第9話 きょうは晴朗なれど浪高し。
AT-2強襲輸送機には防音処理がない。
だから機内は、すごくうるさい。
会話するにも、インカムを通さないと聞き取れない。
「皆さん、そろそろユニットに搭乗してください」
今回は2番機のため、指示しているのは2番機搬送班長の長谷川1曹だ。
「鈴木小隊長くらいは、こっちに乗っても良かったんじゃねーか?」
平田は、この場に鈴木がいないのが不満らしい。
「文句言わんと。ここにおっても足手まといなんやけん、安全な海自艦におったほうが気が楽やろが」
間もなく出撃時刻になるせいか、姫川は機嫌がいい。
この高揚は使命感とかではなく、根っから暴れることが好きだからだ。
今回の作戦で強襲降下するのは、第1魔導小隊の5名のみ。
鈴木小隊長と支援分隊・姫川親子は、別便での出撃となっている。
彼らは百里基地から、独立陸上支援隊のオスプレイで、海自艦隊の旗艦となっている最新鋭空母『ながと』へ移動しているはずだ。
空母【ながと】は、04年末に実戦配備についた最新鋭艦だ。最初から空母として運用する目的で建艦された初めての艦でもある。
時空重合後は、以前のようななんでも護衛艦的な命名は取りやめとなり、艦種は国際標準となっている巡洋艦、駆逐艦、フリゲート、輸送艦、揚陸艦、ヘリ空母、空母、その他の支援艦艇などに変わっている。
全長305メートル、最大幅45メートル。排水量4万2000トン……。
いま現在、全世界で稼働中の空母では最大最強だ。
なぜなら米軍の原子力空母が、のきなみ稼動不能になっているから。
ながと型空母は、あと1隻建艦されている。
2番艦は来年完成予定で、本来なら【むつ】が妥当だが、その名は過去に原子力船として不幸な経緯をたどったため除外され、結局【ちくし】に落ち着いた。
艦載機はF-35B。
ただしF-35は、部品こそ国内で生産出来るようになったが、ステルス機能など不用な部分が多いため追加で生産する予定はない。
将来的にはF-35Bが不足するため、国産のF-4双発艦上戦爆機が開発中だ。
この機は垂直離着陸機能こそないが、短距離滑走で離艦できる能力をもっている。そのぶんF-35Bより爆装能力が高く、最終的にはF-2すら凌ぐことになるらしい。
ながとクラスの空母で運用するのなら、これで充分と判断された。現在は突貫で試作中だが、実戦配備されるのは速くて1年後になるらしい。
ともかく既存のF-15やF-2では、異世界の軍に対しては無駄な部分が多すぎる。F-35に至っては、まったく役立たずになったステルス機能があるぶん、話の外となっている。
極論を言えば、対異世界戦では、速度的にはプロペラ機でも十分に対応可能だ。
しかし攻撃能力は、魔力付与や魔法装備がないと太刀打ちできない。
そこで防衛省としては、まず既存機の対異世界改装を最優先で実施し、つぎにFー3を、最初から異世界戦に特化したジェット機として実戦配備することにした。F-3は陸上配備機のため、空母用は当面、F-35B改良機となる。
その上で、F-3を双発にバージョンアップしたFー4を緊急量産して空母艦上機を作り、とりあえず主力機のラインナップを完成させる予定だ。
そしてアジア連合へも早期かつ安価に戦闘爆撃機を提供できるよう、まず単発ターボプロップ戦爆機(プロペラ駆動のジェットエンジン機)を量産し、つぎに対異世界用に特化したF-3ベースの単発廉価版ジェット戦爆機を開発することになっている。
同時に、空母艦上機仕様のターボプロップ機も開発する。
なにしろFー35は数が少ないため、輸出できる状況にはない。さらにいえば、F-4も当面は自衛隊用に量産されるため、これまた輸出するまでには時間が必要……。
そこで海自のヘリ空母(ひゅうが型)用に、ターボプロップ仕様の艦上戦爆機を作ろうという話になった。
これには民間の自動車会社やオートバイ製作会社が参加して、一大官民プロジェクトになっている。
ここまで大規模にやるとなると、とてもひゅうが型だけの需要ではペイしない。
そこでアジア連合各国に対し、速度を除けば、ほぼジェット機と同じ戦闘能力を持つマルチロール機として、積極的に輸出することが決定したのである。
ターボプロップ機は、なんといっても離艦距離が短くてすむという特質がある。
VTOLジェット機(垂直離着機)以外のジェット機に不可欠なカタパルトもいらない。爆装や銃装もジェット機なみ……これは国防予算に苦しんでいるアジア連合各国にとって、まさに天の恵みにひとしかった。
機体サイズが小さいため、ひゅうが型でも30機の運用が可能とされている。
そのためアジア各国が、新規に空母をもつ時の指標となっている。
現在は、日本の技術指導を受けたインドとベトナムが、新型の軽空母を建艦中だ。
さらにいえば、インドはすでに小型空母をもっていて、レシプロエンジン式の国産艦上機を乗せる算段をしている。この国産機についても、日本の航空機メーカーが技術支援するかたちで参加している。
※
AT-2の機内を見渡しても、魔導小隊以外の顔ぶれがない。
いつもは一緒に降下する強襲護衛隊(レンジャー分隊)は、今回出番なしのため帯広で留守番している。
きのう、いきなり現れた敵艦隊は、1日が経過した現在、日本本土から1000キロ彼方の海上にいる。
AT-2強襲輸送機だと、百里からおおよそ1時間半。
オスプレイはやや遅いため2時間ほど必要だが、帯広から百里を経由して、先行している海自艦隊に追いつく時間はたっぷりある。
当初、敵艦隊は、まっしぐらに関東地方へむかっていた。
だから急いで出撃したのだが、今朝になって進路を変えたという。
百里基地には、第1魔導科連隊司令部が移動してきている。
そこにいるセルファーレンの考えでは、途中にあるバンス島に向かっているらしい。
関東地方の東南東500キロ付近にあるバンス島には、辺境公国に所属する港がある。島内には飛竜場があると偵察で結果が出ているため、不用意に接近すると飛竜による迎撃をくらうことになる。
当然、島の守備隊もいるはず。
おそらく敵は、遠隔視魔法で海自艦隊の出撃を察知し、とりあえずバンス島に退避して、島の飛竜隊や陸上守備部隊と合同で戦うつもりらしい。
海自としては、中世レベルの軍事力しかない敵陸上部隊は無視してもいいが、バンス島所属の航空竜騎兵部隊とドラクーン部隊は厄介な存在だと判断している。
そこで敵艦隊が、島の航空支援下に入る前にたたく作戦に切りかえた。
第1魔導小隊は、強襲降下時の敵航空戦力の殲滅と、その後は空母ながとの飛行甲板へ着艦して、海自艦と合同で迎撃戦闘を行なう予定になっている。
そのための魔導小隊専用装備が、空母ながとには常備されている。
海自護衛艦隊との総合訓練は、これまで6回おこなわれた。
そのつど不備が指摘され、不備をなくすため専用装備を常備することになったのだ。
「予定地点まで1分。降下用意!」
「いつでも!」
長谷川支援分隊長と姫川の声が交差する。
毎回おなじ言葉のやりとりだが、新鮮味が薄れることはない。
いつも初陣のような緊張感にあふれている。
「射出!」
5基のカタパルトレールで、5機の外装ユニットが勢いよく射出されていく。
「ひゃやっはー!」
降下開始と共に奇声を上げる姫川。
これもまた、毎度の光景だ。
「お嬢……今回は確実に着艦しないといけないから、あまり離れないで」
見た目とは裏腹に心配症の藤堂が、インカムを通じてうろたえた声を伝えてくる。
「大丈夫たいねー。ほらあそこ、敵やろ敵! 前方6キロの海上、昔風の船んごたるとが、ばっさかおるばい!!」
帆船という単語が、とっさに出なかったらしい。
まあ97歳のおばあちゃんに、そう多くを期待してはいけない。
「それ言うんだったら、俺らの敵は、敵船団の上空にいるワイバーンとドラクーンだろ?」
すかさず平田の苦言が入る。
「射っちまーすっ!」
平田を完全無視し、すぐさまレールガンを展開する。
――ビイイィィン!
最初から最大速度での連射だ。
同時に、藤堂の両肩にあるオプション装備のミサイルポッドから、いつもより大型のミサイル4発が発射される。
今日もってきたのは、04式近距離自己誘導弾だ。
射程が4キロと長いため、白兵戦闘というより迎撃戦闘にもちいる装備である。
今日は素早く空中の敵をほふり、空母ながとへ着艦しなければならない。
その空母ながとは、後方6キロにいる。
いつものように着地点を自由に選ぶことができないため、なにがなんでも空母まで滑空しなくてはならないのだ。
失敗すれば、海にドボン……。
外装ユニットに浮き袋的な機能はない。落ちたら沈む。
どうしても助かりたいなら、むりやりに魔法付与で浮いて、海自の救援艇が来るのを待つしかない。だが稼動限界があるため、現実的には無理だ。せいぜいユニットから脱出するのが関の山……。
「ドラクーンが気付いた!」
10メートルほど上で警戒している安芸妙子が、こちらへ高速で突進しつつある重装甲型ドラクーン1匹を見つけた。
「阻止する」
盾を方向舵にして横滑りした藤堂が、すばやく姫川の前に出る。
「あと少しだけん……ちいっと止めて!」
姫川が2本めのカートリッジをさし込みながら、藤堂の背に声をかける。
「あたしっちも加勢する。美原姉さん、いまのうちに詠唱をお願い!」
後方上空を旋回している美原に、安芸が支援要請を出す。
「はいはい」
かろやかで、うきうきするような声。
出撃後の車椅子姿とはまるで違う。もちろん、こっちが美原本来の姿だろう。
「……さん、タイムリミッ……あと30秒……す!」
皆のインカムに、鈴木の声が割り込む。
「ひでえ雑音だな」
鈴木は6キロ後方の、ながと飛行甲板で待機中だ。
超短波無線は、わずかな距離にもかかわらず、大気中の遊離魔素で減弱させられる。
それでも届くのは、遊離魔素と結合しない電磁波もけっこうあるということだ。
聞き取りにくいが、時間的猶予が30秒しかないことは理解できた。
こちらの高度と速度を監視して、そこから滑空で着艦できる距離を割り出しているらしい。
――ドゴッ!
藤堂のバトルアックスが、ドラクーンの頭頂部を強打する。
重々しい轟音とともに、突っ込んできたドラクーンの頭部がガクッと下をむく。
渾身の物理打撃と風魔法、さらには加速と慣性力増加の魔法付与まで使っている。
それでもドラクーンの頭部を守る、ぶあつい被甲を割ることができない。
「そりゃッ!」
安芸の気合。
藤堂が切りつけた頭部を、強烈な回転踵落としが襲う。
――バガッ!
見事に割れた。
瞬時にドラクーンの体から力が抜け、ボロ屑のように墜落していく。
「掃討完了!」
姫川の報告に、全員の視線が動く。
皆がドラクーンを阻止しているあいだに、姫川は20匹以上いたワイバーン騎兵を撃ち落としていた。
「撤収!」
まだ先には、多数のワイバーンとドラクーンが飛んでいる。
しかし時間切れだ。
今回ばかりは、姫川もワガママを言える状況ではないと悟っている。
「ほらよ」
置き土産とばかりに、平田がユニット標準装備の両腕擲弾筒を使い、自家製の毒ガス弾を発射する。
この毒ガス弾には煙幕効果もある。
飛距離は1キロ弱だが、2発同時に発射すると左右100メートル、上下50メートルの範囲で効果を発揮してくれる。
同時に美原の詠唱が終わり、前方に巨大な雷の嵐が巻きおこった。
生き残っていたドラクーンとワイバーンが、ボロクズのように落ちていく。
「姫、時間は?」
いつもの藤堂の問いかけだ。
「あと5分残ってる」
「そうか。なら着艦後も少しは戦えるな」
「うん」
そこで会話は終わり。
全員が5本の矢となり、まっしぐらに降下していく。
「皆さん、用意はできてます」
先ほどより鮮明な鈴木の声が聞こえてきた。
気付けば、巨大な空母の飛行甲板が間近に迫っている。
「ただいまー」
かろやかな姫川の声とともに、5人は飛行甲板の先端近くへ軟着陸した。
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