第19話 約束だってさ2

「お母さん、来たよ~」

 ココロは、僕の袖をはなして一歩前に出る。そして、いつものように明るい声でベッドに横たわるココロのお母さんに話かけた。

 ココロのお母さんは、ココロの手を借りながら体を起こして、横にある物置からノートとペンを手に取った。ページを開いて、すらすらと何かを書いていく。ペンを止め、それを僕に見せてきた。

 ’あなたがみらいさんですか’

 速さを意識してだろう、すべてひらがなで書いてある。でも、その字はどこか力強く美しい字だった。そして、軽音部の楽譜ノートに書かれていた字にとても似ていた。

 僕は声を出さずにうなずいた。彼女は僕の反応をみて微笑み、またペンを走らせる。

 ’こえがだせないためひつだんでしつれいします。こころのはは、恵子といいます’

 僕に分かりやすいようにか、名前は漢字で書いてくれた。けど、ひらがなのほうが分かりやすかった気がする。よみかたがあっているか不安である。

 それを察したのか、ココロが耳打ちをして教えてくれた。

「ケイコって読むんだよ。」

 よかった。僕が最初によんだ読み方であっていたようだ。

「ココロさんと同じ軽音部で活動させてもらっています。神道未来といいます。」

 ケイコさんがしてくれたように、できるだけ丁寧に自己紹介をした。隣にいるココロも今日はからかうのではなく、微笑んで。さっきのように、僕にだけ聞こえるようにありがとうとつぶやいた。

 ’こころがいってましたが、ぶいんがはいったというのはほんとうだったんですね。あのけいおんぶがつづいてくれてうれしくおもいます’

 そうだった。ケイコさんも昔は軽音部で活動していたんだった。それも、うちの学校で。

「そうですね。僕も昔やっていたギターをもう一度楽しく演奏することができてよかったです。」

 本心をそのまま述べた。それだけなのに、ケイコさんは涙を流して喜んでくれた。

 ’ごめんなさい。ほんとうにうれしかったから。’

 この文章とともにベッドの隣み座ることを促されて、椅子に座る。ココロもそれに続く。

 一通りのあいさつを済ませた感じだろうか。リラックスしようとかばんを下ろす。

 刹那、ほっと一息入れようとする僕を止めるように病室のドアが開いた。

 あわてて目をやると、またもやココロに似ている女の人が現れていた。そして、今度は比喩ではなく綺麗な人だった。 

「あ、おねーちゃん」

 え?あれ。ココロって兄弟いたっけ…いや、そんな話は聞いていないはずだ。じゃあ、誰だ?

「困惑しているようだね。君がミライくんかい?」

 あたふたとしている僕を察してか、ココロとの会話をわざわざ打ち切って声をかけてくれた。

「はい。神道未来といいます。ココロさんとは軽音部で活動をさせてもらってます」

 慌てて、僕のテンプレ挨拶をする。それに微笑みを返してくれたことを見て、失礼かもしれないが聞いてみる。

「あの、あなたは?」

「あー、そうだったね。私は白峰友里(しらみねゆり)。ココロの親戚って所かな?」

 なるほど。親戚か。たしかに、それならココロがお姉ちゃんと呼んでいても全くおかしくない。

「シラミネさん ….」

 ユリでいいよ。と、さえぎられる。遮り方がとてもココロに似ている。

「ユリさんもお見舞いですか?」

「あー、それもそうなんだけどね。ココロが新しい部員を連れてくるって言ってたんで、あってみようかと」

 あ、ユリさんの目的は僕か…あれ?ココロってそんなに僕のこと広めてたのか?‪

「そうだったんですか、なら会えてよかったです」

 ユリさんもまざって、ケイコさんと話す。会話のペースは遅くても嫌にならない。有意義な時間を過ごせたと思う。

 

 あっというまに時間は過ぎて、時計を見ると1時を回っていた。

「ミライ君。そろそろいこうかね」

 会話の切れ目を的確にねらって、ココロが提案してきた。

 もちろん、断る理由もない。ユリさんも、ケイコさんと話したいこともあるだろう。

「そうだね。そろそろ帰ろうか。」

 ケイコさんに一礼をして、ココロに続き出口に向かう。ココロが扉をくぐった時、ユリさんに呼び止められた。

「ミライ君。」

「はい?」

 ユリさんの、さっきまでとは違う顔を見て咄嗟に向き直る。

「ココロを支えてくれると、約束してくれないか?」

「それはどういった意味で?」

 ユリさんはケイコさんの、ほうに視線を向ける。僕もつられてケイコさんを見る。

 僕は恵子さんの顔をみる。

 わかった、そういう事か。

 直ぐにユリさんに視線を戻す。

「分かりました。僕にできることは少ないかもしれませんが、頑張ります。約束します。」

 ユリさんはさっきまでと、同じように微笑んで

「ならいいんだ。」

 そう言ってくれた。

 

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