第十話 悪魔の鎖

夜、ブランはスノウの部屋に彼女が居なかった為に探すことになる。

部屋に居ないことは不思議ではない。

代わりに、フロウの部屋にいるのかもしれない。


そう思って、いってみたら────


「・・・まったく。」


案の定だった。

フロウのベッドで大の字で寝付いてしまったスノウがいて、その横でフロウは立っていた。

完全に呆れた視線で、見下ろしている。


「・・・なにしてたの。」

「飲んだくれのアホがいただけですよ。」

「そっか、スノウはアホなんだ。」

「失礼ですよ。アホではありません、ドアホですよ。」

「そっか、ドアホか。」


あんまりな会話である。

この二人は一応従者という立場なのを忘れていないだろうか。

そして何よりこれをもしスノウが聞いても怒らなさそうなのが、発言のフリーダムさを加速させていると思われる。

普通なら首のひとつでも飛びそうなのに。


「じゃあスノウの部屋に運ぶよ。」

「お願いします、うちは部屋の掃除を・・・」

「うーん・・・」


ブランとフロウは的確に役割分担し、スノウをブランは抱える。

寝てはいる、だが魘されているようだ。


「やきそばが、おそってくる・・・」


しかもしょーもない内容で。


「フロウ、"やきそば"って魔物なの?」

「いえ、昼に食べた焼きそば。噎せていたのでうなされてるだけだと。」

「そっか、食べ物か。」


まだ無知だったせいで余計な誤解をしそうだった。

フロウがそこに居たのは幸運だった。





「うぅん、たすけ・・・」

「夢の中は、助けられないのかな。」


スノウの部屋にブランは運びベッドに寝かせる。

まだ魘されている挙句、酒臭い。

ブランは気にしないが、酔いがうつりそうなくらいだ。

むしろ、そしてやはり。

夢の中では、力だけの自分は届いてないのだと直感で知ってしまう。

"守る"とは、いったいなんだろう────。



「ぅ・・・ちがう、こんなはずじゃ…」


そう思っている中、スノウは更に苦しそうにしている。

より、酷い悪夢を見る。

それをブランは、ただ・・・スノウの手を握るしか無かった。


「りょうかいしまし・・・いや、やめ、ごめんなさ・・・っ、はっ、はっ・・・」


呼吸が荒くなってくる。

悪夢の中でも、一際トラウマに触れる事象が、きっと雪崩のように襲いかかっているのだろう。


「ごめんない・・・みてる、しか、これ、しか・・・だれか、だれか──────


殺してくれ───────!」


ヒュ、と息を吸い、その手を握り目を覚ました。

あまりの悪夢で、汗を酷くかいて、目覚めは当たり前に最悪だ。


だが、いま、何と言って起きた?


ブランは自分の耳を疑った。

いま、大切な人は"誰か"にと懇願したのか?

なんだ、それは────。


表情は変わらないが、それと引き換えにブランの胸には燃えるほどの赫怒を滾らせる。


「────あれ、ここ・・・あたしの部屋・・・ブラ、ン???」


雫がひとつ落ちた。

ああまた、また。

誰かが殺しにくるわけでもない癖に、誰でもない悪夢なにかで泣いてしまうのか。

、なんて言ってしまう程に。


「────スノウは、死にたいと思ってるの?」


手を握り、離さないようにして。

スノウの目を見ながら、最悪な寝起きを無視して質問をする。


「急に、なんだよ。てか、どうしてここに・・・。」

「答えてよ。」


はやく、はやく答えて欲しい。

自身の出来ることが少ないことを知っているから、開き直ってしまっていた自分が呪わしいから。

それを埋めるべく、スノウの意思の話なのにスノウの意思をおしのけてまで答えを要求する。


「・・・さあ。」


───なのに、スノウは答えない。

薄く笑って、曖昧にはぐらかせる。


「────ダメだよスノウ。」


手を離し、襟首を掴んでこちらに引き寄せる。

この赫怒はなんだ、嫉妬か?

分からない、だがとにかく。

殺してくれという懇願から何もかもが許せない。


「死んだら許さない。

地獄の底まで追いかけて、連れ出すから。」


それは、悪魔の契約のようにも聞こえる。

悪魔ブランを最初から拒絶しなかったばかりに、その時点で悪魔との取引は終わっていたのだ。

逃げることは、決して許してはいけない。


「ぐぁ、ブラン、おちつい・・・」

「俺は本気だよ、スノウ。

スノウの為なら何処にだって行くよ。」


止まらない。

忠誠ではなく、隠すつもりのない執着をスノウに与えていく。

襟首を捕まれ、静かに焼かれそうな感覚に陥ったスノウは、ようやく酔いを醒ます。


「・・・だめだよ、ブラン。君には君の未来がきっとあって、

あたしはね、皆の未来を見てるだけで、十分なわけで────」

「ごちゃごちゃうるさいよ。」


より声色を強く、理屈を遮ってねじ伏せる。

どうしてこっちを見ないのか目を逸らさないでくれよと。


「────っ」


あまりの強い遮りに、びくりと言葉が続かない。


「スノウは、何に怖がってるの?

俺には分からない。俺にはどうしようもないの?」


分からないから、ブラン自身も怖くなる。

何もできないのか、と。

傍にいる以外、何をすればいいのかを。


「あたしはね、あたしがこの先見る未来にある、もしもの悲しい未来を見るのが、怖いのさ。」

「俺は止まらない。止まれない。 スノウが怖がって留まる未来なんて、そんなことはさせない。」


スノウに対するブランの言葉はあまりに必死で、そしてどこか噛み合わない。


「・・・あたしに、君は何がしたいんだ。」


何がしたいのか、と問われれば。

そう、決まっている。


「スノウが幸せになって欲しい。

俺に出来ることなら、なんだってやるよ。

今のスノウは、幸せなんかじゃないから。」

「・・・なら、君の幸せを」

「それじゃ何も変わらない。そんなことなら、俺の幸せを願うなら・・・俺の幸せに、スノウも連れていく。」


もし満たされているというのなら、その悪夢はなぜ今も蝕むと言う?

そんな事は在っていいはずが無い。

だから、理屈なんて知らない。

どうにかしたいのだから。


「・・・へ。」


それがそう、あまりに熱烈な告白のようだったから。

永遠の愛を誓うかのような言葉だったものだから。

スノウの顔は真剣な言葉につい、熱が灯ってしまう。


「でも、それって・・・こんなお荷物がアンタにくっつくってことだぞ!お前、何言ってんのかわかってんのか?

それに、それはとても大事な決断だ。もっと、その、学んでから、きめてほしい・・・。」

「だったら学んだ後にだって言うよ。俺はスノウを連れていくって。」


残った自己嫌悪でそう伝えたままでも、当たり前のようにブランは返すものだから。


「・・・ぉ、おぅ。じゃあ、学んだ上で、かわらないなら、もう一度言いに、来てみろや。」

「うん、俺は必ず連れていくよ。」

「・・・・・そ、そ、そかぁ」


言い返す度に言葉が弱くなり、ブランから帰ってくる言葉がシンプルになる。

スノウは顔の熱が、まだ酔いのせいだと思う思いたい。


「わっ」


そう言っている間に、ブランはスノウをベッドに寝かせる。

ちゃんと寝かしつけるのも従者の仕事だから。

スノウは、それどころでは無いが。


「ちょ、顔が近い近い!」

「寝れないの?」

「いや、その、おま、まず、そのいまこれじゃ心臓がパーンしちゃ」

「なんで?」

「そこっ!そこですよおくさんまなぶところはぁ!!いやぁ参ったなぁHAHAHA」


テンパってスノウは自分でも何を言ってるのか分からない。

それはただしい。ブランもなにを言ってるんだろう、という目だ。


(なんだこの状況はァ!)


スノウ、心の叫び。

寝かされるし、見てくるし。

たぶん寝付くまで離れてくれない。

気絶させてくるよりタチが悪い。


そして気絶した原因が、キスだったと思い出してしまったものだから────


「おやすみ!!」


あまりに恥ずかしくなって、狸寝入りを決め込んだ。

それが、悪手だったと気が付かずに。






「寝た?


汗かいてる、大丈夫かな。


拭いてあげなきゃ」


顔が近い、タオルで汗を拭くためとはいえ触れてくる、近いから囁くような声になる。

結論────



「っ、今度は囁いて気絶を狙う気かァ!!!」


────眠れるはずがない。

当のブランは、何も分かっていないようで首を傾げる。


「だーかーらー!!こないだはお前がキスったせいであたしは恥ずかしくて頭とんじゃっ______あ。」←


今にも茹で上がりそうな赤い顔。

勢いに任せて言ってしまったものだから、自爆してしまった。


「えっ」


そして、それが可愛いと思ったからか、ブランはスノウの肩を掴み────。


「────。」


唇にキスをした。


スノウの思考は瞬く間にシャットダウン。

見事にノックアウトした。


「あっ」


またやってしまった、ブランはそんな顔をしたが。

とはいえ寝てくれたのだから。


「ま、いっか。」


そうブランは一人で結論づけたのだった。

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