第4話"旅立ち"
あれからブランは、人間ではなくなった。
正真正銘、身体の造りから変えられてしまった彼は、正しく怪物に、そう魔族になった。
変わったことを順に語ろう。
死ぬほど、丈夫になった。
外皮も、内部も、人ならば間違いなく死んでいたであろう損傷を、難なく突破してみせた。
次に、異常に力が強くなった。
明らかに従来の体格では有り得ない重いモノを持ち上げる。
人間では破壊出来ないモノも破壊する。
急激の変化により、力の加減を学ぶのに時間が掛かってしまった。
総じて、身体能力はかなり上がってしまった。
ブランにとっては、いい事の方が多いのだが。
周りにとってはそうではない。
周りからの眼が、明らかに変化してしまった。
恐れている、あまりに強くなりすぎた力に。
現象としては致し方ないことだった。
幸いなのは、現状ブランが暴走する気配がないこと。
ただ同時に、まるで何事も無かったかのようにそこにただ存在するブランが、不気味であったとも言える。
更に、数日後。
この研究をサポートしていた、アグニオスが突然研究から降りた。
それはつまり、ブランに何かあっても抑えられる術を喪ったこと。
研究員はある決断をした。
────ブランとバルバトスの、廃棄を。
「・・・やっぱり、こうなるかぁ。」
雪のような髪を靡かせた彼女は、その決定にひとり呟いた。
ブランは、特に何も気にしなかった。
訓練も楽になったし、食事は相も変わらずあって、寝床もある。
本人にとっては、何一つ不自由はなかった。
だが、その日常は唐突に訪れた。
─────研究所の各部屋が、突然連鎖爆発を引き起こした。
「・・・なに、何があったの。」
食事中、仕方なく立ち上がるブランは、爆発して穴が開いた壁から出る。
続く廊下では、研究員達が慌ただしく逃げ惑う。
誰かが襲ったのだろうか、だが侵入者らしき者なんて見当たらない。
燃え盛る廊下で、声を聞いた。
「ほら、こっちこっち!」
ふと振り向けば、その声の主はあまりに見覚えがあった。
「スノウ?」
疑問に想い、手招きするスノウに首をかしげながらもついて行く。
廊下を走り、スノウは先導する。
やがて着いた場所は、出口でもなんでもない、研究所の壁から。
「・・・よく聞いて、あんたは殺されそうだった。」
氷を感じさせるしゃべり方はもう、何処にもない。
ブランは違和感を拭えない。だが、それを疑うことは最初からない。
なるほど、知らぬ所で自分を殺す手筈が整っていたのかと。
つまり、ブランは命を救われたのだと理解する。
でも、何故?
その疑問を口にする前に、スノウは答える。
「力を恐れたんだよ、あんたの。
どの道、こんな感じの研究施設なんかはぶっ壊すつもりだったから、ちょうど良かったよ。」
別段、ここにいる人はそこまで悪い人じゃなかった。
殺しに来る人は居なかったし、衣食住も貰えたし、力も貰えた。
ブランにとっては紛れもなく、恩人だ。
たとえ殺すつもりにしても、それは未遂になったのだし。
「・・・勝手だけどさ。
でも折角だ、自由に生きてみなよ。
ほら、金だ。金がありゃ、楽にもなるでしょ。」
ブランに、押し付けるようにいくらかの金を押し付ける。
その触れた手は、暖かに感じる。
スノウの、一部を垣間見た。
それが何故か、魅力のようにも思えた。
命を更に救ってばかりか、ブランに対して祈るようなことを口にする。
彼にとっては、その行動や言動は運命にも等しかった。
「・・・じゃあ、私は行くよ。
ブラン、だっけ。元気で。」
「ぁ。」
踵を返して去るスノウ。
追うつもりで踏み出した先で、一瞬氷の壁がブランを遮る。
「邪魔・・・!」
氷の壁を破壊し、探そうとする。
だがもう、スノウは何処にも居なくなっていた。
あの中で、一番恩人だったはずの彼女に、ブランは恩を返せない。
それがなぜだか、そう・・・悔しいと、感じた。
「・・・見つけるよ、スノウ。」
なら、探すまで。
字は読めなくても、この力があれば、大概何とかなる。
ブランは決意する。
必ずや、彼女に全てを捧げようと。
孤独に、たった一つの目標を抱いて足を進める。
「俺はスノウに助けられたのだから、この命はスノウの為に使わないと。」
狂信者、或いは殉教者か。
その名も等しいブランは、名も知らぬ、まだ見ぬ場所を目指して走り出した。
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