第45話 僕は最後まで最後まで繋いでく
今でもあの日のことを鮮明に思い出せる。
病院の屋上で、ドラマみたいな夕焼けの中で。ギターを担いで歌ったことを。
ココロに言われた通り、自分の歌声で歌った。もちろん、二人分の歌声を意識して。
この時の僕は、死に物狂いで歌を練習していたということもあって、ココロほどではないもののしっかりと聞ける歌声になっていた。
そんな説明をしてはみたが、当時のココロはただ一言「よかったよ」と言っただけで技術的なことは何も言わなかった。だからこれは僕の勝手な感想だ。ココロに対してもっと聞きたいことはあったけれど。それはやめようと思った。
ココロの歌声は、僕に預けられたものだから。
大学に向かうバスの中で、ココロに歌声を聴かせた日のことを思い返す。
あの日からココロはちょうど三週間生きた。
僕だけで二人の歌を表現するのはどうにも難しいことがあって、歌を聞いてくれる人は減っていた。初めのうちは自分の力が足りなくて、ココロとの約束を守れない。そう絶望しかけていた。でも、それでも僕の歌を聞いてくれる人がいて。コメント欄の内容も初めと比べてどんどんと変化していった。
“雰囲気が変わった。どこか切ない歌声が目立つようになった。”
そのコメントを見て、ココロの歌声じゃなく自分の歌を手に入れられたと少し自身を持てた。
そしてココロのいなくなった学校はなぜか灰色で。教室にいても部室にいても、僕を動かしてくれるようなことはなかった。日常もココロに出会う前に逆戻り。歌を話題に話しかけてくる友達もいい加減いなくなって。気づいた時には受験も卒業式も、流れに任せたかのようにすぎていった。
なんの起伏もない生活の中で唯一の生きがいである歌を歌って、周りの雰囲気に飲まれて勉強をした。そして入ったのはそこそこ有名で、規模の大きな私立大学。いわゆるマンモス校と呼ばれるような大学で、今はここに通っている。
バスを降りて、6分歩く。そして見えてきた意外と立派な大学の一号館を見上げる。
そろそろサークルに入らないと、雰囲気的に追いつけなくなってしまう。そんなことを考えながら時間を確認し、講義までにある時間を計算する。
ちょっと早く来すぎてしまったかもしれない。
中庭にあるベンチに座って、リュックにもらうがままに入れたサークルへの勧誘の紙を掴み10枚ほどあるそれを一気に引き出した。刹那。
カラン…
そう音を立てて何かが足もとに落ちる…
親指ほどのプラスチックのそれを見て、僕はサークル以外のもう一つの悩みを思い出す。
少し傷が増えたように見えるUSBメモリ…
僕がココロと出会って、仲良くなることのできたきっかけであり。今では僕の宝物のようなもので、悩みの元凶である。
ココロのお葬式だった日。参加者がほとんどいないあの会場に、ゆりさんの計らいで入れてもらった。最初からいてもいいと言われていたけど、あの時の僕には無理だった。変わり果てたココロを見る勇気がなかったから。
そしてあの日、ユリさんからこのUSBを受け取った。
「ココロが、私が死んだらミライくんに渡してくれと受け取っていたんだ」
そういって渡してくれたのだ。そんなものがなぜ悩みの種かというと、中に入っていたフォルダにパスワードがかかっていて、いまだに開けていないからだ。
ココロに関わりそうなものを知っている限りありったけ打ち込んだのだけれど、開くことはなかった。
今日は少し干渉に浸りすぎている気がする。こんな日こそ行動した方がいいのかもしれない。
ベンチから立ち上がって講義室に向かう。少し早いかもしれないが、まあ。これくらいなら大丈夫だろう。
やっぱり、僕は変われた気がする。こんなに行動力がある人間ではなかったし…
あぁ、まただ。やっぱり今日は、ずっと動いていた方がいい。
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