第32話 奏で 5

緊張からか、自分でもわかるくらい声が震えてしまう。サビに近づくに連れてだいぶましにはなっていくけど、それでもあのライブで輝いていたココロには到底及ばないような歌声だ。音程はところどころ外しちゃうし、裏返ってしまうし。全くと言っていいほどうまいとは言えないような歌。それでも歌いきる。下手すぎて恥ずかしくて、けどこの歌にすべてをかける気持ちで。ただもう一度ココロにこの歌を歌ってほしいと願って。

果たして、ドアの向こうからココロの声が聞こえた。

「ダメダメじゃん。私一人相手にするだけでこんなに緊張しちゃってたら。」

いつも通りとまではいかなくとも、想像していたよりもよほど明るい声が返ってきて少し安心する。胸をなでおろしているだけでは居られない、あっけにとられながらもなんとか言葉を返そうと努力する。

「仕方ないだろ?他人に見せるのはこれが初めてだったし。弾き語りもめっちゃ久しぶりだったんだから。」

木の板一枚向こうから、何かが動く音がして。それからすぐにカーテンを開けるような音がして。

「ミライ君。明日からはちゃんと学校行くからさ、明日またはなそ。」

そんな言葉が聞こえてくる。もちろんすべてが元通りなんてのは到底不可能だけど、僕の思いは多少伝えることができたらしい。少しでもアクションを起こそうとしてくれているのだ。僕もできる限りサポートしなければ行けない。ギターを担いで、楽譜をしまって立ち上がる。そしてユリさんとケイコさんとの約束をいもう一度思い出して。扉を一度振り返りながら、歩き出す。

階段を下りた先では、ユリさんがテーブルに座って待っていた。

「ココロは明日から学校に行くそうですよ。」

この言葉にユリさんは微笑みながら無言でうなずいてくれた。

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