第八話 接吻後



今日もブランはアルに教わり、勉強する。

その休憩時間、ジュースを飲みながら雑談タイムもまた、おなじみになっている。


「今日スノウにキスした。」


吹いた。

アルの口からジュースを吹いた。

ブランの予告無しの報告は、核爆弾並のインパクトだった。


「げっほげっほ!なんだそりゃおまえ・・・え、マジ? 」

「ん。床汚れたよ」

「わかっとるわ!!あーちょっと待て、落ち着いてから聞くわ。」


休憩早々、ブランの報告にて床掃除をする羽目になった。


で、掃除をしながら雑談は続く。

ブランは何が起きたのか、拙くもちゃんと説明しきった。


「・・・あいつ意外と乙女だな。」

「おとめ?」

「女の子らしいってこと。」

「スノウは女の子だろ?」

「うん、おまえに比喩表現が伝わらないことを理解した。」


話のキャッチボールが出来ない、辛い。

少しでもコミュニケーションが高度になると、これである。

先はまだまだ長いなと、アルは頭の片隅でそう思いながら遠い目をする。


「フロウは何て?」

「なんか酒臭くなかったかとか心配された。しかも消毒されかけた。」

「そこかよ。そこまでやるかよ。」


もっとこう、主の貞操というか、乙女さを気遣えよ。

そう思わずにはいられなかったが、仕方ない。

フロウも意外と倫理観危ない系かもしれない。

・・・いや、消毒液はまた別の理由があるんじゃないか?

想像してみるが、やはり分からない。


「ま、まあ良いや。でもキスしただけで話は進んでないらしい。

ただのアクシデントで済むか、これをキッカケに何か変わったりするかねえ・・・?」

「なんの話し?」

「何でもないさ。というか何も言えん。」


腕を組み、アルは唸る。

悩みはしたが、しかしまだ何か口に出せる段階ではないのだ。


「多分他のやつに聞いてもそうだ。そればっかりはスノウと考えてくれ、てだけ。

手助けはするが、他の奴にはしない方がいいぞ。」

「しないよ。」

「お、おう、そうか。」


てっきり「なんで?」と言われると思ったアルは困惑する。

まじでスノウ限定なんだな、とつくづく感じさせられる。

しかもこの感情は、一方通行になっているとかでは無いのがまた面白い。


「とはいえ・・・うん、頑張れ少年少女・・・。」

「・・・?うん。」


休憩時間の最後はそう締めくくられた。

言葉の真意は伝わらないだろうなぁ、とアルは後に呟いたという。







一方で


「ぬおおおお・・・!」


スノウはある日、とにかく仕事に没頭した。

とにかく今は何も考えたくない。

悪いこと、ではないのだが。

考えてしまうと、がある。


そんな、今は何も聞き入れませんよと言わんばかりの状態のスノウの部屋の扉からノック音が聞こえた。


「いません。」

「いるだろう、スノウ。」

「いません、寝てます。」

「白昼夢か、入るぞ。」

「いませんおやすみなさい。」


居留守がこんなに下手なのも他にいないだろうな、と。

ノックをした男はそう思いながら、ドアを開けた。


はいってきたのは、スノウの従兄であるレイゴルト。

車椅子を押して入ってきた。

事情があり、車椅子を別の部屋に置きっぱなしにしていた為、こうしてレイゴルトが届けに来たというわけだ。


「あ、車椅子が帰ってきた。くそ兄と一緒に。」

「俺がついでか。」


慣れたように椅子から床に降りて、ほふく前進で車椅子に向かう。

レイゴルトは従妹の言葉を軽く返しながら、傍に止めてやった。


「まったく」


馴染んでからは中々図太いというか、厚かましいというかで、呆れるやら、感心するやら。

よじ登るようにスノウが車椅子に座るのを眺めながらやはり、レイゴルトはため息をつく。


「さて、そろそろ寝るんだ。」

「あともう少し!!色々あって仕事が進まなかったんだ!」


レイゴルトは少し驚いた顔をする。

寝ろと言って二つ返事で寝る用意をしたことなど一度も無かったスノウだから、まだ寝ないと言い張るのはいつもの事だが、問題はそこではない。


、など平時ではまず有り得なかったのだ。

その色々が、物騒な事ではないのは明らかなのに。


「まさか、今日のぶんか?」

「今日のはさっき終わった!!あと明日のと明後日のと明明後日の───」

「終わっているじゃないか。」

「あああっ、いまいいとこー!」


とはいえ、やり過ぎな事には変わらないので没収である。

仕事を没収された際に吐くセリフでは本来ないのだが、もう誰も突っ込まない。

確かに今日はスノウにしてはペースが遅いが、それはそれである。


「ダメだ。全く・・・。

しかし珍しいな。今日のすら、さっき終わったとは。」

「い、色々あったんだよ。」


レイゴルトの発言に、仕事を取り上げられて素面に戻ったスノウはのか、顔を赤らめた。


「そのほら、だからとにかく仕事してごちゃごちゃをどうにかしたくて─────うおおおおお!!」

「髪を食べるな。」

「ぶぶぇえ」


唐突に自分の髪を食い始めたものだから、レイゴルトは軽く頭にチョップした。

それに対するスノウのリアクションは、ぁりに汚かった。

今どきチョップされて、こんなわざとらしく汚いリアクションをする女性もそういないだろう。


「さあ、寝る準備をするんだ。

それともブランとフロウも呼ぶか?」

「ぶ」


とある名前を聞いて、スノウは今度こそ顔を真っ赤にして固まった。

それを見てレイゴルト、また驚いた顔をしてから少し笑みを浮かべる。


「な、なんだよ」

「さあな。」


察しているのか、しかし敢えてレイゴルトは何も言わない。

珍しく楽しげなので、スノウはこれ以上恥ずかしい場面に追い詰められないように、慌てて寝る用意を始めた。


「寝る!寝るから!呼ばなくてもいいから!」

「よろしい。」


これは今後、実りのある話になりそうだなと

レイゴルトは満足しながら部屋を出ていった。

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