第四話 羞恥はどこに?

訓練所でたむろして身体を慣らしていたブランだったが、一時中断して廊下を歩く。

護衛は必要ないようだが、その上でも様子を見に行くのが従者のはずだ。

とはいえ、現状は勝手について行っているだけなのだが。


さて、事前に知っておいたスノウの部屋の前についたブランはドアノブに手を伸ばす訳だが。


いま、スノウの部屋の中では───


「あぢーーーーーー・・・」

「服をきちんと着た上でいえこのおバカ。」


スノウがスポブラに大股開きでボクサーパンツを晒してソファに寝転がり、その従者であるクラゲの魔族フロウが呆れた眼で見下ろしていた。


あまりに間抜けだ格好であり、とても誰かに見せていい姿では断じてない。


「何してるの?」


だがしかし、入ってくるのは大抵それに見慣れたか動じない連中である。

ブランもその一人で、当たり前のように入ってきた。


「あらどうも。」

「だーーーーーお前、ほんと物好き。なんか用事ぃ〜?」

「何も無いよ。様子が気になっただけ。」


視線がブランに集まる。

スノウはえー、という感じだが、フロウは違う。

動じてはいないが、普通に考えて失礼極まりないソレに危険視しているのか、若干視線が険しい。

しかしながらブランとしてはまるで気にする様子はない。


メイドはこの人かな、なるほど。

そういった感情しかない。


「あっついから涼んでんの。」

「羞恥行動では無いかなぁって思うけど。」

「チーぁーいーマースー」


スノウのやっている事は明らかに痴女に等しいはずなのだが、フロウの言葉を全く聞き入れる様子はない。


「しゅうちこうい、で分からないけど、だらしないのは分かるよ。」

「それもあってますね。」

「うーるさーいなぁ」


ブランの追撃の言葉に、フロウも同意。

しかしながら当のスノウはやはり懲りず、自分の腹を掻く始末だ。


「で、どうするのコレ。」

「正直な話、ちゃんと服を着せたいですね。」


スノウを指さしたブランの手を制してフロウが答える。

このままにしてはおきたくない、という当然の言葉だった。

であれば。


「わかった、服はどこ?」

「は?」

「・・・んーと、ウチがやるんで、アナタは寧ろなにも。」


端にメイスを起きながら言うブランに、スノウがまたしても間抜けた顔をし、フロウは困ったように眉を潜めた。


「そっか。力づくでやるなら手伝うつもりだったけど。」

「・・・ご自身がキッチリと男性だと言うことを自覚した上であり、さらに未通の主の素体に触れるということをしかとわかった上でお願いしたいのですけど。

兄やあのクソ剣とかならともかく。」


男性はともかく"未通"とは?

ブランは意味が伝わらず首を傾げる。


「そ、そうだぞ!!!なにかわかんないけど!!」

「分からないなら適当なこと言わない方がいいよ。

大丈夫、傷つけないから」

「教育が必要なのと色々必要ですね。アナタも主の頭も」


分かっていないのはブランもなのだが。

慌てるスノウに、ブランは淡々とズレた答えを返す。

フロウはため息が止まらない。

この空間には馬鹿が多い。


「くそあにー!!!!」

「・・・騒がしいと、前にも言っただろう。」


困った時の最強の保護者レイゴルト再びリターンズ

レイゴルトは半分自業自得な呼び掛けに律儀にもやってきてしまった。


「こいつがあたしを着替えさせるって言う!」

「ブランに常識が無いのは現状では仕方あるまい。

そもそも着替えさせるという話の発端はスノウのだらしなさではないのか」


しかしここはレイゴルト。

従妹の主張を正論で打ち返す。

これで納得してくれたなら良かったのだが。


「しかたないじゃんあっついんだもん!!!!!うるさいとパンツ脱ぐぞ!!」

「くそ主」


だがしかし、そこはスノウ。

余りにも見苦しい口答えと脅しを返してくる。

フロウからつい出てしまった暴言を咎める者は誰もいない。


「・・・。」


哀れ、スノウの味方は誰もいない。

最強の保護者レイゴルトは援軍ではなく敵の増援だった。

仕方がない。どう見たってスノウが悪い。

さて、この状況でスノウの答えは如何に。


「・・・・!」

「あっこらこのあほんだら!!」


逃走、一択である。

慣れた動きで車椅子に乗って、フロウの手を逃れ、ブランとレイゴルトの間を抜いて扉を超えるために、いざ─────


「へっ?」


車椅子が、浮いた。

スノウは唖然とした顔でフリーズする。

何か車椅子ごと持ち上げられたような感覚、いや正にそうだった。


「えぇええ!?」

「逃がさないよ。」


ブランはいつの間にやら車椅子の後ろに周り、片手で車椅子を持ち上げて逃がさないようにしていた。


「ちょ、力強い!ゴリラの系譜か!」

「なにそれ。」

「ぐえっ」


そしてスノウの叫びにブランは全く気にすることなく、車椅子を振ってスノウはベッドに放られる。


「ハイハイご苦労。服を持ってきてした。」


その間にフロウは着替えを取りに行っていた。

皮肉にも連携プレーである。


「さて・・・」


フロウの視線はブランに。

女の着替えに男は基本御法度である。

つまりフロウは、ブランが出るのを待っている。


が、ブランは首を傾げた。

野良犬に常識は通用しなかった。


「出ていって欲しいそうだ。

女性の着替えは男性が見るものではないからな。」

「わかった。」


そこに英雄のナイスフォロー。

なるほど、常識ならば仕方がない。

渋々でもなんでもなく、ブランはレイゴルトと部屋から出る。


そして、ブラン達が部屋を出る前に見たスノウの最期、もとい最後の光景は─────


「さて。」

「ひっ─────」


フロウが手をわきわきさせにじり寄り、スノウの顔が引き攣る様子。

これから行われる着替えを予感し、部屋を出た二人。レイゴルトはそっと扉を閉ざした。


「─────ぎゃぁぁぁあ?!」


ドア越しから轟く断末魔。

悪ガキの足掻きは露と散り、お仕置おきがえは果たされた─────。









「・・・助けなくていいの?」

「いつも通りだ。」

「じゃあ、いっか。」


そして断末魔を背後に、二人は実に淡々と部屋の外でそんなやり取りをした。

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