第8話 今度は海上自衛隊のお手伝い。


 第3次大規模侵攻から2週間がすぎた。

 その間、異世界側の侵攻はない。小規模の偵察すら実施していない。

 これはある意味、当然だ。


 辺境公国の文明度は地球の中世なみと判明している。

 当然というか、軍用物資の輸送も中世なみ。現代日本とは比較にならないほど時間がかかる。


 補給には、魔法付与をほどこした馬車や荷車が主流らしい。飛竜による空輸は量を運べない。海運も可能だが、時空重合で港町が消滅したり海路が寸断されているため、いまに限れば難しい……。


 あれやこれやで、つぎの小規模な偵察行動ですら1ヵ月ほど準備が必要になる。

 自衛隊は5年を費やし、これらの確実な情報を入手したのだ。


「えーと、セルファーレンさん。そうすると……基本的に異世界の言葉は、このを装着すれば、自動的に翻訳されるってことですか?」


 いきなり渡された腕輪を見て、鈴木優太は疑わしそうに聞きなおした。


 第1魔導小隊の宿舎に、白滝翔中隊長がやってきた。

 魔導科連隊長の三ノ宮達己1佐もいる。


 そして三宮連隊長に同行するかたちで、ハーフエルフ種の女性特任顧問――レオナ・セルファーレンが、つぎの任務に必要な装備と前置きした上で、異世界製の腕リングを手渡したのである。


「はい。これまで翻訳は、魔法術式回路の入った魔導翻訳装置で行なっていました。ですがあの装備は、言語データベースがハーフエルフとウルフェンの言語のみでしたので、他の異世界言語を翻訳するためには、新たな言語データを追加する必要がありました」


 セルファーレンは、、九州の北に出現した巨大島――ホウライ島のハーフエルフ居住地にあるいくつかの里のひとつ、【美しき緑の森の里】からやってきた女性だ。


 おとぎ話に出てくる妖精にしか見えない。

 とがった耳に銀色のまっすぐな長髪、切れ長の美しい目には淡い空色の瞳がゆれている。


 正式名は、レオナ・ルデモル・アラリ・コルドモール・バルリンゲン・エスファルト・セルファーレン。エルフの慣習にもとづき、先祖代々の氏名うじなを受けついた結果らしい。


 見た目は15歳くらいの美少女。

 だが、実年齢は56歳。


 スタイルは細身で、体重は30キロくらいしかなさそう。

 胸のふくらみも小さい。スレンダー好きなら夢中になりそうだ。


 ハーフエルフは、純血のエルフ種より歳をとるのが速く、寿命も300歳前後と半分以下らしい。それでも地球人からみれば、べらぼうな長寿だ。


 美しい乙女にしか見えないが、自分の母親以上の年齢……。

 鈴木優太が毎回のように戸惑ってしまう原因がこれだった。


「言語データの追加……ですか?」


 もと異世界の住人にしては、ずいぶん地球っぽいセリフだ。


 彼女たちは、法的には日本人。すでに帰化して庇護される身だから、一所懸命に日本人になろうと努力しているのだろう。


「データを追加するためには、いったん回収して魔法付与によるデータ更新が必要になります。今後も新たな言語にであうたびに、この更新を行わなければなりません。それでは不便だろうということで、【遠き山裾の里】に住むハーフエルフの妖精魔術師に相談しました」


 【遠き山裾の里】というのは、ホウライ島にあるハーフエルフ集落のひとつだ。彼らは基本的に部族集落で生活しているため、いわゆる【国家】としての概念はない。


「妖精魔術師の説明ですと、自然界の妖精の力を借りれば、どこに行っても現地の妖精がデータを教えてくれるぶん、妖精魔法で作った翻訳リングに切りかえたほうが良いとのことで……」


「ええと……その、【妖精】に関してはですね。たしか日本国としては、まだ存在証明ができていないため、今後の研究課題になってるって教わったんですけど……」


 根拠があやふやな魔道具を、命のやり取りをしている部下に装着させるわけにはいかない。そう思っての発言だ。


「妖精に関しては、文部科学省から防衛省に対し、新たな見解が届いている」


 よこから三ノ宮連隊長が割って入った。


「今のところは仮説にすぎないが、かなり実状にそったものらしい。実証実験もかなり実施している。だから、おそらく定説になるだろうとのことで、今月1日付けで、妖精関連のものは先行して仮解禁になった」


 説明になっていない。

 おそらく連隊長も、よく理解しないまま、上からの伝達を鵜呑みにしているようだ。


「でも連隊長……魔導小隊員には、どう説明すりゃいいんですか?」


 解禁されたからコレを装着しろなんて、あの姫川には言えない。


 ただでさえ鈴木は、小隊内での地位が低い。

 無理強いなんかしたら、袋叩きにされるのがオチだ。


「俺もひと通りしか知らんのだが……ようは、彼女たち異世界の住人が妖精と呼ぶ存在は、じつは大気中の遊離魔素が、地上にあるに吸収される時、周辺で発生する物理現象らしい」


「なんですか、それ?」


「たとえば音とか匂いとか視覚情報とか、ともかく体感できる諸現象のデータを、魔素を吸収した物体が一種の波動として記録しているそうだ。これを学者さんたちは【物性記憶】と名付けたそうな」


「そりゃ、名前つけるだけなら誰にでも出来ますよね?」



「まあ、そう言うな。ええと……物性記憶は、無機質の石や水などにも記録されている。相手が広義の生命体である樹木だと、かなり鮮明な過去の情報が記録されているらしい。当然、中枢神経系をもつ高等動物ともなると、脳内の記憶と物性記憶は密接につながっている。それを特殊な魔法で解析すれば、肉体内の物性記憶と脳内の個体記憶を合成した上で、自由自在に活用できるそうだ」


 もう三ノ宮連隊長、覚えてきたことを棒読みしている。

 当人がうろ覚えしかしてないものだから、こっちの頭にもまるで入ってこない。


「つまり、俺たちが自然と呼んでいる森羅万象が、じつは過去を記録した巨大なデータベースだったってことだ。でもってセルファーレンたちハーフエルフをふくむエルフ種は、どうやらがあるらしい。それが妖精さんの正体ってわけだ」


 最後だけ連隊長の言葉になったので、そこだけ良く理解できた。


「妖精は実在するんじゃなくて、あくまで擬似的バーチャルな存在なんですか?」


「ああ、想像したものを仮想現実VR化する能力らしい。だから彼女たちは、妖精を現実的な存在として認識できる。仮説ではそうなっている。もっとも地球人の仮設だから、ハーフエルフやウルフェンは納得していないようだが……」


 そりゃそうだ。何千年も受け継いできた大事な民族遺産なのに、勝手に妄想の産物だって言ったら、下手すると暴動が起きるぞ。


 連隊長の説明を聞いた上で、セルファーレンが申しわけなさそうに口を開く。


「私たちハーフエルフは日本国に庇護されている身です。逆らうような事を言ってはならない……そう里長(さとおさ)に言われてます。ですから実際に見える妖精たちが、じつは頭の中で作りあげた幻と言われても……正直困ってます。幸いにも防衛省の偉い方から、当面は科学的な解釈に限定するので、皆さんは自分たちの信じるものに従って良いと言われたので、すこし安心してます」


 懸命に言葉を選びながら弁明するセルファーレン。

 それを見ていると、いかに彼女たちがこれまで、異世界で全方面から虐げられてきたかわかる。


 卑屈なほど脅えている。

 不用意に吐いた言葉ひとつで、簡単に命をうしなう立場だったのだ。


 異世界の最底辺……。

 それが彼女たちハーフ種であることを、自衛隊も重々承知している。


 セルファーレンの態度を見た連隊長が、あわてて付け加える。


「心配するな。日本国憲法は停止中だが、基本的人権は各法律で堅持されている。君たちハーフエルフは日本国の保護下に入り帰化もした。だからもう完全な日本国民だ。安心したまえ」


 現在の【異世界保護民】は、厳密にいえば日本国民ではない。

 セルファーレンたちは帰化申請を終えているから日本人だが、そうでないハーフ種も大勢いる。


 彼ら帰化していない者たちは、将来的に民族自立の大原則により独立する可能性がある。これがあるため、無理に帰化を強要すると問題がおこると判断されたのだ。


 そこで合衆国の市民権に似た【保護民権】という制度がつくられ、ただちに関連法が施行されたのである。


「それで、いつ出発するんですか?」


 三ノ宮とセルファーレンがやってきたのは、腕輪を渡すためだけではない。

 第1強襲魔導小隊に、新たな任務が与えられる。

 その説明のため、やってきたのだ。


 あらたな任務は、『一時的な海上自衛隊への支援』となっている。

 部隊派遣ではない。たんなる出張だ。


 なんでも、房総半島から東南東へ300キロほど行った海域に出現した九州サイズの島――異世界でバンス島と呼ばれている場所へ、異世界の艦隊が集結しつつあるとの航空偵察情報が入ったらしい。


 敵の艦隊はいずれも帆船の軍用船だが、数が1000隻以上と半端ない。

 防衛省の見解としては、北海道での侵攻が思うように行かないため、海軍による別方面への侵攻を画策しているのだろうとなっている。


 日本本土から300キロといえば、日本の法律では排他的経済水域になる。


 すなわちバンス島も日本の経済水域内にある島という解釈のもと、海上自衛隊による警戒行動を実施することになったそうだ(ただし実効支配してるのは異世界側なので、自衛隊がバンス島へ上陸したり直接攻撃を仕掛けることは禁じられている)。


 あれやこれやで、帯広飛行場からAT-2強襲輸送機に乗り、千葉の百里基地へ出張することになったのである。


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