第13話 日本の、そして魔導小隊の決断
深夜2時にもかかわらず、日本議院による公式報道がおこなわれた。
テレビと衛星放送の全チャンネル、さらにはネットニュース系の実況すべて……。
これほど大規模な国民への告知は、時空重合が発生した1ヵ月後におこなわれた、全国知事会による緊急放送以来だ。
日本議院を代表して、埼嶋真吾議院議長が広報台にたつ。
「日本議院は、今回の日本本土にたいする異世界勢力の襲撃を深刻な事態と認識しております。我々は日本国民の生命と財産を守るため集まった者として、早急にこの事態に対処しなければなりませんでした」
告知は、意外にも言いわけじみた前置きから始まった。
これを聞いた大半の者は、これまで現状維持を大前提としていた日本議院が、なにか重大な決断を下したのだと思いはじめた。
そうでなければ、これまで何度も敵の侵攻をうけても、かたくなに旧日本憲法の意志を守ってきた日本議院が、あらためて言いわけなどしないはずだ。
「現状の日本の法律では、今回の事態に対処できませんでした。敵艦隊の接近は、和歌山県串本町へ敵が上陸する2時間前には、航空自衛隊のP-3Cにより察知されていました。
敵艦隊が領海に侵入した時点で、それを阻止するべく自衛隊が動くためには、憲法九条にもとづく防衛出動命令が必要になります。しかし現在の我々には、命令をくだす法的権限がありません。いまもって日本国の法律では、現在不在となっている内閣総理大臣のみが、この命令をくだせるとなっているからです。
ですが現実に、日本国は侵略をうけています。今回は多数の犠牲者が出てしまいました。このままでは、我々は日本国民の生命と財産を守れない……我々はいまも苦慮しております。なんとか現行法制の中で対処できないかと。
でも、できませんでした。もはや超法規的判断をするしか、この問題に対処できないと理解しました。しかし我々は立法府でもありますので、超法規的判断ができません。そこで議院総会において停止中の憲法解釈を抜本的に修正し、のちに憲法が復活した時、ただちに憲法改正の手続きをおこなう大前提で、一連の特別措置法を緊急動議、ただちに討議したのち裁決を行ないました」
スマホで告知を見ていた人々の中から、おおっと驚きの声があがる。
中には舌打ちをするもの、怒りのあまりスマホをにぎりしめる者……様々な反応が見られたが、大半は驚きと肯定の声だった。
「我々は、国民に逃れられない生命・財産の毀損をまねく事態がせまった場合、日本議院の権限において、陸海空自衛隊に対し防衛出動を命じることができる、【緊急国防措置法】を議院の3分の2以上の賛成をもって可決しました。
この法律は自衛隊が、領土領海をこえて敵の出撃拠点および国外の戦力集中地点を攻撃できるようするものです。本法案の成立にさかのぼり、本日零時をもって適用されることになりました。
自衛隊の諸君。私は日本議院議長として、日本国および日本議院を代表して命令をくだします。本日現時点をもって、自衛隊は日本国を敵の侵略から守るべく、全能力をもって対処するよう、防衛出動命令をくだします。どうか日本国民を守ってください。よろしくお願いします……」
命令する者が嘆願する。
いかにも日本らしい光景だった。
なお、議長の演説にはなかったが、この法は廃案にすることも含め、半年ごとに再討議・再議決を必要とする時限立法となっている。
第2次世界大戦での敗戦以来、日本国がはじめて国外の敵にたいし本格的な攻撃を決断した。この決定は、ただちにアジア連合へ無線通信で送られた。
だが通信状況が最悪なため、これから相手の返信があるまで、連続して同じメッセージ送りつづけることになっている。
告知映像は、埼嶋真吾議長がふかぶかとお辞儀をしている場面のまま終了した。
じつに5分を越えるお辞儀だった。
※
「あっちゃー」
福生の本拠地宿舎のロビーでテレビを見ていた姫川が、ソファーに座ったままのけぞった。
「歯止めがかかれば良いが……」
となりで立って見ている藤堂も、ことの次第を心配している。
「こげんか状況で、歯止めんかかるわけなかろ? 攻めてくる敵は領海領空にはいり次第に殲滅やろし、敵の策源地は絶対に潰すやろ? そげんか状況ん中、敵が攻めてくる大前提で軍隊ば集結させとったら、自衛隊が敵地にいって事前に壊滅させるちゅうのが基本行動になるやろが」
すかさず平田が声を発する。
「そりゃ姫の知ってる旧帝国軍の話だろ? 戦後の自衛隊は、そこまでできる能力を持ってないって。まあ、空自にかぎって、それも1回か2回なら、牽制程度にはできるかもだけど」
自衛隊は専守防衛に徹してきたため、意外にも敵地侵攻能力は微々たるものしか持っていない。平田ほどの軍事オタクともなると、これいくらいは常識として知っている。
「日本ちゅう国は、やるって決心したら絶対やる国ばい。こん法律ができたんやから、すぐ関連法もできるにきまっとるやろ。国内の防衛産業に使われる予算も、これまで以上に増えるたい。そしたら1年2年で、あっちゅ間に敵地に本格侵攻できるようになる!」
たしかに、重合以前のようなGDP1%とか2%の自衛隊予算では、やれることは知れている。
第2次世界大戦中の日本は、国家予算の70%を軍事に使っていたのだ。
それを身をもって知っている姫川からすれば、いまの日本の国家予算120兆円の半分程度――GDP換算で11%程度まで金をつぎこむなんてことは、火を見るよりあきらかだろう。
「でもこれ、もう止まらんと思うよ。日本人って身近な犠牲者がでると豹変するから」
いつもはふざける安芸妙子も、いまばかりは真面目な顔でしゃべっている。
「ですよねー。わたしの親戚も和歌山にいますけど心配ですわー。はやく何とかしてほしいですわー」
驚いたことに、いつもはこの手の会話には参加しない美原佳奈江まで、遠まわしに肯定する発言をした。
「まあ、うちらは要請されたらどこでん行くばってん、一般自衛隊員は大変やろねー」
「彼らも覚悟の上で自衛隊に在籍している。そうでない者は、とっくに辞めている」
藤堂が姫川に反論した。
この事実に、姫川をのぞく全員がぎょっとした表情になった。
「そうやねー。いまの自衛隊員は、自分の命ばかけて戦っとるもんね。うちの認識が間違ごうてた。全国の自衛隊員の皆しゃん、ごめんなさい!」
そういうと姫川は、立ちあがって誰もいない窓のほうへお辞儀した。
――バタン!
いきなり扉がひらき、久米麗香支援班長と鈴木優太小隊長が入ってくる。
「みなさん、防衛省から出撃要請がでました!」
開口一番、鈴木が大声をはりあげる。
「和歌山にいくん?」
「ちがいます、姫川班長。帯広にもどります。空自RF-15Jによる敵地侵入申請が許可され、レングラント辺境公国の東方深くまで強行偵察が実施されました。その結果、帯広からおおよそ1200キロ離れた公国の都市から釧路方面へ、10万を越える軍勢が釧路方面へ移動中との最新報告が入ったんです!」
「10万? いま釧路の東にいる敵軍とは別に?」
平田の声が緊張している。
いちはやく尋常ならざる事態に気づいた証拠だ。
「はい。その軍勢がすべて釧路方面にむかうと仮定した場合、帯広方面は16万から17万の敵と対峙することになります」
「最大規模の侵攻を連続して3回から4回実施できる規模だよな? まさか防衛省は、俺たちだけで17万の敵に対処しろって言ってんじゃねーだろーな?」
「今回は特別との判断で、広域特殊戦闘団だけでなく、陸海空自衛隊も地方防衛戦力を残すものの、最大規模の支援態勢をとるとのことです。防衛省としても、ここで帯広を敵軍に抜かれると、北海道の3分の1を失いかねない重大事と判断しているそうです」
「うちらは自衛隊が動くまでの、当座まにあわせの先陣部隊っちゅうわけやね?」
「それは否定しません……が、第1から第3小隊だけでなく、少年魔法科学校の在校生も出陣することになっています。さらには横田総司令部直轄となっていた第2世代予科訓練隊員も、戦闘訓練を終えた者を参加させる予定になっています」
「な、なに馬鹿なこつば! そげんこつしたら、あの戦争の本土決戦とおなじばい!!」
「そのとおりです。いまはまさに、日本本土決戦というのが防衛省の見解です。アジア連合の同盟軍が航空輸送で駆けつけてくれるまでの3日間、そして海路での本格支援がとどくまでの1ヵ月間、日本はいやでも自力で自分たちを守らねばなりません。こんなこと……姫川さんも、とっくに判ってたはずですよね?」
鈴木隊長が、はじめて正面から姫川に反論した。
そこには鈴木なりの覚悟が見えている。
小隊が死地におもむくなら、自分も一緒にいく。
先任の小隊長が戦死したと聞いたときから、鈴木の心はきまっていた。
「うちが、そげんこつば許すわけなか! どうしてんやるっちゅうなら、うちが全部守っちゃる。だれも死なせん! それが国ば守って死んだおとうちゃんの意志なんやけん、うちがそれば引きつぐ!!」
姫川もまた、秘めたる思いを吐露した。
戦う理由がある。
ならば人は戦える……。
いまの瞬間、小隊員の心はたしかにひとつだった。
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