第35話 次の一手を

ケースの蓋を開けて、ギターを取り出す。ベルトを肩にかけて、構える。ココロはいつもの練習の通りに僕の隣に立つ。そして僕に合図を出し、それに合わせて僕はこの無音の空間に二人の音楽の第一音を投下した。

こんな感じで僕らの崩れかけていた日常は輪郭を取り戻しつつあって、いくつかの新しい曲も演奏できるようになってきた。ココロも笑顔になる時間が増えてきて、ココロの提案してきたインターネットでの活動も着々と準備ができていた。

顔は出さないで、撮った動画を配信サービスに投稿する形でやってみるらしい。僕自身は緊張するし、恥ずかしいのもあるけれど、ココロは一回やると決めたらやる人だし僕は推されると反対できない人だと言うことは僕がいちばんよく知っている。だから、どうせやるならば全力でやってやろうと思う。

僕は、ココロと出会ってちょっと変わることができた。今みたいな思考に至ったことを自覚するたびにそう思う。以前の自分なら絶対に全力でやってみようなんて思わない、それどころか関心すら抱かないだろう。

「ねえ、ミライくん。どの曲を動画にしてみたい?一個め」

練習がひと段落ついてぼーっとしていた僕にココロが話しかけてくる。

「僕は別になんでもいいと思うけどね、ココロがやりたい曲でいいんじゃない?」

ココロは腕を組みながら机に座り、足を交互に揺らす。そして僕に言葉を向ける。

「やっぱりミライくんが決めて欲しい」

…うん?だいぶ困ることを言ってくるな。そう思う。

僕は優柔不断なのだ。他人が関わってくる物事を決断するのは大の苦手である。

「やっぱり僕らの思い出だし、サインGがいいんじゃないかな」

僕の出した答えは平凡。よく言えばテンプレート。そんな感じになってしまった。けど、ココロ自身は嫌な顔ひとつせずに。それどころか喜んで頷いてくれた。

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