終戦

 上空でカレンの箒に乗っている。箒の後ろに乗ったのだが、バランスが崩れるとか変な所触るかもとかで、俺はまたもや箒の下で箒を掴んだ状態になっていた。まぁ正直、初めて箒にしがみついた辺りからその方が楽だなとは思ってました。


 上空から地上を観察していると、大勢の鎧達が立ち尽くし、一人の少し金色がかった鎧と、ちんまりと膝をつくオウグが見えた。

 やはり視線を戦況は見た感じとは真逆だった。遠くから見た感じだとオウグが一人で多勢な鎧を吹き飛ばす○○無双さながらだったのだが、近くで見るとご覧の通り。


 何故幻を見せていたかは分からないが、とりあえず戦うとなれば、この多勢はゼロ・ハピネスで大量に運気を吸い取れるチャンスだ。


「カレン、そろそろ降りようか」


「ok」


 カレンは器用に箒の先を下にして舵を切り、身を隠していたフードを揺らしながら降下していく。

 初心者の俺にはまず無理だろうな、箒で空を飛ぶというのは。やっぱり慣れた人に乗せてもらうのが一番だ。俺が乗ってたら、急降下で突風が来たらコントロールが効かずに落ちちゃうし


 ...あ、


「カレンストップ!」


「え?何?」


「今行くと風がっブフォア!」


 横から急に突風が発生。しかもピンポイントで、俺にだけ風が吹いて来やがった!まぁこんなの良くあることだけど、こんなピンポイントってあり得るのか!?って


 今はそれどころじゃなーーーーい!


「落ちる落ちる落ちる落ちるぅーーーーー!!!」


 空気が体表を滑っていく!スルスルと地上に近づいていく!

 ちらりと上を見たが、カレンは咄嗟のことで追い付くには難しそうだ。

 くそ、やるしかない!不幸で吹き飛ばされたなら、その不幸を吹き飛ばす!


 まずは手始めに、敵陣の運気を頂くぞ!


「発動!ゼロ・ハピネス!」


 スカ。


 ...。

 ...え、嘘、マジ?1日一回?


「制限付きかよ!」


 急落下!急転直下とはこの事か!

 落ちる...もういいか、面倒くさくなってきた。

 つーかあの時、学校に行くときに電車に轢かれて本来死んでた命なんだよな、諦めよう。神、お前の勝ちだよ。はぁ、結局再度会うこともなかったか。


 体を重力に任せる。すると、身体は腰くるりと回り、腰を下にしてVの字に落ちていく。


「ふん!」


 身体が砕けると思っていた。だが、その身体はすっぽりと誰かの腕に抱かれていた。背中と膝裏に腕があるのを感じる。痛みが無いことに驚き、腕の主を見る。オウグだ。


「...大、丈夫かい?」


「オウグ!」


 疲弊しきっている身体なのに、それでもオウグは俺を離さなかった。ゆっくりと地面に降ろした。敵の攻撃に寄るものなのか、はたまたあの力の反動なのか、ゆっくりと崩れ倒れた。


「オウグしっかりしろ!無茶するなよなお前!」


「ヒール!」


 カレンがすかさずヒールをオウグに。身体中に痛みが走ってもおかしくないのに、身体が動かない。そうとう疲弊していたようだ。能力の代償だろうか?


「小賢しい真似を...!」


 野太い声が遠くから聞こえた。クォート(多分)がじっとこちらを見つめながら仁王立ちしている後ろから、黒いフードの者がこちらを睨んでいる。雷魔法を仕掛けてきた。


 だが、それをジニアが瞬時に降りて、難なく杖を光らせ振るい弾き飛ばす。もう片手にはトウカが抱えられていた。


「お前だな?私を陥れた魔法使いは」


 後ろの黒フードを杖で指す。姿をゆっくりと表すと、カレンがあー!と更に重ねて指をさした。


「城でマントを配ってた黒ローブ!あんただったのね!」


「だったらどうした!恨むか?恨んどけよ!だが我に後悔はないぞ!国の為なら何だってやってやる!」


 オウグがゆっくりと立ち上がり、ふらふらしながら呟いた。


「させ...ない...」


「お前は一人で頑張りすぎだ!」


 そうだ、そうやって一人で頑張れるのは天才くらいだ、人間誰でも頑張って頑張って頑張れば願いが叶うわけではない。そんなの一握りに過ぎない。だけど、


「周りを見ろ、王様を慕う奴等がこんなにいるんだ!一人でしょいこむんじゃねーよ!」


 静けさが数秒続き、カレンが静寂を切り裂いた。


「...いや、あんたさっき満身創痍の王様に担がれてたでしょ」


「...それは言わないで...」


 うわぁぁぁぁーーー!!恥ずかしー!そうだった!

 あーもう嫌だ!視線痛い!死にたい!でも空飛んでるときからこのセリフ考えてたの!言わせろよ!言わせてくれてたねありがとう!


「...こいつらぁ!」


 黒ローブの男がまた杖を空に掲げた。だがそれをクォートが止める。


「セミ・クォートもういい!我らの負けだ」


 金色鎧の鉄仮面は、後ろのセミ・クォートと呼ばれた黒ローブを制止させた。セミ・クォート?兄弟か何かか?顔も似てるし。


「兄者!何故止めるのです!」


 あ、ご兄弟か。


「我らが最も警戒していたジニアが戻った以上、我らに奴を止める術はない。計画は破綻した、敗けたんだよ我らは」


「へっ!ジニアなんて一人で十分だ!」


 そういうと、セミ・クォートは杖を天にかざした。みるみるうちに、杖の上に太陽さながらな真ん丸の炎が形成されていく!


「見ろ!これはディネクスで盗み見た書物から生まれた魔法だ!母国由来の魔法で滅ぶなら本望だろう!

 我が魔力よ、限界を越えて全てを燃やし尽くす紅蓮の炎と化せ!」


 その炎を見ても、ジニアは動じなかった。トウカをカレンに預け、杖を構えて集中する。


 ディネクスの書物から生まれた魔法と言ったか?それにこの真ん丸な炎の塊、どこかで見たことがある。もし予想が正しければ、色んな意味でヤバいんじゃ...


「食らえ!メラz...」


「マヒャドデス!」


 セミ・クォートが魔力を集中させて、やっと放ったメラ○○マに、ジニアの繰り出した氷魔法「マヒャドデス」がぶつかり合い相殺、ならまだ良かったのだが、ジニアの方が力が勝っており、セミ・クォートの炎を杖を持つ手ごと凍らせてしまった。


 それと...名前少し違うんだよなぁ、まぁそこはいいか。


「手が!手が冷たい!痛いぃ!」


 セミ・クォートは凍った手を見て、悲痛の叫びを上げていた。「メラメラメラメラメラメラ!」と、杖を凝視して言い続ける。徐々に氷が溶け始めていた。


「今のでだいたい分かった。大方『ドライブクエスチョン』を読んでいて、そこからその炎の魔法や幻惑魔法の着想を得たんだろう。あれは魔法に必要なイメージ力を養ってくれるからな。

 ま、私はスピンオフ含めて20回は読んでいるがな。お前とは質が違う」


 ジニアの顔が更に怖くなっているのが見えた。陥れた恨みもそうだが、何だろうか、にわか知識をさらしている人にもの申したい感じが窺える。


 それと、イメージの力が魔法に左右されやすい、か。そういえばそうだな、炎を連想する時にガスコンロを考えると容易に発動できたし、そもそも一日だけカレンとしていた練習でも、各属性を発動するのに苦はなかった。


「セミ、諦めよう。これ以上の犠牲を出してまで戦い助かったところで本末転倒だ。きっと誇りを持つ国民達も分かってくれる」


 クォートは剣を鞘に納めると、やっと腕の氷を溶かした弟の肩を掴みなだめる。とても悔しそうに。それを見た弟は、見損なったように驚嘆し、泣き崩れた。


 そんな中、俺はクォートの言葉から気になることがあった。


「ちょっと聞きたいんだけど、助かるとか犠牲とかって、何の話なんだ?確かにディネクスの兵士を間接的に殺したのは許されるべきじゃないけど、おたくにも何か事情があるのか?」


「あぁ、ある。あれは数ヵ月前の話だ」


 クォートのしかめっ面は、圧し殺された悲しみが僅かに漏れていた。


 ──────────────────────────────


 あれは今から数ヵ月前のこと、我らの国に突如─────





 ──────────────────────────────


「ちょっと待った!」


 空気を読まずに、カレンが掌を向けてクォートの話を止めた。そしていくつか質問する。


「その前に聞かせて、もう戦わないって方向で良いのね?」


「え...そ、うだな、もうどっちにしても同じことだし、戦うだけ無駄だからな」


「OKOK、で、その話って...長い?」


「...えーと、そこまでは長くないかもしれんが、数分は立ち話になるやもしれん」


「わかった、なら別の場所で話しましょう!うん!ここで立ち話もあれだし!」


 手を広げて、この場所をアピールした。広い大地に大勢の人達が会するなか、確かに積もる話はしんどい。

 今度カレンは、ストリンの大勢の人に向けて言った。


「あんたらもしんどいだろうけど、争わないならもう帰る!それかお腹空いたならうちの城に来なさい、腕利きの料理人がいるから作ってもらうから」


 振り返り、今度はディネクスの騎士達にも話した。


「あんたらも帰る!後ろで怪我人一人いたでしょ?まずはその手当て優先!それに今からこの人達はお客さんになるんだからおもてなしすること!」


「はぁ!?ふざけんな!誰がこんなやつらをディネクスに入れるかよ!」


「これは弔い合戦なんだ!死んでった仲間のためにも──」


「うるさいわボケ!仲間の事思うなら尚更間違い繰り返す訳にはいかにいでしょ!」


 静寂が数秒流れた後、ディネクス側の人間がまだ小さく文句を垂れた。


「...でも」


「あぁん?」


 ヒィ!と睨むカレンに怯えた後、また静寂が訪れた。

 返す言葉もなかった。一人の魔女が、いやお母さんがこの場をいさめた。誰も声を上げようとはしなかった。何か言おうものならまた怒られるかもしれない。そういう、DNAレベルで刻まれたお母さんへの畏怖が、この戦を止めてしまった。


「はい!戦争終わり!」


 パン!という手の鳴る音だけが静かに聞こえた。

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