第28話 奏で

思った以上に盛り上がり、アンコールまでされて。

もう、息も絶え絶えな感じでステージを降りる。階段をおりる足取りも、産まれたての子鹿のように不確かだ。そんなこんなでヘトヘトな僕に、いつもよりもパワフルな様子で飛びつくように話しかけてくる。

「ミライくん!今の本当に良かったよ!!絶対お母さんも喜んでくれた!」

そうだった、楽しすぎて忘れていた。僕らはケイコさんに成長した自分を見せるために、最高の演奏を聞かせるために頑張っていたのだ。

もちろんそれは付属という考えもあるが、僕をここまでにさせたのはココロであって。そのココロのモチベーションの拠り所がお母さんであるケイコさんへ、演奏を見せることだったのだ。だから、それが目的と言っても別に大袈裟な表現にはならない。

「うん。今の演奏はすごくよかったと思う。アンコールまでされてさ、大成功。」

精一杯答えようとしてみたが、今のココロのテンションにはとてもじゃないがついていけない。本音を言ってないのもあるが...

そしてもちろん。

「何か言いたげじゃないの?ミライ君。」

見抜かれた。やはり嘘などつくことができない。せっかく気を使っているというのに…

「こんな時に自分の感想を言っちゃいけないと思ったんだ。」

そんなこと。とほほ笑んで返すココロを見てから、けど。と言葉を進める。

「とりあえず楽しかったんだ。僕自身が、今まで音楽をやっててこんなに楽しいことなんてなかったと思う。そう感じるくらい楽しいステージだっだ。」

わたしもだよ。そういって振り返って、歩き出してしまったココロに後ろから声をかける。

「こんな楽しい演奏できたのはココロとサインGのおかげだと思ってる。だから、ちょっとおかしいかもだけど」

やっとココロは止まってくれる

「ありがとうね」

横を向いて少しこちらを振り返るようにしていたココロの頬が、少し赤くなってるように見えた。この体育館の熱気のせいかもしれないが。それでも、もしも僕の行動がココロに影響を与えているかもしれないと思えると、限りなくうれしい。

「お姉ちゃんのところ行くよ。」

そう声をかけられてついていくことにするが、どうしてもにやけてしまってココロより一歩も前を歩けない。

ココロも、同じようなことを思ってくれてたらいいな、なんて煩悩をかき消しながら。演奏の余韻に浸り、まだまだ力が入りきらない足でユリさんのもとに向かうのだった。

ユリさんとケイコさんはどんな風に思ってくれているんだろうか、喜んでくれただろうか。ココロの目的のはずなのに、自分が思っているよりも二人の評価に興味がある自分に驚いてる。さらには自然と足が速くなる。


体育館を出たところ、出口のすぐ横でスマホを手に持つユリさんの姿があった。それを見つけたココロがとことこと嬉しそうにユリさんのもとに駆け寄る。それに気づいた様子のユリさんがこちらにスマホを向けながら、とてもうれしそうな顔で僕らを出迎えた。絶え間なく人が通るような本校舎から体育館への渡り廊下。こんなどこにでもある風景が、ユリさんに半場飛びつくようにして笑うココロがいることによってドラマのワンシーンを切り取ったかのような場面になっている。これを見るために頑張ったと自分の目が錯覚してしまう...

「ミライ君!お母さんが来てだってー」

いや。ここまでこの人たちに関わってしまってから、それは謙遜らしい。この場面に混ざっていいのだと、そう言ってくれているような気がして。なんだか涙が出そうになる。

僕がココロたち三人のもとへ行くと、スマホの画面に映るケイコさんが何かを書いたノートを顔の近くに持ってきた。

「素晴らしい演奏でした。二人とも楽しそうで、本当にいいものを見ることができました。」

ノートの文章は、僕らをねぎらう内容だたらしい。画面に映った手、少し震えた字。ケイコさんは、前あった時よりもだいぶ痩せ、弱っているように見えてしまった。そう気づいてしまった自分の感情が顔に出ないように、必死に明るくふるまう。

「ありがとうございます。僕の中でも最高の演奏ができたと思います」

僕の返答にケイコさんも微笑んだようにうなずいてくれて、ありがとう。と一言ノートに付け加えられた。

「私からも、改めてありがとう。ミライ君」

ココロが少し照れたようにお礼を言ってくれて、僕は笑顔でそれにこたえる。

こんな感じで、ぎこちなくも楽しい。よくとおる風を心地よく感じられるほどに穏やかな時間を過ごしたが、僕には途中から何かを気にしたような様子だったユリさんがどうしても気になってしまっていた。いつも、何かが崩れる時に感じる嫌な予感。

そして間もなく。

案の定というべきか、ココロが一応顧問をやってくれている先生のもとに報告へ向かった後。僕はユリさんに呼ばれた。


神妙な顔である話をされ、僕は一つの事実を知ってしまった。

予想できたが、あえて予想しなかった。そんな内容の話。

ここまで関わってしまったから仕方ないだろう。けど、これはなかなかに残酷で、僕はこれに対してどう接するべきか。たかが一介の高校生には、簡単には答えが出ないもので。簡単に言ってしまえば、僕の人生が確実に変わった瞬間。そんな感じだった。


この日から、好転しかけた僕の人生は確実にずれてしまった。いや、カッコつけて言うかもしれないが決まっていたことだったのかもしれ無い。

ケイコさんは、ココロの母親はこの日から約二週間、12日間生きた。


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