第十九話 Like?


「あれ、スノウ。」


ブランはいつものように様々な武器を持って訓練室に入った。

そこには、過去の姿で訓練室の床に氷を張ってスケートをしているスノウがいた。


思わず見とれたが、直ぐに気を取り直しスノウを見つめる。


「あ、やっほ」


スノウは変わらず気さくに手を上げ、滑らかに滑りながら近づく。

その最中に床を張っていた氷はスノウの滑ろうとするコースを除き、消えていった。


その一連の様子と姿をよく見れば───


「うん、やっぱりきれいだ。」

「───っ。あーはいはいどーもー。」


やはり出る言葉はそれであり、それを聞いたスノウは後ろを向いて滑って一度離れる。

ブランにはわかっていないが、だれが見ても恥ずかしいというのは火を見るより明らかである。


そこまで言って、ブランは思い出す。

そういえばいつもはフロウに足の機能を貸しているはずだ。

しかし今のスノウは御覧のように足を使えている。

それはすなわち、フロウはいま魔族としての姿で地上を歩けていないことになるのだが。


「今日はフロウは大丈夫なの?」

「いまフロウは実家に帰っているからね。」


ああ、なるほど。

実家は海と聞く。

であれば、確かに地上を歩く足は不要であることが理解できた。


「じゃあスノウのその姿も、暫く見られるんだ。」

「えっ、いやあ。姿は戻すよ、後で。」

「・・・そっか。きれいだと思うけど。」


見せられたものじゃない、と自虐を含んだスノウの言葉にブランは残念に思いながら綺麗と伝えるが、問題はそればかりではなく。


「・・・この姿じゃ、外に出られないから。」


そういう、現実が襲い掛かってくる。


「・・・いつか、その姿で出られる日は来るのかな。」

「無いと思うなー。いつもの姿が今は好きなんだ。」


しかし本人としては、いつもの姿で出られない事実よりも


「いつものほうが───あたしらしい気がするんだ。」


変身した姿こそ、自身の本質として相応しいと思っているから。

その言葉にブランは、ああそうなんだと。

悲観することは一切なく


「そっか、スノウがそう言うならそれでいいよ。

俺はどっちのスノウも好きだから。」


いつものように、自身の好意を伝える。

だが今回はいつもと違うようで───


「・・・好きって言うけど、君のは。」


────その言葉に、ブランはズシリと重い感触を胸に感じた。

























・・・・・よく、覚えていない。


「いいよ。これはきっと、俺が理解しなきゃいけない話だろ?」


それは、ああ自分でもわかっている。

けれど、その言葉が出た前後のスノウの言葉が痛かった。


「わかんない、よねえ。ははっ。まあそうか。まだまだ坊やだ。」


スノウがからかうように言ったそれは、なんだかいつもと違ったように聞こえて。


「・・・そうだねえ。まぁ、どうせ他にはいないだろうから待ってあげるよ。

君にも、もしかしたら別の・・・があるかもだしね。」


その当たり前なはずのもしも、という言葉がとても寂しくて────胸が痛んだことを覚えている。


「・・・今日は、一緒にいてほしい。」


俺から出た声は、自分ではとても弱い言葉で・・・とても情けない。

それをスノウは、いつもの姿になりながら撫でながら"いいよ"と答えてくれた。

またこんな扱いで、と噛みつこうとする気力もなく。

ただその優しさに甘えるしか、今はできなくて。


辛そうだと、今日は帰ったほうがいいぞと、その言葉が今の俺には突き放されたように思ってしまって───とっさに、手を握ってしまう。

とてもとても、弱くて情けない。


弱くて痛くて、ふとした拍子の"もしも"の言葉に苦しさを感じて。


きっと誰よりも情けない子供のように、今日はスノウの部屋で一緒に眠りについた。

牙の抜けた、子犬のようにひっついて───。

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