第3話 プロローグ3

スマホのアラームで目が覚める。画面を見ると、6時10分を示している。

 いつもは目覚めなければいけないという鬱陶しさに負けて二度寝をするところだが、今日はそんな気分にはなれない。妙な緊張感に妨げられてそんなことをする気分になれないのだ。

 妙な緊張感。理由は明確で、昨日のUSBメモリだ。昨日は今日に対する緊張でよく寝ることが出来ず、今日は今日に対する緊張感で起きてしまう。言葉にしてみると、自分が何を言っているのか分からなくなってくる。まぁ、要約してしまえば簡単だ。昨日拾ったUSBメモリを美山心に見せて、本人のであれば落としていたと伝えて渡すだけ。

 それだけなのに、いつもの行動全てがおぼつかない。関節一つ一つが少し錆び付いているような動きをしてしまった。通学、授業、昼休み、それから授業。何ら変わらない日常なのに、常に頭の片隅には彼女の姿とあの言葉。

 ’私もなのか。’

 どうしても頭から離れない。こう考えるとまるで初恋をしている女子だ。恥ずかしい。けど、別に恋心とかそんな感情では無いのだ。なんだかよく分からないが、多分本人に会えば少しはわかる気がする。

 USBメモリを渡す。それだけの事を放課後まで残してしまった今の状態で何を言っているのかと突っ込まれるかもしれないが、僕には確信があった。美山さんはまたあの教室にいる。

 だから放課後まで会いに行かなかったと言えば言い訳に聞こえるかもしれないが、半分は本当だ。

 ホームルームが終わって席から立ち上がる。別につるむような友達もいないので、さっさと目的の場所へと向かうことにする。放課後の騒がしさから離れていくと、昨日と違うものが見えてくる。多分、目的もなしに俯きながら歩いているからだ。昨日のように、知りたいというものに向かっていく時には目的以外が目に入らないものなのだろう。だから気にならなかったのだ。基本ずっと使われていないからか、目的の場に近づくにつれて床や壁が汚くなっていく。こんなに汚かっただろうか。

 あんなに綺麗に見えた教室はよく見るとまさに廃教室だ。天井にはくものような埃の束がいくつか浮いているし、蜘蛛がマイホームを作っている。壁には劣化によるものであろうヒビが入っていて、どこか雷を彷彿とさせている。床は比較的に綺麗に見えるが、隅に目をやると蜘蛛の別荘を確認できた。床が綺麗に見えるのは、美山さんが来ているからだろうか。

 壁の時計を見ると午前3時を指している。一瞬目を疑ったが、秒針が動いていないことを確認してその時計が力尽きた時間だと言うことを認識し、ため息をつく。窓の前まで行って体重を手すりに預け、スマホで正確な時間を確認する。3時50分になったところだった。昨日ここに来た時には4時すぎだったはずだから、美山さんはまだしばらく来ないだろう。

 おもむろに例のUSBメモリを取り出してぼーっと眺める。これは、彼女にとってなんなのだろうか。

 

 果たして、彼女は予想よりも早く来た。彼女は鼻歌を歌いながら教室に入ってきて、僕の姿を確認するとそこで足を止める。位置関係的には昨日と逆だろうか。

「あ、あれ神道くん?またあったね」

 美山さんは昨日と違ってすごく落ち着いた様子だった。彼女の状態はどうでもいいのだが、さっさとミッションを済ませてしまいたい。さっきポケットにしまったUSBメモリを取り出して、彼女に見せる。

「これ、美山の?」

 彼女は'それ'をみて近ずいてくる。手を伸ばせば届く距離までよってきて、質問に答える。

「そう、私の。」

 そっか、とだけ返して'それ'を手渡す。彼女の横をすり抜けて教室のドアに手をかける。刹那

「読んだ?」

 彼女の声、すこし体が震えるのを感じる。

 少し足を止めてしまったが、すぐに動きを再開させる。

 結局、質問に答えることが出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る