第10話 姫川、海自の電磁砲を射つ。


「04式3センチ近距離電磁砲の整備担当、浅木2曹であります!」


 敬礼とともに姫川を迎えたのは、広域特殊戦闘団所属の自衛隊員。


「時間がなか。すぐ射つ」

「初撃はラグなしで可能です」

「わかった」


 最低限の会話が終わる。

 姫川は、飛行甲板の最前部に引きだされた、04式3センチ近距離電磁砲の射撃席にすわる。


 この装備、空母ながとに常設されてる移動式の砲台みたいなものだ。

 見た感じは、射手が座席にすわって射つタイプの機関砲に似ている。


 射撃統制装置の示す、ターゲットスコープ上の輝点。

 それを一瞥した姫川は、小さく吐き捨てる。


「たいがな面倒くさっ!」


 なんと射撃統制装置のメインスイッチを切った。

 つぎに自分の魔法付与で、急接近しつつあるドラクーン6匹へ照準を定める。

 電子制御より自分の能力を優先する。いかにも姫川らしい判断である。


「落ちんかー!」


 04式近距離電磁砲は、帯広基地にある拠点防衛用のものと基本的には同じものだ。

 ただし帯広のほうはタワー式固定砲なのに対し、こちらは移動式となっている。


 砲架に電気モーター駆動方式の車輪がついているため、電源ケーブルさえ繋がっていれば、甲板昇降機エレベーターをつかって格納庫から自走での移動が可能だ。


 帯広のほうが砲身がみじかく、電力チャージ用の3次元キャパシタの容量も小さい。

 ようは威力と有効射程を犠牲にして、最接近してきた敵に高速連射できるよう改良してある。


 対する海自搭載用は、射程が20キロ。2秒に1発を射出する能力がある。

 発射速度を落とし電力を倍加することで威力をあげる。さらには砲身を延ばすことで初速を跳ねあげる。


 砲身は8メートルほど。帯広の倍くらい長い。

 近距離での威力は同じくらいだが、10キロ以上での威力は4倍以上だ。


 さらに威力をあげた艦載主砲用の04式10センチ速射電磁砲は、最新鋭のイージス護衛艦から搭載が始まっている。


 既存の速射砲を上回る性能でなければ、そもそも採用されない。

 そう考えると、発射速度こそ若干おそい毎分15発だが、最大有効射程は120キロにもなるから驚きだ。


 ただし海上から発射する関係で、射撃目標が水平線のむこうの海上にある場合、遠隔魔法誘導を付与しない限り曲射ができない欠点がある。


 したがって艦載主砲の射程120キロというのは、あくまで対空射撃の場合だ。

 対水上戦では、航空機などによる目標観測と魔法誘導、もしくは遠隔視魔法と魔法誘導の2段構えが必要になる。それがない場合の有効射程は、水平線付近までの24キロとなっている。


 ――バイィィーン!


 姫川のレールガンとは比べものにならないほどの大音響。

 その音は、そのまま電磁砲の威力を示している。


「次!」


 1撃で1匹のドラクーンがバラバラに吹き飛んだ。

 すぐ次にねらいをつける。


 ただし、電磁砲の砲身は1ミリも動かない。

 ねらいを定めるのに、砲身を動かす手間と時間が惜しい。

 ならば魔法付与で、射出したあとの弾体を誘導すればいい。


 先ほど電子式の射撃統制装置を切ったのは、装置が自動で照準する関係で、砲身が勝手に動くのを防ぐためだ。


 きっちり2秒に1回。

 青白いプラズマ輝線を残しながら、音速の十倍近い弾体が発射されていく。


「6匹、終わり……あがっ!」


 いきなり姫川が叫ぶ。

 つぎの瞬間、射座で仰向け状態になり気絶する。


「あーあー。また無理しちゃって」


 姫川が活動限界をむかえた。

 今回の平田の悪口には、ほんの少しの優しさがこめられている。

 気絶するまで戦ったのだ。誉めていい。


「さて……」


 あとは残りの4人で処理するしかない。

 まず藤堂が、甲板上に用意してあった、7メートルはある筒状の武器を手に持った。

 当然、ユニットなしでは持ちあげることすら不可能な代物だ。


 その間も、海自各艦は独自に攻撃している。

 海自艦の目標は、敵艦隊の前方に進みでた巨大な海棲魔獣と海竜の群れだ。

 対空任務は、第1魔導小隊に任せられている。


「こっちも同時に射つよ。平田、それでいいでしょ?」

「うるさいな、それでいい」


 見れば安芸と平田も、藤堂ほどではないが、長さ5メートルほどの筒状武器を抱えている。


「一気に殲滅する。合図を待て」


 藤堂の指示で、全員が待機状態になる。

 上空の敵は、ワイバーン騎兵のみ。

 すべてのドラクーンを撃ち落とされ、あきらかに動揺している。


 殺らなければ殺られる……。

 戦場での鉄則が、いまワイバーン騎兵の脳裏を駆け巡っているはずだ。


 ぐずぐずしていると個別に撃破される。

 ならば結集して、一気に突入するしかない。


 ワイバーンの爪やくちばし、騎兵の槍がとどく距離なら、人間など虫けらなみに弱い……。


 そう思ったのか、集団のまま急降下してきた。


「(撃:て)っ!」


 1本の太い噴射煙と、2本のやや細い噴射煙。

 ほぼ同時の発射だ。


「防護します!」


 背後から、乙音ひかりの可愛らしい声が聞こえる。

 空母全体が、淡い虹色の光に包まれていく。

 シャボン玉が膨らんでいく光景にそっくりだ。


 乙音の【特級広域魔導防壁ワイドバリア】は、やろうと思えば護衛艦隊すべてを包むことも可能だ。


 しかし防壁を展開すると、こちらの攻撃も阻止してしまう。

 そこで自衛艦の各艦には、それぞれ個艦用防壁を展開する、上級魔導師資格を持った魔法自衛官が配備されている。


 攻撃する時だけ、個艦の防壁を消す。

 艦長から防壁展開命令が出れば、すかさず展開する。

 この繰り返しで、鉄壁の防衛網を構築するのだ。


 ――ドドン!


 盛大な炸裂音と同時に、密集したワイバーン隊のいる空間に爆煙が広がる。

 03式携帯超重魔導散布弾発射装置。これが藤堂の武器だ。

 名前が長すぎるので、ふだんは【超重ロケット弾】と呼んでいる。


 平田と安芸のものは、これの小型バージョンで『超』の1文字が抜けている。

 いずれも、魔導小隊専用の外装ユニットを着込んでいなければ使用できない。自衛隊員が汎用外装ユニットを羽織ったとしても、持ちあげることさえ不可能だろう。


 簡単にいえば、多連装ロケット砲システム(MLRS)のロケット弾と似たものを、第1魔導小隊員が個人で扱えるようにした兵器だ。


 もし海上自衛隊で装備化するなら、艦対艦ミサイル発射装置のように据え置き型にするしかない。


 藤堂のものは長さ7メートル、他の2人のものは5メートル。

 本物のMLRSのロケット弾が7メートルなのだから、3人のものが携帯用ということで縮小版になっているわけではない。


 しかもMLRS弾の中身は、大半が射程30キロを飛ぶための個体燃料だが、こちらは違う。


 射程はわずか10キロ弱。

 実際に使う場合は、5キロ以内がほとんどだ。

 そのぶんロケット燃料が少なく、弾頭部分が多くなる。


 凶悪すぎる弾頭に込められた破壊力……。

 それがいま、目前の空で炸裂している。


 20匹以上いたワイバーン騎兵隊が、3発のロケット弾で瞬時に肉片と化した。

 高性能爆薬に、大量の魔結晶粉を惜し気もなく混入してある。その威力は1発で5トン爆弾に匹敵する。


 さらには、周囲200メートルの空間に、ミスリム・バナジウム合金製の刃をつけた【まきびし】が、1発につき600個(平田たちのものは400個)も、音速を越えた速さで散布されるのだ。


 かつて旧帝国海軍には、大型艦の主砲で射つ3式弾という名の対空砲弾があった。

 それが現代に蘇ったような光景である。


「射ち漏らしは?」


 使い捨てタイプの発射筒を横に降ろしながら、藤堂が用心深く空を見ている。


「こちら、【ながと】CIC。対空防御担当の尾崎です。空中の敵はすべて消滅しました。皆様、お疲れ様でした」


 飛行甲板の隅々まで聞こえるような拡大音声が響く。

 艦橋だけでなく、CIC(中央管制室)まで全面協力とは恐れ入る。


「やれやれ……」


 稼動限界時間が到来し、平田そして安芸が、最後に藤堂が座り込む。

 艦橋横に待機していた久米麗香が、第1支援魔導分隊員を指揮しながら駆けよってくる。

「姫川さんに魔素点滴の用意を。他の皆さんは車椅子へ。早く!」


 久米の指示で、支援分隊員と海自の自衛官たちが、手際良く全員の外装ユニットを外していく。


 電磁砲の射撃席でふんぞり返って気絶している姫川は、どうやら少し無理したようだ。それを瞬時に見抜いた久米は、さすが支援分隊の親玉である。



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