第十二話 氷銀の魔術師

夏、すっかり暑くなった時


「・・・・・・・むぅ。」


スノウは相変わらずだらしのない格好で、今回は食堂に出現。

流石に外用の服を着ているが、テーブルに突っ伏してかき氷を啜りながら潰れていた。

こういう時にフロウがいたなら罵倒の一つくらい飛ぶのだが、今はここには居ないようだ。


「なにやってるの。」


そこへ、ブランが大皿をお盆に乗っけてやって来た。

大皿にあるのは、その更に見合う大きな骨付き鳥肉である。


「あたし?死んだ。」

「生きてるよスノウ。死んでるなら人工呼吸と心臓マッ────」

「はい、生きてます生きてますほーら!!」


残念なことに、ブランに比喩表現は通じない。

ブランのやろうとしたことをされたら、スノウはどうなってしまうのか分かったもんじゃない。

突っ伏していたが、勢いよく上体を起こした。


「ブランよ。腹の中はブラックホールになっているのかな。」

「なにそれ。俺はでかい方が食った気がするだけだよ。」


上体を起こした時に、ようやくブランの皿を見る。

あまりに大きな骨付き鶏肉に、スノウは笑うしかない。


「うーん、あぢぃ」

「さっきかき氷食べたのに暑いの?」


スノウすすり終わったかき氷の入っていた皿をひたすら見つめてる。

一方でブランは、豪快に鶏肉を一口。


「まぁね、はーー・・・これじゃ身体がなまる」


唸りながらも起き上がろうとはしない。

なまるとは言いつつも、やはり動こうという気力は湧かない。


なら一緒に走るか、となるがそれは出来ない。


「フロウに足をんだっけ。」

「まぁね。たまに返してもらう時はあるけど。

あたしもこれでいて戦える身だしなぁ。

まぁ、戦える、と言うだけで、戦闘向けかと言われたら少しちがうけど。」


フロウはクラゲの魔族な為、地上を歩ける足はなかった。

その為、スノウは契約の際に自身の足を付随にすることでフロウに地上を歩ける足を貸しているという仕組みになっている。


「車椅子全力で動かしたら運動に───」

「筋肉痛は絶対嫌だ。」






食堂から出て、廊下を歩く。


「あたしの魔術よりくそあ・・・レイゴルトの方が見応えあるよ。」

「あの人と腕試ししたいけど、スノウも全部見たいんだよ。」

「懲りないなあ・・・。」


そんな会話をしながら、レイゴルトの部屋を通過する。


「奇遇だな、今日も護衛か。」

「あ、うん。」

「あ、くそ兄」


部屋に戻ってきたであろうレイゴルトが、丁度スノウとブランと遭遇した。


「ちょうど良かった。ブランが兄貴とバトりたいってさ。

アタシは暫くやってなくて役に立たないだろうし。」

「・・・そう言うならリハビリ程度にやってみたらいいだろう。俺は構わんが。」


レイゴルトの言葉を聞き、ブランの視線はまたスノウに向く。


「えー。だってアタシ、タイマン向きじゃないのよく知って────いや、兄貴も・・・アレ?」

「俺も見たことがない。

その様子だと誰も見せていないようだな。」


ブランからの視線に圧を感じる。

この流れはかなり悪い予感がして、スノウは冷や汗をかく。


「・・・・・・気に、ならないよね!」

「見たい。」


現実は非情である。

コンマ数秒でブランは要求してくる。

一方でレイゴルトもまた・・・


「見たことがないからな、知っておきたい。」


という具合で、逃げ場など無かった。

スノウはため息をついて・・・


「しゃーない。じゃあ訓練所に。

・・・知らんからな、つまんなくても。」








─────訓練所にて。


「じゃあ離れてて。」


真ん中で、スノウは車椅子から降りた。

今のスノウはフロウに脚を与えていた為、立てなかったはず。

つまり今この瞬間、フロウから脚の機能を返してもらっていた。


ブランとレイゴルトは言われたとおり離れ、端に寄る。


「じゃ、はじめちゃうよ。」


スノウの足元に、魔法陣が展開される。

目を閉じて、姿が変わってゆく。


────否、あるべき元の姿に戻るのだ。

髪は雪のように白に近い銀になる。

スノウ=エクセリアという、氷銀の魔術師へと。


「──────。」


ブランは、言葉を喪った。

その様が、綺麗だったから。

そうまるで、雪の精霊か────或いはそう、天使のような。


「・・・そうか、あの時の君か。」


同時にレイゴルトは呟いた。

軍人時代にいた、小さな天才魔術師。

背丈や顔つきは当時より成長しているが、それ以上にその姿は見間違えようがなかった。


「この姿、久しぶりだなあ。


さて、代償は"凍てつく感覚"を対価に、アタシの手に凍える鋭い氷河の力を与えたまえ─────。」


水属性の派生による、氷の魔法。

更に一時的に自身から何かを代償に、魔法の効果を強化させる"代償魔法"の一部。


スノウの足元が氷の結晶のような陣で囲われて床が氷で張り詰める。

靴に、スケートのような氷の刃が生える。


スノウの周りに人形が置かれてある。

しかしスノウはそれに手を向けず、頭上に手を伸ばし、巨大な氷の針を創造する。

それはゆっくりスノウに落ちてくる。


それを見て、ブランは助けに行こうと足を前に進めようとした。


「────そう慌てなさんな!」


伸ばした手を、握りつぶす。

その針は四つに分裂し、更に────


「そーれっ、と!」


手に氷の槍を創造して握りしめ、飛び上がり回りながら分裂した氷の塊を砕く。

砕かれた氷は同時に人形に飛び散って、床に落ちて更に砕け散る。


スノウが着地した頃には、氷はまるで雪のように訓練所に降り注いだ。


「────君にはあたしが、どう見えた?」


その問いならば、ああもう決まっている。

ブランは、思ったままに口にした。


「天使に見えたよ。」


まるで自分とは逆側にいる、綺麗な綺麗な天使だと。

なぜならブランは、黒い悪魔な狼なのだから。


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