第36話 次の一手を2
この日から一気に日常が加速した。
動画投稿を初めて二ヶ月近く、そろそろ動画を作るという作業に慣れてきた。
初めの時は二人とも全く経験がなく大変だったな、と今では笑って思い返せるほどには慣れた。初めて動画を撮った時には、部屋を借りてスマホをセットしいつも通りに演奏をする。そして撮った動画を確認。結果、物足りない。スマホの角度を変えて、録音をするマイクの位置を変えて再挑戦。そしてスマホに収まった動画を確認。結果、何かが足りない。一本の動画を撮るのに三時間も使って、やっと納得のいく動画と音源を作れたと思ったら、次は二人とも初挑戦のミックスと編集。これは本屋で買った入門用の本の通りにやった。
そんなこんなで一週間と二日もかかってしまった。この大作MVが出来上がった時、作業部屋にしていたココロの部屋で二人てを合わせて歓喜したのを覚えている。動画サイトにアップするときの緊張しきったココロの顔も一緒に。
こんな無名二人組が動画を上げて見たからと言って、すぐにどうこうなるわけではない。そう思って呑気に、そしてゆったりと二本目の動画を作り始めていた僕たちは、ネットの拡散力と影響力の強さを改めて知ることになる。
ちょうど二本目の動画を撮り終わった日。“サインG”をアップしてから四日、動画を作り始めてからの日に換算すると二週間ほど経ったこの日には、再生数数千回で、やっと四桁の再生数を取ることができた。この結果を受け止めた僕たちは新たなチャレンジの成功に歓喜して、この調子で頑張っていこうと二人で気合を入れ直していた。
しかし、ここから一本目の動画の再生数と“Future core”と名付けたチャンネルの登録者数は、僕らの予想の遥か上空を飛び去っていくこととなる。二本目の動画“think”のMVを上げる頃には、再生数が三十万回。登録者数は一万人を超えたところで、どちらも着々と数字を増やしているところと、軽くブームでも引き起こしてしまうんじゃないかと錯覚するほどの成長を遂げていた。たった一本しか動画を上げていない無名二人が、二週間ちょっとで登録者一万人越えの投稿者に。
この事実に喜びと恐怖の入り混じったよくわからない感情を抱えながら動画を作る日々。
「まさかこんなことになるなんて。僕の人生もどう転ぶかわかんないや」
そして現在。四本目の動画の仕上げをしながらココロに話しかける。
「私の予想通りだよ」
音の確認作業をしていたココロがドヤ顔で答えてくる。
「でもさ…」
言いかけた言葉がココロの咳にかき消される。ふと気づいて、うさぎの形をした可愛い時計に目をやると、もう5時になろうかという時刻だった。休みだからと張り切って作業しすぎた。最近はこんな日が続いているから疲れが出たのだろう。
「ごめんねー、しっかり休むよー」
にこやかに話ていても疲れているのだろうと容易に想像できる声色だった。流石に、切り詰めすぎるのも良くない。そろそろ解散にしようかという話になって、僕はできた動画のアップをココロに任せて部屋を後にしようとする。ノートパソコンをカバンにしまって立ち上がったとき。不意にココロの口から懐かしい響きが聞こえてくる。
「あのUSBメモリ、明日ちょっと持ってきてくれない?」
もう忘れてしまいそうなほど前に預かったもののように感じるが、しっかりと今でも持っているUSBメモリ。でもなぜ今頃になってこの話が出てくるのかわからないが、ココロにはしっかりと使い道が頭に浮かんでいるのだろう。僕は、わかったよと返して部屋を後にした。
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