第七話 衝撃の接吻

「んん………」


スノウは布団から目を覚ます。

苦々しく、そして嫌そうに、いや恐れるような顔をして

ぐっと、自分の胸ぐらを握り、顔を下に向けたままうごかなかった


それはあまりに懐かしく、そしてなにより嫌いな夢をみた。


そんな時、タイミングが良いのか悪いのかドアからノックの音が小さく響く。

スノウは頭の中でまだ早いだろ、という悪態をつきながら、車椅子に乗る。

だらしのないワンピースが、彼女の生活感をこれ以上なく表しているだろう。


「おはよう」


扉を開ければ、そこに立っていたのはブランだった。

モーニングコール、のようなものだろうか。


「・・・おはよう。ホントに執事みたいな事するんだな。」


寝起きというだけの理由ではなく、やつれたような顔でもありながら出迎える。

嫌という感情は無かったが、とにかく夢が酷かったためにいい気分で出迎えられない。


「・・・何かあったの?」


そうもなれば、流石に心配もされようものだ。

ブランの言葉に、これは言いたくないがためか顔を背ける。


「・・・悪い、夢を見ただけだよ。」


ただそう言って誤魔化したいが、やはりというかブランの視線は真っ直ぐにスノウに向いたままだ。

そう見つめられたままでは、スノウにとっては居ずらく。


「・・・ほら、君は行きな。朝飯あるだろ?身長、伸ばさなきゃだ。」

「もう俺は伸びないよ。」


精一杯の言葉だったが、重いカウンターが帰ってきた。

まともに成長期で栄養が取れなかったがゆえの末路は、必然的に18歳でありながら低身長に留まってしまっていたのだから。


「スノウは食べないの?」


その質問にスノウは"ああ"と反応して


「わたしは、あんまり・・・。」

「そっか」

「あ、ちょ」


スノウが回答をにごしたあと直ぐに、ブランは割り込むように部屋に入ってきた。

その曇り具合を感じ取ったのか、何か出来るか分からないけれどとにかくじっと出来なかった。


「・・・どうした、なにもないぞ。」

「いいよ。」


気遣いからか罪悪感からか、出た言葉をやはりブランは関係ないと、壁にもたれかかって立っていた。


「・・・好きなとこ、座りな。」


敵わないな、仕方ないな、なんて思いながら出たスノウの言葉。

それにブランは頷いて椅子に座る。


さて、こうして誰かいてくれるわけだがやはり、さっきの夢がスノウを蝕んだままだ。

ブランは顔を覗き込むようにじっと見つめる。


「・・・夢っていいものじゃないんだ。」

「いい事も、悪い事もある。けど今日は、すごく悪い。」


それもとびきりに。


「・・・そういう時、どうすればいいかな。」


ブランはどうしていいか分からない。

悩んでみたが、何も見つからない。

だから聞いてみるしか無かった。


「・・・あたしがそういうのを見たら、寄り添ったり、話を聞けそうだったら聞いてあげたりするかなぁ。」


それくらいなら、できる。

そう思ったからブランは直ぐに実行する。

ブランは椅子から離れて、スノウの横に座った。


「・・・どした?」


何も言わずの行動に、スノウは首を傾げた。

先程言った内容を、自分に向けて実践されるなんて露ほども思ってない。


「スノウが言ったんだろ、寄り添うって。」

「わ、わたしは別に・・・。」

「俺はスノウの執事なんだから。」

「え、そうか。そうなのかな・・・。」


だから自分に向けられていると分かった時には、戸惑いを隠せなくて。

ブランにとっては嫌な顔をされてないならば、大丈夫なんだろうと思っているため躊躇もない。

曲がることをそもそも知らないから、真っ直ぐに決めたことを実践する。


それがあまりに迷いなく、真摯に向けられているものが分かってしまったから。


「ありがとね。」


そう言いながら、ブランの頭を軽く叩くように撫でる。









「いやあ、これが美男美女なら襲うんだろうなぁ夜とか。」


だがしかし、そんな綺麗な話のまま終わらないのがこの女である。

余計な入れ知恵のつもりなのか、彼女の性格から出てしまった言葉なのか。

なんのともあれ、台無しである。


「武器ならあるから大丈夫だよ。」


が、当然通じない。

お約束のズレた回答が返ってくる。


「そうじゃないさね、男と女がこう、ね??好きなものを見るとこうね、ここがこう、いやぁダメだこれ。ショタには早いな」


知識もボキャボラリーもほとんど無いのだから濁した表現が通じるはずもなく、結局何一つ通じないブランは首を傾げるばかりだ。


「・・・愛しくて、触りたいなぁとか、ちゅーしたいなーとか、この人となら一生をともにしたいなぁとかな人が出来たら分かるよ。


まぁまずは心と体の勉強だな!」


自分から言い出して何言ってんだ、とスノウは心の中で思った。

──余計な引き金になってしまったとは知らずに。


「な、なんだよ。」


またしても、ブランはじっと見つめる。

愛おしい?

触りたい?

ちゅーしたい?

一生をともにしたい?


ああ、なるほど─────。


「こう?」

「っ!?」


突然に、ブランはスノウの顎に手を当てた。


「ちゅー、て口と口だよね。」

「そう、だけど」

「だめ?」

「だからそれは─────。」


そして、ブランは畳み掛けるように質問した。

そこでスノウは明確に拒否しなかったものだから────


「──────!?!?」


唇と唇が、短く接した。

押されに押され、この行為・・・つまりはキスをされたスノウは、硬直した。


「・・・へぁ。」


唇が離れると、恥ずかしさと驚愕で変な声が漏れた。

脳内が暴れて弾けたような気がしてきた。


「ダメだった?」


一方でブランは平気な顔をして、首を傾げて聞いてくる。


「・・・こーゆーのは・・・恋人とか、に、す、するや」

「そうだったんだ、ごめん。」


言い切る前に、淡々と謝る。

完全にペースが握られている。


「恋人はとってもとっても・・・大事で、生涯をお互いに背負いあって・・・とても、良いもの。・・・らしい。」


他のカップルたちを思い浮かべ、恥ずかしくなって顔が赤くなり、覚ました目をあちこちに動かす。


「スノウは大事だし、スノウは生涯守るつもりだけど。

・・・背負い合うって、分からないな。」

「まだまだ、勉強、だな────」


ブツブツ言うブランに、聞こえてるスノウはふ、と意識を飛ばしてベッドに寝転んだ。


「・・・あれ?」


気絶している。

あまりの羞恥と頭に流れる情報量の多さで、参ってしまった。


結局フロウの世話になってしまった二人。

この二人、実はファーストキスだった。

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