第五話 尽くす


「・・・ブラン。」

「なに。」

「質問いいか。」

「いいよ」


それは、スノウの部屋から出た際のことだ。

スノウの部屋の前で待つブランと、気になることがあり残ったレイゴルト。

そして気になることを、これから質問することにした。


「何故、スノウにあれほど入れ込む」


誰でもわかる。気持ち悪いくらい異常だと。


命を助けてもらったから、恩義を尽くそう。

その思想は理解するし、お前も似たようなものだろう、と言われれば耳が痛い。

ただ、レイゴルトにとっては自分と同じ理由でスノウに尽くそうとしてるようには見えなかった。


「あんたなら知ってるだろ、理由。助けてくれたからだよ」


なるほど、本人にとってはその一点からの始まりだ。

本人にとっては理屈が通っているのだろうがしかし───


「その上で聞いている。ブラン、お前の人生において助けてくれたのはスノウだけではなかったはずだ。」


引っかかるのはそこだ。

最近で言うなら、滄劉の防衛軍にいるマシロ=アストレアが助けてくれた人物のはずだ。

一例を挙げればこんなに容易いのに、


第三者からして見れば、これまた当たり前の疑問にたどり着く。


「解放してくれたからだよ。」


対し、ブランの回答は早かった。


「産まれて初めて、誰かに何かから解放された。」


少年はそれを本能的に大きな意味を持つと感じていた。


産まれてからは、誰かから何かを奪うことしか出来ない。

それが出来ねば殺される。

力を手に入れるあの場所じゃ、常に鍛えるか試される。

それがダメなら捨てられる。


そして最悪なことに、手に負えないと殺されかけた。


「スノウは解放してくれた。」


だから、あの時に救ってくれたはブランにとっては何よりも大きかった。



「思ったんだ、自由を漸く手に入れたんだ、て。」


自由を得る。

それは縛られ続けることを嫌う、命が無意識に求めるモノ。

自由を以て、ようやく命は命たらしめると。

ブランはそう無意識に感じていた。

ああ確かに、研究所に誘ったアグニオスや、力をくれた人々も確かに恩人だ。

だが、自由を与えたのは他の誰でもない、スノウただ一人だった。


だから────


「俺はスノウに命を貰ったんだ」


こういう結論に至る。

知らぬ世界で人はどうすればいいか分からない時、かつて縛られた頃の行動を参考とする。


だから結論もまた重苦しい鎖を自分から縛る。

それを幸福か、不幸か、感じるのはそれぞれだが、ブランという少年は幸福と感じ取った。

その他の幸福も不幸も知らないから、環境の良さよりも、慣れた在り方でいた方が居心地がいいから。


「────俺はスノウに命を貰ったんだから、スノウの為に使わないといけない。」


それが、今のブランの全てだった。

これほど重い結論があったか。

レイゴルトには理解しきれない。

だが他人とも思えない。

尽くす先が、理由が、全く違うとしても。








「─────で、私に話が来たと。」


休憩室にて、錬金術師であるアルトゥール=ゲオル=パラケリア真剣な顔で話を聞いた。

珍しいことに、レイゴルトからの相談である。

愛称アルと呼ばれる女性は、ふむ、と一度考えて姿勢を直す。


「おまえのことだから、まぁ厄介払いってやつじゃなさそうだけど。」


レイゴルトほどの人物ならば、面倒だと言って捨てるタイプではないのは誰でも知っているくらいの事だ。

それはわかるが。


「私が先生、ねえ。」


まさかアルは先生役になる等、イグニスが聞けば鼻で笑いそうだ。

というか実際のちに笑われた、そして蹴りで返した。

それはさておき、アルとしては先生役など未体験ゾーンだ。


その相手の情報が、貧困層スラムの中でも末期な地で生き残った18歳の男というだけでも腹一杯なのに。

人工融合種を創造する実験の失敗作だというのだから大変だ。


「・・・驚く程に伽藍堂、ね。」


本来ならば教育を受けるには遅すぎるのは明らかだ。

だからといって放っておけば、より悪い方向に転がるのもまた真理。


なるほど、教えるのに自信は無かったが、自分は期待されているらしい。

その伽藍堂な少年を、少しでも満たせるなら面白そうでもある。


良くも悪くも、アルの信念がうずく。

"楽しくあれ"

それは決して、軽い言葉ではない。

であるならば、よろしい─────


「請け負うよ。悪くない話だ。」


錬金術師は不敵に笑う。

どんな人物が直接見た訳でもないが、やる気は出てきた。


「・・・感謝する。」

「気にするな。また機を見て、私に伝えてくれ。教材は用意するさ。」


そう言ってアルは立ち上がる。

そうと決まれば、早速行動だ。








数日後、ブランの部屋。


ベッドやタンス、といった必要最低限以外のモノがない部屋で、ブランとレイゴルトは向かい合う。

何か用?と首を傾げるブランに、レイゴルトは回答する。


「お前に教育してくれる人物が見つかった、支度するといい。」




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