第19話 ブランヌ航空戦!


『こちらキタキツネ1、宗田戦闘隊長。制空はまかせろ!』

「了解。こちらハウンドドッグ1、爆撃隊長の猪野いの


 帯広を出撃したF-15/Fー2による、おなじみ戦爆連合部隊。

 キタキツネがF-15の2編隊6機。

 ハウンドドッグがF-2の2編隊6機だ。


 現在位置は辺境公国の街道沿いにあるブランヌ近郊。


 ブランヌ近郊に帝国軍部隊が集結しているとの事前情報があった。

 彼らはいま、それらを殲滅すべく、爆弾と機関砲弾を満載して飛行している最中なのだ。


『上空クリア……ブランヌ上空に敵の飛竜隊はいない』


 上空にいるF-15隊の宗田から、怪訝そうな声音が届く。


「そんなはずはない……下にいるのは敵の主力部隊だぞ?」


 F-2隊は、精密爆撃するため低空へ侵入している。

 事前の情報では、敵の飛竜隊に襲われる可能性が極めて大きいとあった。

 そのため猪野も戸惑ったのだ。


『目視の範囲では確認できない。レーダーはいつも通り役立たずだ』


 レーダーさえ使えれば、遠方から長距離滑空爆弾を投下できる。

 しかし現状では無理なため、至近距離で爆撃するしかない。


「わかった。爆撃態勢に入る」


 事前にRF-15偵察機が撮影した航空写真をもとに、爆撃地点へ接近していく。


 あまり地上に近づくと、敵軍の遠隔魔法による攻撃を受ける。

 そのため爆撃高度は500メートルと高めだ。


「……地表に敵影なし。なにもない」


 上空どころか、爆撃予定地点にも敵軍がいない。

 これは猪野が目視した結果のため、さすがに爆撃していいか迷った。


『爆撃を中止するか?』


 もしかすると大規模魔法がなにかで、事前情報そのものが霍乱された可能性がある。そう思ったらしいF-15隊の宗田隊長から、決断を迫る声が届いた。


「いや……魔法による光学迷彩の可能性のほうが高い。爆撃は予定通り実施する!」


 爆撃しないで戻るくらいなら、爆撃して結果を確認したほうがいい。

 そう判断した猪野は、まず自分の機から率先して爆撃を開始した。


 ――ゴバッ!


 たちまち地上に地獄の業火――《クラスター焼夷爆裂弾子》の炸裂炎が広がっていく。


 散布爆弾は、個々の威力は小さいが、広範囲を一瞬で制圧できる。


 もし敵が光学迷彩などの魔法を使って身を隠していれば、それなりの被害を与えられるし、一部はたまらず正体を明かすはずだ。


『ハウンドドッグ1へ。こちらハウンドドッグ2、加賀屋かがや。気化爆弾を投下する予定だが……敵の集結地点はどこだ?』


 作戦予定では、猪野の第1編隊が広汎爆撃をしたあと、加賀屋中尉ひきいる第2編隊が、高度を落として気化爆弾を投下することになっている。


 猪野の誘いだし策をもってしても、まだ敵は身を明かさない。

 もしかすると、本当にいない?

 猪野も不安になってきた。


「……なんだ、質問の意図が見えんが?」


 投下地点は、事前におこなわれたブリーフィングで指定されている。

 ただし最終確認で敵影を発見できなければ、爆撃の可否判断は攻撃隊の指揮官に任されている。おそらく加賀屋は、その判断をするため情報を求めたのだろう。


 だからこそ猪野は、クラスター爆弾まで使って確認したのだ。

 だが結果はネガティブ……。


『こちら加賀屋。猪野攻撃隊長が爆撃した地点には、散開して逃げ惑うリザードマン騎兵しかいない。偵察データにあった、精鋭の陸上騎竜隊や大型魔獣の群れが見当たらないんだが……』


 気化爆弾を投下しようと、敵地上部隊が集結している場所を探すF-2隊。

 しかし、どこにもそのような気配がないらしい。


 理屈にあわない状況を見て、猪野は悩んだ。


「そんなバカな! 事前偵察から1時間しか経過してないんだぞ?」


 なにかがおかしい……。

 猪野の兵士としての直感が、甲高く警鐘を鳴らしている。


 その時――。


『ち、! 上空から急降下してくる!!』


 F-15隊は敵の飛竜を警戒して、高度1000メートル以上を飛行している。

 そこから見て『はるか上空』となると、2000メートル以上になるはずだ。


 ジェット戦闘機からすれば、2000メートルなど極めて低い高度でしかない。だから、それ以上の高さに敵がいても普通なら驚かない。アフターバーナーを吹かして急加速と急旋回、ただちに対応するだけだ。


 だが……。

 現実は、猪野の予想をはるかに上回っていた。


 なんとその飛竜は、ワイバーンやドラクーンの飛行限界を越える、高度4000メートルから垂直に急降下してきたのである。



    *



 全長40メートルを越える、超巨大な飛竜――。

 その正体は、ワイバーンでもなければドラクーンでもない。


 正真正銘の真竜種――

 背中にある騎竜座にいるのは、帝国派遣軍司令官のルキウスである。


 なんとルキウスは、配下の飛竜隊すべてを下がらせ、単騎で空自部隊を迎え撃つつもりらしい。


「ブレス」


 ルキウスの口から短い言葉が漏れた。

 それは使役するウイングドラゴンへの命令となる。


 ――ゴオオオオオオ――――ッッ!!!


 1キロ以上も延びていくドラゴンブレス――。

 摂氏4000度の超高温火炎流がF-15隊に襲いかかる。


『うわ……』


 断末魔の通信音声が、むなしく大空に散っていく。


 ――ババババッ!


 ブレス1撃で4機のFー15が爆散した。

 ジェット戦闘機であっても、音速を越えて迫ってくる火炎流は避けられない。

 直撃しなくとも、周囲に発生した衝撃波で破壊される。


 応戦しようと高度を上げる2機のF-15。


 ――バシュッ!


 4発の空対空ミサイルが発射された。

 新型の対魔獣弾頭を装備した高機能ミサイルだ。

 当たれば絶対に効く。


「第8階位魔導障壁、4重展開」


 ルキウスの声と同時に、ドラゴンの正面に4枚の巨大な魔法障壁が展開される。


 ――ドッドドドッ!


 すべてのミサイルが障壁に命中する。

 2発のミサイルが1枚めの障壁を破壊、残る2発が2枚めの障壁を破壊した。

 だが、まだ2枚残っている……。


「リアン!」


 ルキウスの呼び声とともに、ドラゴンの背後に隠れていたドラクーン1騎が上へ回る。


雷閃槍轟らいせんそうごう!」


 ドラクーンの騎竜座に立ち、上級雷撃魔法を射出する。

 鬼人種のリアンは、本来なら魔法より物理攻撃に長けているはず。

 しかし虚弱なリアンは、肉体能力より魔法を選んだ……。


【雷閃槍轟】は単発魔法だが、巨大落雷をまとった金属槍が飛ぶのだから威力は強大だ。当然、物質召喚による物理攻撃力も加味される。


 ――グワラッ!


 1秒ほど間をあけて、2発の巨大落雷が2機のF-15に襲いかかった。


 ――バンッ!


 1機が右翼をもぎ取られ、もう1機は電装系すべてを焼ききられて落ちていく。

 F-15隊、全滅……。


「ブレス」


 無慈悲なほどに冷たいルキウスの声。

 それに応えるように、ふたたびドラゴンブレスが発射態勢にはいる。


 とてもかなわない……。

 そう悟ったのか、低空にいるF-2隊が懸命に離脱を試みている。


 ――ゴオオオオオオ――――ッッ!!!


 しかし、それも空しく……。

 6機のF-2隊すべてを包み込む、広範囲ブレスが舞い落ちる。


 ――ドパパパパッ!


 機体が燃えつくされると同時に気化爆弾が誘爆する。

 地上500メートルに開く、純白の巨大な炎の玉……。

 それは空自部隊を弔う死出の花だった。


「ふう……」


 敵のいなくなった空に、ルキウスの息を吐くが聞こえる。


「お見事でした」


 リアンのワイバーンが、寄り添うようにルキウスの斜め上を飛んでいる。


「これで当面、敵の鋼鉄飛竜隊も出てこないだろう。皇帝陛下を拝み倒して、こいつを借りてきて良かったよ」


「またまたー。あなた様のことですから、どうせ最初から借りる予定で交渉したんでしょ?」


「リアン。おまえは……のことを何だと思ってるんだ?」


「いずれ世界を統べる者……でしょうか?」


「………」


 だれが聞くでもない言葉に、ルキウスは口を閉じる。

 永年つちってきた保身の癖は、そう簡単には治らない。


「それじゃボクは、に、出てくるよう言ってきますねー」


 おちょくるだけおちょくると、リアンはさっさと降下していく。


 地上部隊は隠れている……。

 リアンはそう言った。


 その通り。

 10万のうち9万7000が、地面に穴を掘って身を隠している。


 超大型機甲地竜の掘削能力は物凄い。


 巨大な鉤爪で掘り起こした大型溝の上に、大型甲殻獣が横並びに身を延ばすことで天井を形勢する。甲殻獣が甲殻を張ることで、擬似的な天蓋を形勢することが可能なのだ。


 その天蓋の上に、魔法によるバリアを薄く張って土をかける。

 これで上空からは、周辺の小山と見分けがつかなくなる……。


 だが下には、5万以上の軍勢が潜んでいる。

 入りきれないゴブリン兵やトロル兵……魔物雑兵たちは、各自で個兵用のタコ壷を掘って身を隠している。それが4万ほど。


 やることは原始的だが、これもまた立派な兵法だ。

 第二次大戦でも日本軍が使用したものだから、近代戦の用兵術でもある。


 おそらく帝国軍からすれば、奇抜なほど先進的な用兵術と思われる。

 さすがは時代の先を行くルキウスであった。


「さて……こちらの時間稼ぎは、これくらいで大丈夫と。つぎはブランベル将軍の番ですよ。せいぜい、あがいてみてくださいね」


 1人にも関わらず、ルキウスの口調は、あたかもブランベルが目の前にいるかのようだ。


「伝えてきましたー!」


 あっという間に用事を済ませたリアンが戻ってくる。


「それじゃ進撃を開始しますか」


 ルキウスは命令を下すため、ドラゴンを下降させはじめる。


「本番はこれからです」


 そうつぶやくルキウスは、とても楽しそうだった。


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