第一話 奇妙な再会


群の廊下。

ブランは周りを見渡しながら歩く。

知らない場所で、どうやら安全な場所。

多少の戸惑いはあるが、しかし気にせず進む。

探すべき人物はとうの昔から知っている。


無限に探して歩くくらい、もうすっかり慣れたことだ。

素足で悪路を進むに比べればどれだけ天国なのやら。


そうして、歩く、歩く、歩き尽くす。

そうすれば、ほら───


「んーーー・・・よく覚えてないなぁ…いきなりあんなこと言われても、ホイホイ覚えとらんがな。

まぁいっか!」


探すべき、尽くすべき人がいた。

訳分からないこと言ってるし、訳分からないものを齧ってるし、何故か車椅子だが問題は後だ。


だから少年は目の前を遮って語りかけた。


「俺の事、覚えてる?」


それを聞いた彼女はフリーズした。

そして顔をまじまじと見て、思い出すような仕草をして。


「どちらさん??」


ボケでもなんでもなく、素で聞いた。


「ブランだよ。ゆうごうしゅ、だっけ。あの実験にいた。」

「あの実験??」


しかし、やはりと言うべきか。

ブランは名乗ってもスノウは思い出す気配がない。


それもそのはずで。

群に来る前から、いろんな違法な施設の邪魔してはさりげなく居なくなったりして逃げたりでよく覚えてるわけも無い。


「ごめんねーぼくー、あたし全然なんだわ。

とりあえず初めましてだ。」


本来ならば、ショックを受けることだった。

長い間再会する為に歩き続け、ようやくたどり着いたのに相手は何も覚えていない。

誰も悪くないからこそ、やるせなさだけが残る、はずなのだが。


「そっか。でも俺は覚えてるからいいよ。」


ブランにとっては、何も気にすることではなかった。

相手の記憶に自分が居なくてもいい。

所詮、いつ野垂れ死ぬかも分からない野良犬のことなど、いちいち気に留める方が異常なのだから。

成したい事はただ1つしかない。


「俺はあんたに恩を返しに来た。

俺はあんたの為なら、なんだってするよ。」


救われたのだから、尽くさなければならない。

ブランにとっては当たり前の法則だった。

救った人の為に命を尽くすことに酔いしれているわけでもなく、それが当たり前だと思ったに過ぎない。


とまぁ、良くも悪くも覚悟が決まっているが、それはあくまでブランの都合なので───


「・・・はい???」


───スノウは間抜けた顔を晒して、こう反応するしかない。

スノウの反応は極めて正常である。

いきなり現れてあなたに尽くします?

なにそれこわい。普通ならお近付きになりたくない人種である。


「契約してくれるなら、もっと良い。それならアンタを狙う奴を簡単に消せる。」

「いやいや待って、話が見えない。ていうかあたし、もうメイドと契約してるし・・・。」


お構い無しに淡々と話を続けるブラン。

話を進ませまい、とスノウはまったをかける。

なるほど、契約は出来ないと。

そうか、ならば。


「そっか。じゃあ他に契約してくれそうな人、知らない?」


即座に切り替えてブランはそう尋ねた。

別に誰でもいい、邪魔者を潰せる力さえあればいいのである。

無論、これもブランの主張でしかないわけで。


「ええ・・・こ、困ったなぁ。

と、とりあえずあたしじゃなく違う人に聞いた方がいいと思うよ〜。」


車椅子を動かし、通り過ぎようとする。

こんな時は関わりをなるべく終わらせるに限る。

存外に冷静な判断だったがしかし・・・


「そっか、後で探すよ。」







(なんか着いてきてるー!?)

(何か命令とかないのかな。)


相手が悪かった。

スノウが車椅子を進める後ろから、ブランは当たり前のようについてくる。

野良犬に下手に餌をあげてしまった末路である。

決してスノウは悪くないのだが、とにかく相手が悪かった。


さて、どうしようと。

途方に暮れそうになった時、スノウは救いを見た。


「あ」


気づくや否や、スノウは行動を開始した。


目の前にはドア、標識にはスノウの従兄であるレイゴルトの名前。

手を握りしめ、そして叩いた。


叩いた。

叩いて叩いて叩いて叩く。


明らかに過剰に力を込めて何度も何度も絶え間なく。

出てこい兄貴、居なくても出てこい。

お前が出るまで叩くのをやめない。


「・・・騒がしいぞ。」


そんなあまりにも横暴極まりない主張に、やはりというか従兄は応じてしまうわけで。


「おら、お前の可愛い可愛いうら若き妹にショタのストーカーがいる、どうにかしろしてください。」


一方で、従妹の方も切羽詰まっていた。

確かにブランの見た目はショタだし、行動は傍から見ればストーカーである。

ゆえに、困った時には最強の保護者レイゴルト

群の一部の界隈では常識となっている。

そんな常識は廃れることを祈るべきなのだろうか。


「・・・その少年がついさっき見せた資料の人物だ。」


一方でレイゴルトは冷静だった。

つい最近、資料をスノウに渡していた時に書かれていたのがブランである。


「おじさん、俺のこと知ってるんだ。」

「資料でな。」


ナチュラルにおっさん呼ばわりされたレイゴルト。

実際年齢的にそうなので否定しないレイゴルト。

あまりにも恐れを知らない言葉に知らぬ者が聞けば言葉を失うだろう。

結果はご覧の通りだが。


「え?いつ?一昨日?」


そしてスノウは渡された資料をちゃんとインプット出来てなかった。

わざとに聞こえるかもしれないが、残念ながら素である。


「・・・まぁいい。やはり手を焼いているらしいな。」

「俺が何かした?」

「なにって、さっきから着いてきて・・・」


呆れるレイゴルトと、首を傾げるブラン。

スノウからしてみれば、着いてきておいてその言い草はないだろうと言える。


「護衛するなら近くにいないとだめじゃない?」


だがブランにとっては護衛のつもりだった。

ありがた迷惑に他ならない為、レイゴルトはツッコミを入れることにする。


「此処では不要だ。」

「あんたに聞いてないよ。」


恐れ知らずとはこのことか、レイゴルトの言葉を聞く気がない。

尽くすべきはスノウであり、それ以外は知ったことじゃないを地でいっている。

極めて危険である。


「へるぷ」

「何を助けて欲しいの?」


スノウの言葉にブランが反応する。

違うそうじゃない。

この野良犬から自分を助けて欲しいという主張である。


「ややこしくなったな・・・とりあえず今は着いてこなくていい、でいいんじゃないか?」


レイゴルトはこめかみに指を抑えながら言う。

自分の言葉でダメならば、他ならぬスノウが言えば解決するのではないか、というやつだ。

だが認識が甘かった。


「伏せ!ステイ!」

「ややこしくするんじゃない。そして本当に座るんじゃない。」


この従妹バカは、こういう時にボケる。

そしてボケは伝わらず、ブランは本当に胡座をかいて座った。

渡る世間は馬鹿ばかりでは無いことを、ひたすら祈りたくなる。


「そのまま動くなよー・・・」


じりじり、と。

スノウはバックしていく。

ブランは何をやりたいのか分からず座ったまま首を傾げている。


そして─────


「さらだば!」


一目散にスノウは逃げた。

着いてこい、と改めて言われなかったブランは座ったまま見送ることしか出来ない。


姿が見えなくなって、ブランは横にいるレイゴルトを見上げる。


「・・・何がしたいの、あの人」

「俺に聞くな。」


やはり首を傾げるブラン、そして深いため息をレイゴルトは残すばかりであった。

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