第11話 勝利するためには死をも厭わぬ?


「ここで、いい」


 大型の車椅子にすわった藤堂が、車椅子を艦橋横にあるハッチから艦内に入れようとする滝田俊也支援分隊員に声をかけた。


「でも……」


 事前の予定では、すぐ艦内に入りメディカル・チェックを受けることになっている。

 それを中断するなど藤堂らしくない、そう言いたそうだ。


「なにか……なにか変だ」


 つぶやく藤堂の目は、【ながと】の艦首方向を見つめたままだ。

 活動限界による虚脱感から、ともすれば瞼は勝手に閉じようとする。

 それを無理にこじ開けていた。


「どげん……したと?」


 朦朧としつつも、姫川も異変に気付いたようだ。

 回らぬ頭を働かせて、なにか空中の匂いでも嗅ぐような仕草を見せる。


「なんか、しょんなか波動んごたるばってん……規模だけはデカかねー」


 その時、飛行甲板に拡大音声が流れた。


『ながと副長の雨宮二佐です。掩護班の乙音ひかりさん! 前方1キロ付近、超級海棲魔獣が急速接近中です。本艦前方の左右30度、距離800メートルに魔導防壁を集束、最大出力で展開してください!!』


「この魔導波の強さだと、そうとうでかいヤツだぞ」


 平田が目に見えない魔導波を触るかのように、空中へ手を伸ばしている。


「圧力はすごいけど、殺気としては中くらいね。そんなに強い相手じゃないと思う」


 強烈に集束して放射される魔導波は、まさしく【殺気】として感じられる。

 MP保有量は巨大だが殺気が強くないということは、魔力行使能力が低いという結論になる。それを鋭く指摘した安芸は、さすが古武術の師範だ。


 全員が、遠く離れた場所からくる魔導波の感触を味わっている。

 それだけ相手の体内に蓄積されているMP量が膨大ということだ。


「……これは!?」


 一緒に甲板に出ていたハーフエルフの男――バレモル・ミッフェンが、引きつった顔になった。


 いつも第1小隊をサポートしているセルファーレンは、いま百里基地で待機している。そこで防衛省が海自に代理のサポート要因を出して欲しいと要請したところ、艦隊司令部から彼――ミッフェンがやってきたのである。


「あれは、なんだ?」


「この波動は過去に経験があります。私と共にいる風の妖精は【アルケロン】と囁いています」


 ミッフェンが異世界の固有名詞(魔法同時翻訳後の日本語)を口にしたため、小隊の世話をしている自衛隊員が、すかさず手に持っている携帯端末で検索する。


「アルケロンとは異世界の大型海亀のことで、常識を越えた甲羅の固さから、別名をアダマン海亀とも呼ばれています。もちろん魔獣に分類されている第1級危険生物です」


「ううぬ……面倒くさそうな奴だな」


「02年に初めて、日向灘で漁船が遭遇しました。漁船は体当たりされて沈没しています。日向灘のアルケロンは、魔族の使役する隷属魔獣ではなく、自然に棲息している野生の魔獣だと分析されています」


 藤堂と自衛隊員の話に安芸が割って入る。


「てことは、こっちは魔帝国艦隊に使役されてる亀ヤローってこと?」


「そう判断しています。しかも、こちらのほうが何倍も巨大です。日向灘の時は、九州管区の海自艦が出動し、艦砲で撃退を試みるも通用しませんでした。つぎに対魔獣用に魔法付与した対艦ミサイルを発射。しかし、これも甲羅に阻止され致命傷を与えられませんでした。

 しかたなく海自艦は、宮崎の空自部隊に出動を要請し、F-2によるレーザー誘導10トン強化徹甲爆弾で、ようやくしとめたとなっています。その時アルケロンは、全長6・2メートル、全幅4・4メートル、甲羅の厚さは20センチでした」


 日向灘のアルケロンは、七四式戦車より全長が三メートルほど短く、全幅は二輌を横に並べた程度……それで10トン爆弾でしか倒せないのだから、どれだけ甲羅が硬いかわかる。


「あそこにいるヤツ、そんなもんじゃねえぞ!」


 索敵能力にすぐれている平田が、探索魔法をつかって魔獣を探っていたようだ。

 平田ほどになると、遠隔視にひとしい鮮明な索敵光景が見える。


 ……ズズン!


 地面がないのに、間違いなく【地響き】がした。

 おそらくアルケロンが前進する力が、強烈な水圧となって届いたのだろう。


 空母【ながの】の前方800メートル付近に、高さ100メートルを越える海水の壁が立ちのぼる。乙音ひかりが展開した範囲指定の最強防壁に、アルケロンがぶつかった衝撃だ。


「あそこで食い止めます……でも、はやく何とかしてください。そう長くは……持ちません」


 絶大なMPと魔法防御力を持ったあかりが、はじめて弱音をはいた。

 障壁を突き崩そうとする圧力が、常識外れに凄まじいらしい。


「こちら、ながと航空隊長。上空にいるF-35Bが、レーザー誘導爆弾を投下する。甲板にいる者は、ただちに遮蔽物へ移動せよ」


 艦橋にいる空母飛行隊の責任者が、緊急避難を呼びかけている。


「皆さんを、はやく艦内へ!」

「おっと。その必要はいらんぞ。俺にまかせな!」


 航空隊長の退避指示を、ハッチから出てきた大柄な男がさえぎった。

 言った直後、男の発する魔導波が急激に強くなる。


 乙音の虹色に光る障壁とはちがう、白銀色のまばゆい半円形のシールドが出現した。


「これでよし、と」


 継続的にシールドを張るには、つねに魔力を放出しなければならない。

 なのに男は、もののついでといった風情だ。


「誰だ?」


 男の力量が常識はずれなのに気づいた藤堂が、やや警戒する態度で聞いた。


「おう、あんたが藤堂さんかい? 噂にゃ聞いてるが、やっぱりいい体をしてるな」


(いきなり肉体談義かよ)


「お、おう……」


 思わず藤堂がヒヨる。

 男の肉体も藤堂におとらず凄い。

 それで肉体談義だと、ヤバい雰囲気しかしない。


「ああ、自己紹介しなくちゃな。俺は、坂田龍児だ。以前は、ちんけな土建会社の社長をしてた。まあ、社長兼現場監督レベルだけどな。でもって、引退後はかわいい女房と田舎の山に引っ越して暮らしてたんだが……魔素病で女房が死んじまった。あん時は、まいったね……」


 今度は自分語りを始める。

 まんま、中年おっさんそのもの。


「俺もいっそ死んじまおうかと思ってたら、厚生労働省の役人様がやってきて、むりやり魔力検査をやらされた。で、結果が出たと思ったら、その日のうちに防衛省へ連行されちまった。

 とどのつまり……俺も、あんたたちと同じ劣化ソーマ組だ。先日をもって、第2強襲魔導小隊の盾役をまかせられた。俺の盾は、あんたの大盾と違って中盾だ。右手の剣型近接装備を使いやすくするにゃ、中盾がベストなもんでな。というわけで……今後ともよろしく」


 藤堂のマッスルビルダーなみの身体とは違うが、日頃から肉体労働で鍛えあげた身体は、薄手のジャンパーとチェックのカッターシャツを羽織っていても露骨にわかる。


 下は、ポケットがいくつもあるベージュ色の作業ズボン。足には安全靴をはいている。これでヘルメットを被っていれば、なるほど土木作業員そのものだ。


 身長は175センチくらい。体重は85キロくらいだろうか。

 見た目は30歳前後だが、どうせ藤堂たちとおなじく老齢のはず。

 ひとまわり藤堂より小さいが、にじみ出る魔導波はひけを取らない。


「ほう……なかなかのもんだ。こちらこそ、よろしく」


 ひと目で相手の力量を見抜いた藤堂は、素直に感心したそぶりをみせた。


 ――ドガガガッ!


 ふたりの会話をさえぎるように、強烈な爆発音が巻きおこる。

 2機のF-35Bが、翼下にぶらさげた計4発の爆弾を投下したのだ。


 ちなみに現在のFー35Bは、ステルス機能を削除してある。

 時空重合後、相手が異世界の軍になったせいで、せっかくのステルス能力が無駄になってしまったからだ。


 なにしろ相手は、電波を使ったあらゆる装置を使用していない。

 そこで手間のかかるステルス塗料を通常のものに変え、電磁ステルス装置も撤去。翼下に各種爆弾やミサイルを搭載できるようパイロンを増設した。


 時空重合以前の段階で、名古屋の小牧飛行場に隣接して、極東地域のFー35を集中整備するための整備場が作られていた。そのため、日本にあるF-35の補修や整備、改装までが可能になっていたのは不幸中の幸いだった。


 しかもアメリカ合衆国や、英国をふくむ西ヨーロッパ諸国との無線によるやり取りで、当面はあらゆる特許や実用新案、意匠登録などの知的財産に関する権利を、双方ともに完全解放することが決まっている。


 この通信はかなり苦労したらしく、合意までに1年以上が必要だった。

 いまは金勘定より、人類が力をあわせて生き抜くことが優先される……。

 あらたな理念にもとづいた合意だった。


 各国が悲惨な通信状況を承知のうえで、採算度外視かつ最優先に対応してくれたのも、人類の存続に強い危機感を感じているからである。


「効いてないぞ……」


 あきれ半分、恐れ半分の平田の声。

 過去には撃破できた爆弾攻撃が、いまそこにいる敵には通じなかったらしい。


『Fー35パイロットより通信連絡。敵のアルケロンの全長は20メートル、いや30メートルを越えている。甲羅の大きさから換算すると、甲羅の厚さは1メートル以上。以下、艦長からの伝言です。魔導小隊のみなさん、なにか撃退するアイデアはありませんか? 以上です』


 空母ながとは護衛艦隊の旗艦になっている。

 その艦長がさじを投げた……。


「おいおい」


 名指しで打開策がないかと聞かれ、平田があきれている。


「久米ちゃん……ウチを……F-35に乗せられんやろか?」


 左腕に点滴の針をさした姫川が、とんでもないことを言い出した。


「無理ですよ。たとえ乗れても、いまは魔法が使えませんし」


「あのくさー。こんだけでかか船なんだけん、どっかに予備の魔結晶ん、いっちょやにちょ、あるやろ。魔導小隊主任の権限で、緊急時の魔結晶提供ば要請するばい」


 気力をふりしぼった姫川の声。


 魔結晶は魔導エネルギーの塊だ。

 魔導小隊員ほどのMPがあれば、ある程度の魔結晶なら、そのまま取りこんでも魔素中毒にならず、すべてをMPに転換できる。


 ただし稼動限界は、MP不足ではなくSP不足で発生する。

 だから姫川の要請は、まったく意味不明だ。


「時間がなか。命令は、しとうなかばってん……そこん自衛隊員、さっさとやる!」


 命令と聞いて、自衛隊員は脱兎のごとく走りはじめた。


「お嬢……レールガンを使うのなら、F-35の上より、あそこのほうが……」


 どうせ止められないと思ったのか、藤堂が空母の艦橋最上部をゆびさす。


「ほんなこつ、そげんたいねー。なら前言撤回。ウチばあそこまで運んで。それとレールガンの予備弾倉も」


「お嬢……無理するな。下手をすると死ぬぞ……」


 魔素中毒こそしないが、稼動限界に達したあとに無理に動くと、もとの老人が重労働するのとおなじ程度のダメージをうける。最悪の場合、心臓発作や脳出血で死亡する。藤堂はそれを心配している。


「アレば止めんと……みんな死ぬっちゃろが。なら、どげんかせんといかん。ウチなら、それができっと。まあ、まかせんしゃい!」


 空元気なのは、ここにいる全員が知っている。

 しかし、いまの状況をなんとかできるのは姫川だけだ。

 それもまた理解している。


「わかりました。私も同行します」


 覚悟をきめた久米が、ぐいっと車椅子を押しはじめる。


「レールガンは、我々が!」


 甲板担当の海自隊員たちが、われもわれもと集まってきた。

 全員が汎用ユニットを装着している。


「みんな、ありがとねー」


 手をふりながら、車椅子にのって艦橋ハッチに消える姫川。


「あ、そうか。魔結晶は体に取りこむんじゃなくて、レールガンの起動と発射につかうのか」


 いまごろになって、ようやく平田が納得している。


「そうだ。その方法なら、これ以上、お嬢が魔法を行使しなくていい」


 藤堂は、とっくに気づいていたらしい。


「でもさ、爆弾でも貫通できない甲羅なんだぜ。姫のレールガンでも、確実に突き破れるか怪しいもんだ」


 平田の危惧を裏打ちするように、先ほど端末で情報を伝えてくれた自衛隊員が、ふたたび口をひらく。


「アルケロンの甲羅が1メートル以上の厚さだとすれば、甲羅を構成している高分子蛋白質でできた重層皮膜は、おおよそ10万枚に達します。記録にある20センチ厚の場合だと2万枚との記録があります。鋼鉄装甲板に換算しますと1メートルほどですね。これなら、魔結晶粉入りの10トン徹甲爆弾で貫通できます。

 しかし10万枚の場合、鋼鉄装甲板で5メートルになります。かつての戦艦大和の最大装甲厚……主砲防盾装甲ですら41センチですから、まるで比較にならないほど強力な装甲だということがわかるでしょう? 残念ながら、自衛隊装備の一般的な徹甲爆弾では貫通できません」


「じゃ姫のアイデアは無駄ってことじゃん」


 それ見たことかと平田が吐き捨てる。

 しかしその声には、いつもの嘲笑する感触がない。


「そうとは言いきれません。姫川さんが何をなされるつもりか知りませんので、あくまで憶測になりますが……もし姫川さんのレールガンで、アルケロンの甲羅の1点に小さな窪みをうがつことができれば……」


 そこまで告げた時、艦橋からの拡声音が聞こえはじめた。


『護衛艦隊司令官より通達。第1魔導小隊の姫川先任3尉より、アルケロン撃退の具体的な提案があった。よって海自部隊は、これより姫川3尉の全面的なバックアップ態勢にはいる。

 まず敵の出足をとめるため、艦隊直下にいる2隻の潜水艦が雷撃を実施する。そこで乙音ひかり氏は艦橋の要請にしたがい、雷撃の瞬間だけ魔導障壁を消してほしい。以上、伝達終了』


 乙音に対しては、『できるか?』の問いかけすらない。

 彼女にできない処理はない。

 そう確信した上での要請だった。


「障壁消失まで、あと5秒!」


 潜水艦が魚雷を発射したのだろう。

 いきなりカウントダウンが始まった。


「……0、いま!」


 800メートル先の虹色の膜が、瞬時に消える。

 同時に無数の水柱が立ちのぼった。


「射つよー!」


 いつのまにか、艦橋に設置されているフェーズドアレイ・レーダーの上の露天監視所に、姫川が車椅子にのったまま移動している。


 よくみると5名の汎用ユニットを着込んだ自衛隊員が、しっかりとレールガンを支えている。姫川は生身のままだからトリガーに指をかけているだけだ。


 ――ビキイィィン!


 紫色のプラズマ曳光とともに連続して弾体が発射される。

 魔法誘導すらしていない。


 3センチの弾体は、物理法則にしたがい、まっすぐアルケロンの甲羅の頂上部に命中していく。ただし彼我の位置関係から、命中角度は浅い。


 20発……。

 まだ止まらない。


 素早く自衛隊員がカートリッジを交換する。

 ふたたび連射。

 さらに20発。

 ようやく発射音が消えた……。


『こちら艦長。これよりF-35Bによる、の投下を実施する。命中の影響はないと思われるが、万が一にそなえ、甲板にいる者は魔法障壁内に退避せよ』


 今度の命令は、ながと艦長自身の声だ。


「はいよっ」


 軽い返事とともに、ふたたび坂田龍児が銀色の魔法障壁を展開する。


「バンカーバスターだあ?」


 いつの間に自衛隊は、そんなものを開発していたのだろう。

 武器に精通しているはずの平田ですら、はじめて聞く話のようだ。


「05式魔導重貫通誘導爆弾です。2ヵ月前に制式採用された、文字通りの最新鋭装備ですよ。分類的には特殊貫徹式遅延爆発誘導弾となっています。実は……私も、いま検索するまで知りませんでした」


 自衛官が、自分の不備をごまかすようなテレ笑いを浮かべている。


「最新装備かあー。それじゃ威力もそれなりだろうな?」


「貫徹能力は、鋼鉄装甲換算で5メートル。強化コンクリート換算だと13メートルとなっています。従来の徹甲爆弾で対処できない敵に対し、確実に被害を与えられるよう、在日米軍の協力のもとで開発されたそうです」


 今度は誇らしげな顔になった。

 おそらく、いまの瞬間まで秘密事項だったのだろう。

 話せてうれしいことが丸わかりだ。


 たしかに計算上では、アルケロンの甲羅を貫通できる。

 だが甲羅の表面は、つねに高分子蛋白質の粘液で覆われている。そのため命中しても【滑る】可能性がある。


 姫川がレールガンで窪みを穿うがったのは、バンカーバスターが滑らないようにするためだったのだ。


 はるか上空にのぼったF-35Bが、まっしぐらに急降下してくる。

 2機が1発ずつ細長い爆弾を投下した。


「あの2機は僚艦の空母【いずも】から発艦したものです。本艦のF-35Bは20機ですが、すべて上空直掩にまわっていますので、【いずも】に発艦命令がでたのでしょう。【いずも】のF-35Bは8機ですので、必要なら追加の出撃が命じられるはずです」


 ――ドドン!


 くぐもった重い衝撃音。

 姫川がえぐった窪みに、レーザー誘導されたバンカーバスター弾が2発。

 立て続けに命中する。


 衝撃音は命中した音であり、爆発した音ではない。

 爆発音は、わずかに遅れてやってきた。


「うわっ!」


 あまりのエグさに平田が悲鳴をあげる。

 400メートル前方までせまった、アルケロンの甲羅の頂上部。

 そこに赤くふとい噴水が吹きあがる。

 血と肉片が混じった、おぞましい噴水だ。


 つぎの瞬間、手足と首、尻尾が、内部からはじけるように吹き飛んだ。

 周囲の海面、血と肉片だらけ……。


『乙音さん。魔法障壁を再展開してください。アルケロン撃破を確認ののち、敵艦隊に対し総攻撃を実施します』


 アナウンスの主が、艦長からCICの水上戦闘主任に変わった。

 それは当面の危機が去った証明だった。


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