第24話 本番

 文化祭。

 その事実があるだけで、高校生というものは沸きに沸くらしい。

 学校前、既に熱気が、最高潮。

 いくら慣れてきたとは言え、この雰囲気に飲まれただけでもう疲れる。今までの僕なら、よし帰ろう。そんな思考に至っていたかもしれない。

 だが、そんなことを言ってる場合じゃないのだ。とりあえず部室に向かって、ココロの様子を確かめないといけない。それが最優先事項。

 散々振り回されてきたのに憎めない。どうしても気になる。ココロと出会ってから、僕は一体どうしてしまったというのだ。段々と部室へと向かう足が早くなる。床に剥がれ掛けのタイルが増える。壁の黒いシミが目立つようになる。いつもの部室に…

 ほとんど走るのと同じ速さで移動していた僕は、部室の扉に手をかけてピタッと運動を止める。

 耳に入るのは、聞き慣れた声で歌われる知らない歌。

 透き通っていて、耳に残る。泣きそうなのに力強い。僕の心を動かした、みんなの心をこれから動かす歌声。

 心に所狭しと膨らんでいた不安の風船は、静かに割れて。自然と僕は笑顔になれる。この知らない歌を、僕は知りたい。

 だからいつもの顔で、声で。ココロに言う。

「やあココロ」


 あの日と同じように、ココロは窓際に立っていた。でも、僕が部室に入ってもこちらを向かない。

 少し引っかかる雰囲気。きれいな声が鳴りやまない。

「その曲、なんて言う曲?」

 何かココロに聞きたくて、なんとなく疑問に思った事を聞いてみた。綺麗な声が止まる。ココロが振り向く。

「Up to... 」

 真顔で答えを言いかけていたココロは、少しいつものようなニヤッとした顔になって。声を止めた。それから口に人差し指に当てる。そこにはいつもと違う、いつものココロが笑っていた。

 ヒミツ。

 その言葉が、その声が、表情が。ココロが、きれいだと思った。可愛いと思えた。

「何ぼーっとしてるの?そろそろ準備とかでしょ?」

 ココロは僕のほうへ歩いてきて、すれ違いざまにぽんと肩をたたいてきた。たぶんココロは、僕がココロのことを心配しているのに気づいていたのだろう。だから、大丈夫だと伝えたかったんじゃないだろうか。

 そのはずだ。今の僕だからそう思う。だから僕も、精一杯思いを言葉にしようと思う。ありふれた言葉で、それでいて複雑に。

「がんばろう、僕ら自身のために」

 ココロは何も言わずに部室から出て行ってしまった。自分が思った以上に安心していることと、もう一つの事実に気が付く。

 僕はこの日、恋をしたらしい。

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