第22話 文化祭にて!2
その崩壊は、一本の電話から始まった。
「新しいギター買ったら?」
「いやー、お金ないから。それに、このギターは思い出のギターなんだ」
僕の返答に何を思ったのか、妙にニコニコとしているココロ。少しムカッときて、嫌み交じりに言う。
「なにさ」
心のニコニコが、にやにやに変わって。
「なんでもなーい」
かるーく誤魔化されてしまった。まぁ、いつもの事だから何も思うことは無い。ため息を一回。
「あ、ココロ…」
プルルルル プルルルル
僕の呼びかけ虚しく、電話の着信音にさえぎられてしまった。そして、これは、僕のスマホの着信音ではない。
ならば決まっている。ココロのスマホしかここにはない。
「あ、ごめん。電話来たから待ってて」
そう言って、ココロが足早に部室を出ていく。何やら真面目な顔で、さらには敬語で話しているのを確認できた。
何か大事な話をしているであろうことは、容易に想像することができる。
何かいやな予感もするが、僕が心配したところで仕方がない。何もしないで待つというのも決まりが悪く感じ、ギターの調整に専念することにする。
ほどなくして、ガラガラと力なく扉が開いた。
そこには、さっきとは全く様子が変わった’ココロ’がいた。
顔はうつむいていて、表情が見えない。力なく、とぼとぼと歩いてくる。
僕の前で立ち止まって、小さくつぶやいた。
「お母さん...容体が悪化したって。」
あぁ、僕の予感は悪いようにばかりよく当たるらしい。
「ココロ...僕もついていくからさ、行こ?」
ココロにかばんを持たせて、僕もギターを片付ける。自分もかばんをもって、反対の手でココロの手を引く。
だいぶ強引だったが、ココロも素直についてきてくれた。
終始何も話さず、バスに乗って。無駄に長い道を歩いて、病院までたどり着く。
ココロの代わりに受付を済ませて、病室に向かう。
ここから先は、僕が立ち会うべきではない。だから、最後に僕の気持ちを全部込めていった。
「大丈夫。」
ココロが病室に入ってから、12分程が経過した。
この約10分間は、僕の人生の中でもっとも長く感じた10分間だっだと思う。
僕は、受付カウンターのあるロビーで待っていた。手には汗が滲んでいるし、自分でも驚くくらい時間を確認しまくっている。だから、細かく時間がわかるのだ。
26回腕時計を確認したところで、ユリさんがエレベーターで降りてきた。
ユリさんは、僕を見つけたからか少し足早になって歩み寄ってくる。
「まずミライ君、ココロを連れてきてくれてありがとう」
ユリさんに頭を下げられ、僕もつられて頭を下げる。顔をあげたユリさんの顔はとても穏やかだった。だから、たぶんケイコさんも大事には至らなかったのだろう。
「いえ、約束ですから。」
僕のこのことばで、ユリさんも笑ってくれた。
「とりあえず、病室まで来るかい?また話しておきたいこともあるし。」
ユリさんの提案を断る理由など、もちろんなく。僕はユリさんの後に続いて歩きだした。
どこか安心し、手ににじんでいた汗を拭く。さっきまで暗く見えていたはずのロビーは、敗れた椅子の布さえおしゃれに見えるほど光を取り戻していた。
ケイコさんの容態は、エレベーターの中でユリさんから大雑把に聞いた。
少し体調を崩したらしい。普通の人で言うところの風邪のようなものだという。けど、体が弱っているケイコさんにとっては風邪も命取りだ。
今回は大丈夫だったが、これからも気は抜けないだろう。
病室に入ると、いまだ目に涙を浮かべたココロとケイコさん。それに担当医であろう若い男性がいた。
ケイコさんは体を起こしている状態で、思っていたよりも元気そうだった。
「あ、ミライ君」
ココロはそういって慌てたように涙を拭き始めた。担当医の若い男性も、あとできますね。と言って出ていった。
どこから話を切り出せばいいか分からず。そもそも、僕から話すべきではないかすらも分からず。奥に見える窓をぼんやりと眺める。ちょうど二匹の鳥が影を落として、窓の前を通った時。ココロが口を開いた。
「ごめん、落ち着いた。」
ココロは、まだ目元がすこし赤い顔で真っ直ぐ僕の目を見る。そして
「ありがとう」
そう言って頭を下げた。
ココロはこんなふうに、素直に感情を出せる人だと分かっていた。けど、やっぱり困惑してしまう。
だから、僕はいつも言葉を準備してからかからなきゃいけない。
今日もそう。多分これからもそうなる。だけど、そんな僕をココロは多分見抜いてる。
だから、なんの躊躇いもなく頭の原稿を読み上げるのだ。
「大丈夫って言ったでしょ?」
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