野原世代に該当する。だから三ノ宮が言いだしたことは、理屈や道理ではなく、身をもって体験したことなのだ。
「諸君には、なんと言っていいのか、言葉にならないほど申しわけなく思っている。だが、いまの自衛隊には、今回の規模の敵侵攻を阻止できる力がないのだ。
増員されたといっても、陸自の総戦力は30万名しかいない。本土防衛戦は、最終的には陸自の戦いになるからな。敵は数を減らしたとしても、まだ12万くらいは残る。しかも今回は、多数の魔人部隊が参加している。
北海道東部に陸自の30万すべてを投入すれば、もしかすると勝てるかもしれない。だがそれは無理だ。日本各地で第2第3の串本町事件が発生する。最低でも日本全国の防衛要員として20万は必要になる。となると北海道に当てられるのは最大10万しかいない」
背に腹はかえられない。
日本の人口は、6000万人。まさに半減しているのに、自衛隊員の数は増えている。
たしかに三ノ宮の言うとおり、いま日本はかなり無理をしている状況である。
「ウチらが死ぬ気で敵ばとめる……これしかなかばい」
自分たちが壊滅したら、未成年部隊が最前線に出ることになる。
それを許すくらいなら、死んでも立ちはだかる……。
姫川は本気でそう思っている。
「魔導小隊全部隊のサポートとして、今回は陸上機動支援大隊/陸上特科支援蓮隊/第1派遣守備大隊/独立対地支援隊も出せるだけ出す。ともかく広域特殊戦闘団も総力戦の構えだ。諸君だけに苦労はかけさせない」
「なに尻の青い小僧が粋がってるんだよ」
「ちょっといまの平田君? いまの発言、いくらなんでも言いすぎと思いますよ……」
穏やかな声音を崩さず、美原佳奈江が注意した。
だが三ノ宮は、否定しなかった。
「その通りです。我々は常日頃から、諸君のような年配の方々に御苦労をかけていることを大変に心苦しく思っている。はやく第2世代が成人して実力を発揮できるようになり、彼らが正規の自衛隊員として戦ってくれることを願っている。だが……いまは諸君の力にたよるしかない。申しわけないが、もう少しだけ協力してほしい」
そう言うと三ノ宮は、ふかぶかと頭をさげた。
「いくら謝ったりお願いしても、状況はかわらんばい。それより……アジア連合が援軍ば出してくれるとかなんとか、鈴木隊長が言っとったよね? 緊急展開部隊なら飛行機で3日で来れるて言うたよね? あれ、どげんなっとーと?」
「すでに九州の板付飛行場に到着している。現在は自衛隊との合同作戦をふまえて調整中だ。なにしろ彼らの装備のままでは小銃の弾丸のサイズすら違う。これでは戦えない。もちろん準備でき次第、帯広もしくは千歳に急行する予定になっている」
「千歳? もしかして防衛省は、帯広飛行場が陥落する可能性も視野に入れてるのか?」
今日の平田は冴えている。
「我々はもう、負けるわけにはいかない戦いをしている。帯広はおろか、北海道全域を占領された場合も想定して、あらゆる作戦を練っている。そしていずれの場合も、かならず奪還する大前提で動いている」
まさに本土決戦……。
アジア連合としても、先端技術をもつ日本が陥落すれば、アジア全体が危機に直面する。だからこそ、なりふり構わず援軍を出してきたのだ。
「まあ、よかたい。うちらが負けんかったら、なんも問題なか」
姫川の声には、すでに悲哀にも聞こえる覚悟が見え隠れしている。
第1魔導小隊、たったの5名。魔導中隊すべてでも、たった15名……。
15名が限られた時間のあいだで、12万の敵を阻止しなければならない。
果たして可能だろうか。
しかし、この疑問に応えてくれる者はいない。
※
「こちら黒雷隊。上空の様子はどうだ?」
空自F-35AとF-2の混成戦闘爆撃隊。
これを束ねる隊長に抜擢された
『……バーン15、ドラク……5。これより……にはいる』
ワイバーンが15匹。ドラクーンが5匹いるらしい。
彼我の距離は50キロほどしかないのに、あいかわらず電波状況が悪い。
ただし通話内容は、なんとか把握できた。
「ちょっと少ないな。伏兵がいるかもしれんぞ」
『……の飛竜は、進撃中の……護衛に…模様。戦闘中につ……線を切る』
F-3が8機にF-15が16機もいるから、おそらく戦闘時間は短くてすむ。
しかも今回の戦闘隊は、新型の5式対魔獣ミサイルを搭載しているから、以前より2倍以上も戦闘力が高くなっている。
5式対魔獣ミサイルは、魔導波誘導にくわえて高精度画像分析追尾とAI処理によるターゲティング・システムを採用している。
簡単にいえば、まず前方に存在する魔導波源を探知して接近し、最大で200倍の望遠操作で高精度画像を獲得、その画像を人工知能で多角分析して標的処理をする仕組みだ。
すべての処理がミサイル内で行なわれるため、発射した戦闘機がその後の処理に手間どることはないし、間をおかずに連射できる。
「攻撃目標まで、あと10秒。全機、高速滑空弾の目標をリンクせよ」
御堂のひきいる戦爆隊は、いま密集陣形で飛行している。
攻撃目標を確認して相互にリンク、目標の配分をおこなう。
これを確実にできないと戦果がうまく得られない。
そのためには、リンク用のミリ波バースト通信が確実に伝わらなければならない。
だから密集陣形で飛んでいる。
指揮下にある24機のFー2とFー35が、指揮管制ディスプレイの中で、次々に赤から緑色に変化していく。緑は目標をロックオンした証拠だ。
すべてのマーカーが緑になったのを確認した御堂は、右側にある統括投擲トグルをONにする。
――ゴッ。
かすかな振動とともに機体が軽くなる。
F-2は翼下に4発、F-35は翼下に2発、5トン高速滑空弾を搭載している。
それらが一斉に投下されたため、機体重量が急激に軽くなったのだ。
「投下完了。全機、帰投せよ」
4式空対空ミサイルは、まだ未使用のままだ。
この装備は、戦爆隊が自機の防衛用に搭載しているものだ。したがって、敵が目の前に現われでもしないかぎり使用する予定にはなっていない。
機体を右旋回させながら、藤堂は大任をはたせたと安堵の息をもらした。
※
――ドガガガッ!
いきなり守備陣地が爆発した。
一瞬前まで静穏な夜だったのに、なんの前触れもなく地獄がやってきた。
「……な、なんだ!?」
エレンスム守備陣地の警備を任されているカアンビ大尉は、つぎつぎ吹き飛んでいく兵舎や飛竜厩舎、物資倉庫を見ながら、ただ茫然と立ちつくしている。
『全員、ただちに洞窟内へ退避せよ!』
オズレン・カネル守備隊長からの一括遠話がとどく。
一括遠話は魔人族しか使えない高等魔法だ。
そのため指揮官が部下に命令するときに使われている。
カネル隊長は、エレンスム断崖内にある洞窟陣地で作戦を練っていたはず。
だから今の命令は、おそらく陣地の最高責任者であるダグラ・レグラント騎士団長が出したものだろう。
念話による命令は、間違いなくとどく。
そのため復唱や再伝達は必要ない。
カアンビは獣人種の魔族だが、狼種と山猫種の混血のため純血種より地位が低い。
それでも頑張って精進してきたから警備隊長になれた。
「くそっ、こんな所で死んでたまるか!」
いまさっきまで宿舎の部屋で寝ていた。
そのため武器や防具は身につけていない。
せめて剣だけでも……そう思ったが、すぐにあきらめる。
いまは生きのびることを最優先にしなければならない。
「……なんでだよ? 敵は攻めてこないんじゃなかったのか!?」
我を忘れたのはカアンビだけではない。
直属の部下で精鋭のはずの憲兵隊員ですら、情けない声をあげて逃げまどっている。
――ガッ!
さっきまでいた宿舎がいきなり爆発した。
「大型の爆裂玉……」
きわめて高い動体視力をもつ狼種のカアンビは、宿舎に音速をこえて突入する滑空爆弾を、たしかに自分の目でとらえていた。
だが、そうつぶやくのが精一杯……。
つぎの瞬間、カアンビの体は、爆発の衝撃波により細切れのミンチにされてしまった。
空自による北海道方面の越境攻撃作戦は、まず最初に帯広の安全を確保する意味で、エレンスム断崖のむこう側に待機している5万の敵を殲滅することから始まった。
5万のうちの中核部隊となる300の魔人指揮官と1200の魔人部隊、そして彼らを直衛する高レベルの獣人部隊が守備陣地内にいた。
守備陣地に対する攻撃は、空自戦爆隊が担当している。
命中精度は15メートル以内だから、ピンポイントとまではいかないまでも、ほぼ全弾が陣地内に着弾したようだ。
のこりの4万強は、すべて獣人や亜人、各種の魔獣のため、陣地の周辺で野営していた。
こちらには、陸自が発射した3式超音速地対地ミサイル(クラスター弾頭)が30発以上も撃ちこまれた。
3式ミサイルは射程200キロの超音速巡航ミサイルだ。
時空重合前は、装備として検討されていたものの、周辺諸国の反応を恐れて、なかなか実用化できなかった。しかし準備は整っていたから、時空重合後は3年で実戦配備できた。
弾頭部には120発の子爆弾が搭載されていて、目標上空50メートルで子爆弾を散布する仕組みになっている。運搬と移動は、自衛隊初の8輪式トレーラーが採用されたため、トレーラー1輌で4発を搭載する陸自自慢の遠距離装備となった。
子爆弾には魔結晶粉が混入された炸薬が入れられている。
子爆弾1発あたりTNT換算で150キロの爆発力……。
これは新型になったMLRSのクラスター弾頭と同程度の威力だ。
しかもMLRSは射程を延長しても60キロしか届かないのに対し、こちらは200キロ。タイプが巡航ミサイルなので、地形照合しながら間違いなく目標に突っこんでいく……。
自衛隊が、みずからの戒めを解き、はじめて徹底的な殲滅戦を行なった。
わずか10分に満たない集中攻撃で、5万いた守備陣地兵力の2万が戦死もしくは負傷した。軍事的には壊滅の判定をくらう大被害だ。
ただしこれは、かなりの不確定要素が含まれている。
夜間の航空機からの観測では、大雑把な戦果しか確認できないからだ。
そこで正確な戦果判定は、空自機が搭載している数種類のカメラで撮影した動画や静止画をもとに、防衛省で精密判定して決定される。そのため結果の発表は後日になるだろう。
むろん、これで作戦が終わったわけではない。
このあと第2波として、2個戦闘飛行隊24機に守られた2個爆撃隊16機――F-35/F-2と特別爆撃隊4機――BC-2(C-2輸送機の爆撃輸送機型へ改装したもの)が千歳基地から飛びたつことになっている。
彼らの目標は、レングラント辺境公国で第2の都市と言われているカムランから進撃している12万もの大軍だ。
敵艦隊の捕虜から得た情報では、12万のうち10万は辺境公国の正規軍であり、残りの2万が帝国から遠征してきた帝国軍らしい。
帝国軍は、魔人部隊の比率がきわめて高いと捕虜は自慢した。
他の国の軍とは比べものにならないほどの戦闘力をもっている。
だから12万の援軍といっても、実質的には20万の大軍に匹敵する……。
捕虜が真実を語ったことは、魔導心理分析装置によって判定済みだ。
実質20万の大軍。
これを爆撃だけで殲滅するのは難しい。
いや、核兵器でも使わなければ不可能だ。
そこで防衛省は、防衛出動命令によって解禁されたばかりの大型気化爆弾を使用する決心を固めたのである。
国産の大型気化爆弾――5式対地拡散気化爆弾の威力は、自衛隊最大のTNT換算500トン。1発で半径500メートル以内の地表にいる生物を完全に殲滅できる。
ただし防衛省の予想では、大型甲殻獣以上の防御力をもつ魔獣は、大ダメージを受けるものの殺害するには至らないとなっている。
それが4機のBC-2に合計8発。
総計4キロトンに達する破壊力は、ゆうに戦術級の小型核兵器に匹敵する。
これで止められなければ……。
あとは広域特殊戦闘団にまかせるしかない。
そう、だれもが思った。
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