第1話"生きる為に力を"



当時、彼には名前が無かった。

名前を名付ける誰かなど、とっくの昔に事切れた。

後は名も知らぬ、下手すれば名もなく、奪い奪われる誰かしか知らない。


心地いいとは思わなかった。

かといって、最悪とも思わなかった。

スラム街の略奪の日々が、当たり前だと思っていたから。



「・・・この、ガキっ」



ほら、今日も誰かが奪いに来た。

鉄パイプを振り上げて、血気盛んに殺しに来る誰か。

でももう、慣れてしまった。



「邪魔だよ。」

「か、かふっ、あが、が・・・!」



懐に入り、首筋をナイフで切り裂いた。

噴水のように、血は吹き出て息絶える。

人殺しの術が、日に日に上手くなる。

誇れた話じゃない。

人殺しに良いも悪いも考えたことは無いが、その術がないと生き残れないから身につけたに過ぎない。


それに、ただ一つどうしても足りないモノがあった。

それは────


「こいつっ、俺の弟を!」

「ぁ。」


────単純な、"力"。

体格の大きい相手に掴まれたら最悪だ。

振りほどくにも、力が足りない。

こんな小さな人間の体じゃ、抵抗になりはしない。



腕を掴まれた彼は、ナイフを奪われ、壁に向かって投げ飛ばされた。

痛い。

瓦礫だらけの地面だから、体が削れてゆく感覚がする。

慣れはしたが、やっぱり嫌だ。



「弟の仇・・・ッ!?」



よほど気が立っていたのか。

俺が倒れている所に、腕を大きく振りかぶりナイフで刺そうとした。

もっと楽に殺せる術くらいあるだろうに。


嘲笑う暇も、憐れに想う道理もない。

手に触れた瓦礫を手に握り、襲いかかった誰かにぶつける。



「っ・・・!?」



怯んだ。

せっかく手にした優位を、それだけで無駄にした。

気づいたとしても、もう遅い。



「痛かったよ、おじさん。」



後は瓦礫をぶつけて、ぶつけて、ぶつけて。

硬い皮膚でも持ち合わせぬ限り、ぶつけられて痛くないはずがない。

怒りのあまり後先考えない、戦車のような男の面影はもう、どこにもない。



「あああああ!!!?」



手にした鉄パイプを、脛にぶつける。

痛いだろう。なんの苦もなく、男は膝を着く。

頭に手が届く。なら頭を叩こう。



「がっ!?」



鉄パイプで頭を打つ。

血が出た。頭蓋骨は割れたか?

どうでもいい。死ぬまでやれば同じだ。



「がっ・・・ギ・・・!やめっ・・・ぶっ!?あ゛ああああ!?」



まだまだ元気だ。

だから、鉄パイプで殴り続ける。


殴る。

殴る。

殴る。

殴る。


・・・数える余裕などない、考えもしない。

そうして殴打を繰り返すうちに、やがて男は動かない肉塊と成り果てた。



「・・・危なかった。」



勝った、殺した、生き残った。

だがどうしよう、怪我をしてしまった。

絆創膏も包帯もない。

一度怪我をすると後が面倒だ。



「・・・でかいヤツ、うざいな。」



実感する体格による格差。

いま勝てたのも、運が良かっただけ。

あれがもし、的確に殺せる相手なら、今頃自分は死んでいた。



「・・・!」



物置がした。

すぐさま、大きな瓦礫の狭間で身を隠す。



「物音がしたぞ・・・。」

「見ろ、死体だ。・・・新しい。いや新しすぎる・・・。」



白衣を着た誰か。

いったい何時からいたのだろうか。

そこへ、更に物音がした。



「────空虚な匂いがするな。」



・・・知らない圧を感じた。

赤い髪、黒いコート。

見た目人間のように見えるアレを、少年は危険視した。


なんだ、アレは。

アレは違う。今まで会った誰とも。



「・・・善いな。力を授けるにはいい器だ。


そう思うだろう?狼少年よ。」



「「なっ!?」」




少年の近くで爆発した。

瓦礫は吹き飛び、少年の姿は顕になる。

白衣の二人は驚き、赤い髪の男は薄ら笑いを浮かべる。



「卿は、何が求めるかね?」



敵意はない。

ただ、問われただけだ。

だが本能で感じる。

求めれば、何かを奪われる。


───だがそれでも、理由なんて分からないけれど。

求めるものは既に決まっていた。



「力が欲しい。」



生き抜くにはただ一つ、力が要る。

それ以外、求めるものなんて知らなかったから。



「善いだろう、ならば私と共に来るといい」



薄ら笑いは、より深く。

良い玩具を見つけたと言わんばかりの態度で、少年を見る。



「卿からは────人間ヒトを貰おう。」



それは本来なら人間の身に余るはずだった、力の実験の勧誘だった。

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