第4話 この状況で軽音部1

 あの日から1週間、何も無い普通の学校生活を送った。

 けど、土日明けの月曜日彼女からの。そう、美山未来からのアクションがあったのだ。放課後、靴箱に彼女からの手紙があった。最初見た時は、僕に春が来たかと思った。けど、そんな幻想は霧になって消えた。代わりに出てきたのはよく分からない文字の羅列だ。

 '放課後、あの廃教室でまつ 美山'

 まるでどっかの時代の果たし状のような文面だ。正直、行きたくはなかった。理由はもちろん例のUSBメモリの存在だ。中にあったテキストファイルを読んでしまった件だ。そして、それを気づかれかけた。いや、気づかれたのか。やっと忘れられそうだったのに、後ろめたさが復活してきた。

 行かなければダメだろうか、ダメなのだろう。ため息をしながら脱ぎかけた上履きを履き直す。一足制の学校に通っていたなら楽だったのだが、そんなことに文句を言っても仕方がない話だ。一度上を見て、下を見て、ため息をついて。前を向き直して来た道を逆戻りするため、足を動かし始めた。

 

 教室のドアに手をかけると、愉快な鼻歌が聞こえてきた。1週間前のあの日、美山さんが歌っていた曲だ。ここでドアを開けるというのは少し気まずいが、思い切って開けてみる。

 美山さんは、あの日のように教室に差し込む夕日をバックに端に寄せられている机に座ってこっちを見ていた。意外だったのは僕を見ても鼻歌を辞めなかったことと、あの日みた印象では想像できないほど明るい顔をしていると言うことだ。もっと驚かれるかと思ったが、すごく堂々としている。肩までかかる前髪は、窓が空いているせいで少しなびいている。そして、その髪の隙間から夕日が差し込んでキラキラと輝いて見える。

 正直に言おう、見とれてしまった。マドンナと呼ばれるだけあって、美山さんはとても美人な人だった。

 ボケっとしている僕は彼女の鼻歌が止んだことで引き戻される。机から優雅に降り立って、モデルのような足取りで近づいてくる。あのオドオドとした彼女は本当にどこに行ってしまったか。

 そして、手を伸ばせば届く距離まで近づいてきた。ちょうど初めてあったあの日のような状態だ。そして、沈黙が破られる。彼女は、何かを握った手を僕の前に差し出しながら言った。

「これ持ってて。」

 すっと心に染み込んでくる声に、反射的に右手を出してしまう。けど、視線は一切ずらさない。持ったことのあるような形と重さのものが落ちてきて、僕はそれを見る。結果、あのUSBメモリだった。

 理解不能。

「どうせ中身見たんでしょ?」

 ちょっと戻って来ただけだったあの後ろめたさが一気に復活した。ここまで来たらもう隠す必要などないだろう、元々隠せていた訳でもないし。

 だから、率直な質問をぶつける

「母子感染って書いてあったけど、何かの病気?」

 彼女の顔から明るみが消えて、すっと真面目な顔になる。けど、何を話すわけでもなく僕の目をじっと見ている。

「それに、8割って…」

 ここまで言ったところを打ち切られる。

「答えないよ?これでおあいこでしょ?」

 う、と腹パンでもされたかのようなふぬけた声を出してしまった。

 でも、反論するすべがなくて黙ってしまった。

「そのUSBメモリ、無くさないでね?」

 話のペースは完全にあっちに握られてしまっている。

「なんで僕がもってなきゃいけないのさ」

 不貞腐れたような声で言ったのは、僅かながらの抵抗だった。

 彼女のは真面目な顔から、どこを見ているか分からないような目になって少し俯いてしまった。そして、ギリギリ聞き取れる声で言った。

「私、それを持っていると飛んでしまいそうなので。」

 

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