第26話 本番3

「ココロ。そろそろじゃないかな」

 部室にココロがいるかいないか、そんなことも確認せずにこのセリフを放った。体育館に行かなければ行けないまであと30分。今ここにココロが居ないはずがないのだ。

 もちろん居た。でも、電話をしているらしい。耳にスマートホンを当てながらこっちを向いて、右手で謝るような仕草をしている。

 口調からして、ユリさんとの通話だと思う。今日はユリさんがこの文化先に来て、ケイコさんのいる病院とリモートで繋ぐと言っていた。そろそろユリさんが来るんじゃないだろうか。

 ココロが通話を終えるのをまってもう一度声をかける。

「そろそろじゃない?」

 スマホをしまってこちらに目線を送ったココロはさっきまでのココロではなく真剣な顔をしていた。そして、コクリと頷く時も無言だった。

 やはりココロでも緊張はするはずだ。その上今日はケイコさんに、ココロが自身のお母さんに成果を見せようと言うのだ。

 そう考えると、僕も足を引っ張る訳には行かない。気合いが入る。

「おねーちゃんそろそろ来れそうだって」

 ココロが楽譜を開きながらに話題を降ってきた。

「間に合いそうで良かったね」

 ユリさんもずっと暇なわけじゃない。絶対外せない用事が入らなくて本当に良かったと思う。まぁ、ユリさんならそんな用事を跳ね除けてでもココロを見に来るような人な気はするが。


「ミライくん。いったん演奏しとこ」

 お互い緊張で会話が続かないからか、バン!と楽譜を閉じてココロが提案をしてくる。僕にはこの演奏を成功させる自信があった。けど、本番はノリで成功させられるほど甘くないだろう。もちろん承諾する。

 時間はあと20分。できるならば1回の合わせを軽くやるぐらいだ。たった5分弱の演奏でも、この5分は大切な5分になる。絶対失敗出来ないような演奏。

 そう心に言い聞かせてギターを叩いた。


 *


 カタカタとギターを片づける。

 僕とココロは少し重い雰囲気になってしまっている。

 そう。この5分の演奏は失敗だった。もっと詳しく言うと、上手くいかなかった。

 僕もココロもミスはなかった。けど、何かが足りない気がした。

 ツリーのないクリスマスパーティー。打楽器がぬけたオーケストラ。そんな感じがするような、なにか足りない演奏だった。

 そうはいっても。もう一度合わせる時間はない、このまま本番をやるしかない。

 僕の中にて奮闘した自信は、結局不安や緊張に敗戦してしまった。


 会場でる体育館に移動。舞台袖にて服装を整えて、楽器の最終確認。僕らは終始黙って準備をして、いよいよ出番。

 そんな時、いきなりココロが口を開く。

「ミライ君。前に大丈夫って言ってくれたよね。」

 意外な言葉に戸惑う。でも直感だけで首を縦に振る。

「さっきの練習はうまくいかなかったけど、さっきよりうまくやればいいんだとおもうの」

 続くココロの言葉に続けてうなずく。

 心の中で革命の予感がする。

「うんうん、ちがうな。」

 ココロはうなずかなかった。でも、いつもと違ったいつもの笑顔は、いつもと違った笑顔になって。すべてを踏み越えていくような足取りでステージに向かって歩き出す。

 僕の心で革命が起きる。不安など、もう一切感じない。

 何をこんなにも不安がっていたか。ココロはココロなのだ。どんなことがあっても、どう変わったとしても、根はあの小悪魔だ。そんな失敗しらずの小悪魔が、自信に大きくかかわるような場面で失敗するはずないのだ。

 言い切ることができない僕の不安を、ココロが言葉で確かめさせてくれる。

「楽しも!気づいたの。お母さんに見てほしいのはうまさじゃなくて、楽しんでる姿だって。」

 こんな時だけれど。いや、こんな時だからこそ、まじめなことをいうココロの態度に笑ってしまう。笑う僕を、なんとでも言えとでもいうように。平凡な僕をあざ笑うように。ココロは笑顔で僕に手を伸ばす。

「ほら早く」


 そして’僕らの’サインGが体育館に響き渡り、埃だらけの体育館は、本物のライブハウスのようになるのだった。

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