第12話 勝利の裏の惨事
東京都福生市にある旧在日米軍横田基地。
現在そこは防衛省の管理下にあり、広域特殊戦闘団本部基地が置かれている。
ただし東福生駅にちかい第2ゲートから入ったあたりは、いまも【在日米空軍横田特別協定地域】として、米軍関係者の治外法権的な居住がゆるされている。
広域特殊戦闘団本部のある場所は滑走路の東側だ。
平和通りの突き当たりに【戦闘団正門】があり、メインゲートをくぐると基地通り(旧マクガイア通り)につながる。本部庁舎は、その先の右側にある。
本部庁舎は、旧米軍航空学校があった場所に新設されている。
ただし、基地通り両側にある広大な旧米軍住宅地は、そのまま戦闘団の宿舎として再利用されている。
「ここは、いつも平和だねえ」
滑走路の東側にある、だだっぴろい航空機駐機場と格納庫群。
それを見ながら姫川が気だるそうにつぶやいている。
駐機場や格納庫は、一部が戦闘団の使用する航空機や地上機材用に整備されている。
その他はすべてカラで、人っ子ひとりいない。
米空軍の輸送機とかは、滑走路の西側のエプロンに集められているから、こちらはほとんど廃墟同然だ。
全員が高機動車にのって司令部本棟へむかっている。
姫川たちは海戦を終えたのち、空母【ながと】から、第1機動回収中隊のオスプレイにのって百里基地へもどってきた。
もどった時、陽はどっぷりと暮れていた。
そこでその日は百里基地で一泊させてもらった。
どのみち第1魔導小隊は、回復時間中のため安静にしなければならない。
それを無理して百里までもどってきたのだから、これが限界だった。
百里基地の情報官から、今回の海戦結果についての速報を聞かされた。
【房総半島はるか沖海戦】と名付けられた今回の戦いは、海自部隊の圧勝に終わったそうだ。
それにしても防衛省……。
地震じゃあるまいし、もうすこしマシな命名できんかったのか?
あっけなく勝てたのは、敵海軍部隊の圧倒的な知識不足と準備不足のせいらしい。
戦闘終了後、波間をただよっている敵艦乗員を何名か捕獲した。
なぜ救助ではなく【捕獲】なのか?
敵の多くが下級魔人や使役されている亜人だったため、救助するつもりで不用意に接近すると強烈な魔法攻撃を仕掛けられた。救助班が全滅する可能性すらあった。
そこで遠方から爆裂散布式の麻酔弾を射ちこみ、つぎに投射式の捕獲網(浮揚バルーン付き)でがんじがらめにして捕獲する方法がもちいられたのだ。
海自艦へ収容された敵艦乗員は、上級魔導師による魔法拘束付与と魔導波遮蔽装置のダブル処理をされた上で、ようやく捕虜としての扱いをうけることができた。
敵の不手際が明らかになったのは、捕虜から情報を入手できたからだ。
彼らの供述をまとめるとつぎのようになる。
『辺境公国の正規軍である公国騎士団が、西部守備隊に対し全面的な支援にでている。なぜなら1ヵ月後をめどに、帝国本土から、帝国派遣軍と最高司令官が送られてくることが本決まりとなったからだ。
騎士団と西部守備隊、そして辺境公国中央軍を結集し、そこに帝国の派遣部隊をくわえる。そのうえで全軍の最高指揮官を、帝国から派遣された士官がつとめる。辺境公国の国内問題だった国境紛争が、正式に帝国の対外戦争とみとめられた。異世界ではそう解釈されている。
帝国正規軍が辺境公国につく前に、なんとしても戦果をあげる必要がでてきた。そこで公国の海軍艦艇を公国南部にある港町エルダにあつめ、そこからバンス島へ遠征艦隊として送りだした。
バンス島のココトに集結したのは1300隻の軍船と120匹の大型海棲魔獣、24匹の超大型海棲魔獣、320匹の飛竜、2万4000の使役魔物軍団、465名の魔人指揮官となっている。このうち900隻と6割の海棲魔獣、5割の飛竜を日本の艦隊にむけて出撃させた』
海自側の報告では、敵艦隊の軍船235隻を対艦ミサイルと艦砲、F-35の攻撃、潜水艦2隻による雷撃で撃沈したとなっている。海棲魔獣の討伐数は集計中だが、かなりの戦果があったことは確かだ。
敵艦隊は一方的な被害を受けて敗走し、いまはバンス島へむけて移動中……。
まさに圧勝だった。
翌日朝、第1魔導小隊は、百里に仮設置されている第1魔導科連隊司令部に出頭したのち、空自の新多目的支援機U-5J(ホンダ製国産ジェット機)にのって本拠地の横田まで移動した。
本部に到着したのは昼過ぎだ。
そろそろ回復のおそい姫川も通常にもどるはずだが、まだだるそうに見えるのは、やはり無理にもどってきたからだろうか。
「……平和? ここが危機感にあふれてたら、それこそ日本の危機じゃね?」
あまり気が乗らない口調ながら平田が返事をする。
小隊員と鈴木小隊長がいるのは、魔導小隊専用の特別擁護待機室とよばれている場所だ。3棟ある本部の魔導小隊宿舎が放射状に配置されていて、特別擁護待機室のある擁護棟が中心にある。
ここは回復時間中や、なんらかの原因で体調不良におちいった小隊員のための介護施設だ。待機室は広いホール状になっていて、ある程度の回復をはたした者が車椅子であつまる場所となっている。
「うん、そだねー」
驚いたことに、姫川が平田に同意した。
平田も驚いたらしく、口を開けたまま見ている。
「お嬢……まだ本調子ではないようだが?」
藤堂が姫川を心配している。
回復時間はすぎているが、どうも姫川の状態がよくない。
「今回はたいがにゃキツかったねー。魔法ばつかわんなら大丈夫って思うとったばってん、まさか魔導照準ばつけただけで、気力がのうなるって思いもせんかった……」
レールガンを全弾射ちつくした姫川は、ふたたび昏倒した。
一時的に心臓が止まったらしく、すぐさま
のちにそれを知った藤堂は、意識を回復した姫川に対し、珍しく大声で『二度と無理するな』と叱責したという。
「あの……お疲れのところ申しわけないのですが、司令長官からお話があるとのことですので、みなさんには車椅子で待機していただきます」
いま言わなくてもよかろうに、鈴木優太小隊長が横から口をはさむ。
またたくまに、姫川をのぞく全員のキツい視線をあびた。
「司令長官……高野悠二郎陸将補が、なんの用だ?」
ふだんは口には気をつける藤堂が、やけに棘のある言葉を口にする。
「それが、自分も知らされてませんので……」
「下っ端の2尉隊長じゃ仕方ないよなー」
こういったツッコミ場面を、平田は絶対に見逃さない。
さらに言葉をかさねようとしたところで、特別擁護待機室にある大扉がひらいた。
「第1小隊の皆さん、お待たせしてもうしわけない。なにしろ防衛省がゴタゴタしているもので、来るのが遅れてしまった」
秘書官とともに現われた高野悠二広域特殊戦闘団司令長官が、渋味のある55歳の笑顔を見せている。
「高野長官……できれば手短かにお願いします。まだ皆さん、回復しきってませんので」
ビシッと注意したのは、久米麗香支援班長だ。
姫川の車椅子によりそいながら、横にある魔素点滴装置を調整している。
「そうしたいのは山々なんだが……あまり良い話ではない」
「なんか起こったんだろ? 毎度のことじゃんか」
相手が最高指揮官でも平田は容赦しない。
自分たちはボランティアなのだという自覚がそうさせている。
「それが……今回は特別というか。じつはみなさんが敵艦隊を撃破し、敵艦隊がバンス島へ逃げかえったことは承知していると思う。御存知のとおり、バンス島は日本の排他的経済水域にある島だが、いまは異世界勢力が実行支配している。なので自衛艦隊は攻撃できない。現在は距離をとって警戒中だが、敵艦隊が島に引きこもっているかぎり、どうにも手を出せないのが現状となっている」
「そげな説明はいらん。大事かこつだけ言わんね」
聞いているだけでつらいといった感じで、姫川が投げやりに言う。
「これは申しわけなかった。では核心部分のみを。じつは昨夜、紀伊半島南端にある串本町に、敵艦隊の別動隊が襲来して強襲上陸した」
「なんやてー!」
気力をふりしぼった姫川の声。
他の者は声こそあげなかったが、全員が衝撃をうけた表情になっている。
「敵は夜明けと同時に撤収。串本町の住民は就寝中だったこともあり、ほとんどが無防備のまま襲撃を受けてしまった。串本町の紀伊大島には空自の分屯基地があるが、あそこはレーダー警戒基地のため防衛戦力はほとんどない。
まとまった戦力となると陸自の和歌山駐屯地くらいだ。現在、各方面から支援部隊がむかっているが、いまのところ現地にはいれたのは大阪の陸自中部方面ヘリ部隊くらいだ」
「被害は?」
いつまでたっても肝心なことを言わない高野に、姫川の冷たすぎる声がふりかかる。
「……判明しているだけで、一般住民1200名あまりが死亡、3000名以上が負傷している。住民多数が拉致されて連れ去られたらしく、いま行方不明者の確認がおこなわれている。敵艦隊は串本町の市街地を挟撃するかたちで東西2方向から上陸したため、逃場をうしなった住民が多数でたらしい」
一般住民が1000名以上も犠牲になったのは、第1次帯広侵攻の時だけだ。
まさに大惨事……。
「敵艦隊は、いまどこに?」
「P-2Cによる追跡により、一目散にバンス島へむかっていることが判明している」
「当然、追撃したっちゃろ?」
「人質の住民がいるため、それは無理だ。追跡はしているが、相手を刺激する行動はとっていない」
「そんな馬鹿な!」
平田がいきなり大声をだした。
「5年前の帯広の惨劇を忘れたわけじゃねーだろ? あの時に拉致された住民は、ただの1人も戻ってないんだぞ! 島まで敵艦隊が逃げたら、もう手がだせないだろうが!!」
「それは……防衛省が判断することではない。いま日本議院で緊急召集がかかっている。今夜にも臨時議会が開かれるはずだ。そこで日本の意志が決められるまで、我々は待機するしかない……」
「そりゃ、わかってるけどさ。でも……」
だれもが平田の言いたいことを理解している。
それでもなお、なにもできない自分たちをくやしく思っている。
「ともかく、みなさんは一刻もはやく回復して、いかなる事態になろうと万全の態勢で待機していてほしい。いま私が言えることはそれだけだ。では、職務があるのでこれで失礼する」
高野長官は、はるかに地位が下の小隊員にたいし正式の敬礼をおこなった。
そして
「敵の頭が良うなっとる……」
姫川が深刻な表情でつぶやいている。
「おう、お嬢もそう思うか? 帯広でも市街地をねらうと同時に飛行場も急襲したから、おやっと思ってたのだ。今回もおなじ手だが、まんまと成功されてしまったな」
藤堂だけでなく、安芸までマジメな顔になっている。
「これ、大変なことじゃない? 敵の連中、こっちが深追いできないことに気づいてるよ。これで味しめられたら、日本全国すべてが危なくなっちゃうじゃん!」
だからといって、自分たちは自衛隊組織の一員である以上、どうすることもできない。
ただ焦燥だけが
「はいはい、みなさん。政治のことは政治家にまかせて、みなさんは体力回復に専念しましょうね。長官の話では、今夜にもなにか決まるかもしれないみたいですから、あんまり時間はないかもしれませんよー」
深刻な雰囲気をすこしでもやわらげようと、わざと久米麗香が明るい声で呼びかける。
それに触発された第1支援魔導分隊員が、それぞれの担当になっている第1小隊員の車椅子に駆けよっていく。
そして久米が言ったとおり、その夜、日本国にとって歴史を変えるほどの重大法案が全議員の3分の2以上の賛成をもって緊急可決されたのだった。
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