第5話 私の秘密

「名前、教えてくれませんか」

「ママ、と呼んでくへれればいい」

「ママ、あなたの名前と、私を誘拐した理由を教えてくれませんか」

「前者は貴方に必要のない記号。後者は貴方が私の子供になるのに十分だと判断したから。冷蔵庫のビール瓶を見たら思い出すかな、タクシードライバーをあれで殴っていたでしょ。」


 私は慌てて立ち上がり冷蔵庫を確かめた。空のビール瓶が冷やされていた。ラベルのところに血がついていた。それが数日前に私がタクシーの料金を踏み倒すために手にしていたビール瓶であるならば50代の運転手を殴るときに用いたものであるならば飲み口あたりに私の指紋が付いているだろう。運転手と揉み合いになったときキャップを被った大柄の通行人に間に入られたため逃走した。「ママ」さ自分がその人であるという。



「私を脅すつもりだというわけですか。構いませんよ警察に言っても。そのときはあなたも暴行事件の証拠を隠滅したかどで伴に犯罪者だ」

「その程度のことで私の人生に暴力装置の介入なんざされてたまるものですか。とにかくママの言うことをよく聞きなさい。さしあたりこの家で生活してもらいながら私の仕事でも手伝ってもらいましょう」

「……刑務所以上の待遇をくれるならば」

「約束しましょう」


 日付けが変わるまで「ママ」が用意した鮎の香草焼きと近所のスーパーで買ってきたらしい風味の乏しいバケットと1本のイタリアワインと11本のチリワインを堪能した。食材は数十分で無くなった。酒だけが食卓に残ったため私は他の食べ物はないかと尋ねたらエシレバターが手渡された。


「冗談でしょ?」

「あとは水と塩と砂糖と油のどれか」

「どんな食生活なんだ」

「朝だけしかここで食べないから」

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