ノブレス・オブリージュ
ノブレス・オブリージュ
強い権力を持つ者は、その権力に応じた社会的責務を担わねばならないという、欧米社会における道徳的観念のことである。
古くは1808年。フランスの政治家ガストン・ピエール・マルクがNoblesse(貴族)とObliger(義務を負わせる)を合わせて作った合成語であり、ローマ人が巨大帝国を維持できたのは、一重にこのノブレス・オブリージュがあったからだとも言われている。
オウグはその性格がより大きく現れていた。
本来、人間は自分の権力や地位が大きくなるに連れて、他者の気持ちを理解する力が低下する。相手の気持ちに寄り添いづらくなるのだ。だから世の権力者はいつまでも国民に耳を傾ける者の方が少ない。
しかし、オウグは違った。権力が強くなろうとも、王位継承者は自分だと噂されても、彼は偉そうにしなかった。彼はいつまでも国民の気持ちに寄り添い、国民を愛していた。
その志が今、五代目オウグに継承され、力が行使されようとしている。
ノブレス・オブリージュが発動されている間、オウグの攻撃力、防御力、魔力等、全ての力を大幅に上昇する。全てにおいてこのオウグを止められる者はいない。
だからこそ、この力には大きな「欠陥」がある。
この能力は、権力を持つことにより発生する「社会的義務」を果たすことが条件である。そしてその社会的義務とは「国民を守る」こと。
それが果たせなくなったとき、国民に危害が加えられ、それを止められなかった時、ノブレス・オブリージュは解除される。
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ノブレス・オブリージュを発動した直後、クォートは鎧の海に呑まれるように後方へと隠れた。
今頃、ディネクスの領域では黄色いオーラが展開されていることだろう。国民にもそのオーラが現れているころか。余の国の民や領域として認められたモノに展開されるフィールドだ。継承の時に初代が言っていた様に。
全身に力が漲る。漲りすぎて身体中から魔力が無際限に溢れていた。今剣を軽く振ったら、どれだけの力が放出されるだろうか?想像ができない。
彼らを凪ぎ払うことはとても容易い。だが彼らも一人一人が人生を歩んできている。故郷のストリンには家族が、恋人が、友達が彼らの帰りを待っていることだろう。そんな彼らを殺すことが出来るだろうか?確かにストリンのスパイは、我が軍の騎士達を死へと追いやった、だがここでやり返しても、憎しみが繰り返されるだけじゃないのか?
「うおおぉぉぉぉぉ!」
吹き飛ばしても凪ぎ払っても、全体の戦意は喪失したようには見られない。倒れる戦士たちを厳格な表情のクォートが見ているのがちらりと見えた。だが鎧の金属音一つ鳴らすことなく動かない。
「やれぇ!」
「こんのぉー!」
周囲から魔法弾が、矢が放たれ、しかも、剣で切りかかってきて、とてもじゃないが息つく暇もない。魔法弾は剣を振れば全て消し飛ぶし、矢もまた然り。剣は切ったり突いたりしてくるものなのだが、それらを避けて致命的にギリギリなり得ないダメージを負わせて無力化する。ノブレス・オブリージュ発動中では、どんな攻撃もどんな防御も敵ではない。
離れて走って領土に近づこうとしている者もいるが、超スピードで追い付きそれも無力化する。何人たりとも、この国に指一本入れさせはしない。
「はぁっ!」
クォートへの道を阻むストリンの戦士たちを、漲る力を極力押さえながら吹き飛ばす。鎧達が地上から5メートルほど高く宙を舞った。空いた道を歩き、クォートまで辿り着いた。
そして、力一杯、奴の目を睨み付ける。
「貴様は、心が痛まないのか?」
「何がだ?」
「貴様の隠れ蓑は全て凪ぎ払った。出来るだけ死なないように取り計らったが、中には死ぬ手前の者もいるだろう。それを見て何も思わなかったのか?」
やっと、銅像のような鎧がぐぐぐと、ゆっくり動き出した。
「そういうことか、思っているよ。彼らはストリン王国の誇りだ。余は誇りに思う。彼らはよくやってくれた、戦うしかないと分かっているから、その道を背を向けることなく突き進んだ。これが誇らずしてどうする?」
「戦うしかない?だと?」
おかしい。ストリンは極力戦う事を避ける国のはずだ。なのに戦うしかないだと?そんなの悲しすぎるじゃないか、命を奪い合うしかないなんて。
「何が貴様をそうさせた、クォート王、そこまでしなければならない理由があるというのか?」
「...」
口は開かなかった。だが、静かに剣を引き抜き、切っ先を向けた。
「仕方がないのだ、」
やるしかないのか、このまま争うしか...!
クォートを戦闘不能にしようと、剣を上げる。このまま振り下ろして、こいつを止める!
「はぁーっ!」
剣同士がキィン!と震えた。クォートの剣はその衝撃で手から離れた。だが、
「ううぉぉー!!」
離れた剣を気合いで掴み、その勢いのまま体勢を整える。なんて体幹だ。
といっても力はこちらの方が確実に上、負けはしない!
「「「パワードエンハンス!」」」
周囲からそう聞こえた。それも一人だけではない、10、20はいる。その魔法使い達の杖から漂う白い光が、クォートに集約された。
「貴様には数ではなく質で戦わないといけないようだな」
くっ、今までは観察していたということか。
...いや、観察された所で、この力の秘密を知らなければ敵うものはいない。どれだけの魔法使いの力が集まろうとも、余とは背負っている責任の数が違う!
「うぉぉー!」
「はぁー!」
ガキィーー...ギギギギギギギギギギギギギ!
今度はしっかりと剣を話さない、それくらい迄はパワーアップしたということだろう。だがその程度では、
「軽い!」
剣ごとクォートを前に押しやる。クォートは足を離れさせることなす、ズザザーっと引き摺らせただけだった。
「諦めろ、お前では勝てない」
「諦めろ、だと?」
クォートが初めて、鎧の一部のような顔を歪ませた。
「諦められるわけがない、私も貴様と同じだ、国を背負ってここまで来ている。やるしかないんだよ!悲劇を繰り返さないために!」
「悲劇って何だ?やはり、ストリンに何かあったのか!?」
「話しても無駄なことだ!」
両手で振り下ろされた剣を片手で受け止めようとする。だが、
「んぐっ...!?」
身体が急にずしんと重くなった。剣を片手から両手に持ち直す。倒れそうな身体をギリギリ踏ん張ることで立ち直る。だが、身体がさっきまでの様に動かない。力が漲っていたのに、まさか、ノブレス・オブリージュが解けた!?
絞りカスの力で、何とか剣を払いのけることができた。
「はぁ、はぁ、何なんだこれは、一体、」
「どうやら打ち止めらしいな、オウグ王、終わりだよ」
膝をついてしまった。
例の仏頂面は、多数の魔法使いから魔力が集約されたからか、力を漲らせてこちらを見下ろしている。他領土に手が回っていたのか?だがそんな情報はなかったし、あったとしても、それらの内の二つの町はスクミトライブの二人に任せているし、もう一つの町をポーウェンとメイガスに任せている。一戦を退いてからは経営に走っていたが、実力で言えばスクミトライブに負けず劣らずな実力だ、負けるなんて思えない。
だが、現にノブレス・オブリージュが解けた。
国民の誰かが敵により害されたという事だ。
余は国民を守れないのか...。初代からの思いを受け継ぎ、ここまで繋いできたというのに。
だが、余が万が一倒れることがあったとき、宮廷騎士団には出撃するように伝えてある。だが戦わせるということは、少なくとも怪我人が出てしまうということだ。これは避けたかったことだが、こうなってしまえば仕方がない...。
余は背後の宮廷騎士団を見た。
...?
遅い、余が攻撃され、倒れている所を見ている筈だ、なのに、何かあったのか!?
「お仲間はー...来ないらしいな。どうする?もう諦めて白旗をあげないか?その方がお互い怪我をしなくて済む。傷つけ合わずに済むんだ」
傷つけ合わずに済む...怪我をしなくても、死ぬこともない、
余は、もしかしたら間違っていたのかもしれない。そうだ、白旗をあげることもまた戦略の一つ、そう割りきればいい。
肩が落ちようとしていた。視線も、膝も、気持ちも、戦意も、もう下ろしてしまいたい。そしたらどれだけ楽だろうか────。
「「うぉぉぉぉぉぉぉ ぉぉーーー!!!」」
大声が響いた!何事だ!?
膝を踏ん張り、振り向く。
「ほらカレン!やっぱりやられてる!」
「本当、サツキ何で分かったの?」
「なんか見えた」
空飛ぶ箒が二つ、一つにはカレンとサツキ、もう一つには...ジニアとトウカが乗っていた!それに後ろからいくつもの魔法使いが、外の景色から急に出現する。どうなっているんだ!?
「早く加勢するぞ!」
ジニアのその一言が、とても頼もしく聞こえた。
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やはり心配だった。
遠目には確かに、オウグが一人で相手の騎士や魔法使いをバッサバッサと払い除けているのが見える。明らかに優勢だ。
それに嫌な予感を感じることは特にない...っていうか俺の嫌な予感は基本的に自分への危害にしか反応しないから仕方がないのだが。
だとしても、何だろう、こういう事が予定通り進行している時こそ、誰かの手に踊らされている感じがする。俺たちに先天的に植え付けられている「欠陥」が、実は神の策略により施されていた様に。実は誰かがこの状況を作り出しているんじゃないかって、そういう「陰謀論」を考えてしまう。
「そんなに固くならなくても、我らが王様が何とかしてくれている。それに万が一、いや億、兆が一やられることがあっても、僕たちがいつでも出撃できるよう控えているんだから」
「まぁ、そうなんですけど...」
不安がぬぐえない。どうしても心の隙間にこびりつく。だからじぃっと遠くのオウグを見ていた。
そんな時、
「ったぁーっ!」
「貴様!何をする!」
「へっ、あばよ!」
断末魔の中に、一人だけ上手くいった、と言うような声が聞こえた。後ろには、鎧の間接部にナイフが刺され、血を流している騎士が一人。そして今にも箒で飛び上がろうとしている男が一人いた。
「とぉー!っておわあわあわ!」
「ったく、妙に気配が無さすぎると思えば、隠密魔法か」
飛ぼうとする箒をローブを深く被ったジニアがしっかりと掴んだ。そしてそれを地面に男ごと叩きつける。
「くっ...くそがっ!」
だが男もただではやられず、杖から風魔法の斬擊をジニアの顔に飛ばす。ギリギリでかわしたが、ジニアの顔が露になってしまった。まずい、あいつは周りからすればお尋ね者、しかも仲間を殺した奴だ!
「...おい、なんでお前がいるジニア!」
さっきまで俺を優しく心配してくれていた騎士が目尻を吊り上げて叫んだ!
だが二人の間に手を広げカレンが入る。
「待って!」
「知るか!こいつは友達を、サクリを殺したんだぞ!」
まるで別人のようだ、さっきまであんなに穏やかだったのに。こいつへのヘイトは凄まじいらしい。
「でもこいつはあんたの味方を刺した奴を捕まえたのよ?もう少し冷静になって。今内輪揉めをしている場合じゃ...!?」
黄色いオーラが、消えた?その変化に周りがどよめく。
度重なる出来事に頭がおいていかれそうだ、一体何が起こっている?周囲を見渡す。こういう慌ただしい時、だいたいどさくさに紛れて敵からの攻撃が来るというものだ。チームワークが試されるゲームではそんな感じだった。
周りの騎士の視線が集中する。つまりこの人だかりの周りへの注意が疎かになっている。そんな時こそ、手薄な所を見渡すんだ。
オウグ...は大丈夫か。まだ圧倒的な力で敵を吹き飛ばしている。
町の方は、特に誰もいないな。そういえばオウグが非戦闘員達を地下に避難させていると言っていたか。
そういえば、紛れ込んだ敵は一人だけか?銀色の海を見渡すが、特にこれといった騒ぎはない。飽くまでも彼らの関心はこちらに集まっているようだ。
...そういえば、黄色いオーラが出たときにオウグが力を解放させた様に、見えたよな?今でも元気いっぱい戦えているのは、何故だ?
関係ない...か?いやそんな筈はないだろう?黄色いオーラの出現と、オウグの力が解放されたタイミングは同時だった。無関係とは思えない。
本当にあのオウグは、存分に戦えているのか?よく見るんだ。
俺はオウグをじぃーっと見た。「真実を見ろ」と、ジニアが言っていた。そうだ、真実かどうかを見るんだ!
砂ぼこりが薄く舞い上がっているが、ちゃんと戦えているように見える。だが敵はまだまだ多そうだ。
...。
...、...、
ズズ...、
...あれ?景色の上に、ノイズらしき筋が見えた。まるでテレビの画面が壊れているような、一瞬、そんな感じがした。
...まさか、
「ジニア!広範囲に幻を見せることってできるか?」
「できるぞ、魔力に外観や映像を取り込んで写し出すこともできる。実際私がそうしていた」
バインドでバチバチと、ナイフで騎士を刺した魔法使いを拘束しながらそう言った。
「ならあれは、お前が見た感じ幻っぽいか!?」
オウグに向かって指をさした。その方角をジニアがじぃーっと見る。
「ふむ...!これは、確かに魔法の気配がある...よく分かったな」
ジニアはそれに気づけた俺が意外だったようだ。
「やっぱりそうか、なら、今見える優勢なオウグは、本当は劣勢なのかもしれない!」
それを聞いて、この場の皆が悟った。こんな所で立ち尽くしている場合ではない!オウグがピンチの時には出撃しなければいけないのに、内輪揉めをしている場合ではないと。
「カレン!ジニア!助けに行こう!」
「よし!」
「...はぁ、仕方がない!」
「わ、私も行く!」
俺はカレンの箒に、トウカはジニアの箒に乗った。
「俺たちも行くぞ!」
「王様に加勢するんだ!」
「このまま指を咥えて見てられねぇ!」
騎士達は走り、魔法使い達も箒に乗って、オウグのいる戦場へ向かった。
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