ツヴァイプリンツェ
翡翠 蒼輝
00 プロローグ
これは、どこかの世界。その世界にある二つの国に住むお姫様のお話。
フィースフォリアとその隣国であるグレイクローシアはお互いに協力しあい、平和な国家を築いてきた大国だ。当然国同士の交流も盛んであり、行商人たちも頻繁に出入りしている。そして、その国の未来を担うお姫様たちの交流も……?
「クレシアー!!」
元気な声と共に扉を開け──ずにその少女は姿を現した。やや長めの黄緑の髪をサイドテールに結い、少し残した髪を反対の肩に流している。強気な黄色の瞳には今日も今日とて好奇心という光が宿っており、今すぐにでも飛び出さんという雰囲気が伝わってくる。
だが、その整った顔立ちと綺麗な髪とは裏腹に少女の服装は極めて庶民的。やや煤けたシャツにハーフパンツ。肩には全身を隠せそうな大きさのケープをかけている。
「遊びに来たよ! 今日は裏町にでも遊びに行こう!」
「あー、はいはい。楽しみなのはわかったから少しは落ち着きなさい」
天真爛漫な少女とは対照的に、部屋の主である少女は淡々と読んでいた本を閉じた。
長い銀髪をさらりと流し、少女を見る瞳は綺麗な青色を宿している。着ているのは派手ではないが、一目で良いものだとわかる水色を基調としたワンピース。このシーンを誰が見ても対照的だと答えるだろう。だが、二人の立場は全く同じ。正真正銘の国の未来を担うお姫様たちである。
フィースフォリア王国の長女フィルリア。グレイクローシア王国の長女クレシア。二人は対照的な性格ながらも親友と呼べる存在であり、このように定期的に遊んでいた。
「で、今日はやけに気合入ってるわね。普段なら私の部屋に来るときはお城の普段着じゃない」
「いや、それがさー聞いてよ。なんでかわからないんだけど、自分の部屋から空間転移が使えなかったのよ」
空間転移はフィルリアが得意とする空間魔法の一つであり、一度行った場所に自由に移動することができる魔法だ。フィースフォリアとグレイクローシアは隣国とはいえ山一つを挟んでいるため、そう簡単には行き来できないのだが、フィルリアはこの特技をもって自由に行き来している。もちろん、フィルリアの親や兄弟たちは心配するのでやめてほしいと言っている。
だが、それが今日に限ってなぜか使えなかったのだという。
「別に他の日にするっていう手もあったんだけど、なんかもう気分が遊ぶ気持ちになってたからどうにかならないかなーって思ってたのよ。そしたらちょうど慌てた様子で荷積みしてた行商人を見かけたから、ちょちょいと隙を見て乗り込んだってわけ」
城の外を出歩くことになったため、庶民っぽい服装に着替えてたからそのまま来ちゃったのよ、と。
「で、国の外に出たら使えるようになってたから無事ここまで到着したってわけ!」
ふふん、と自慢げにするフィルリア。しかし、それとは逆にクレシアは頭を押さえて軽くため息をついた。
「……貴方のお父様たちも大変ね。それ、もしかしたらリルフィーア王が貴方がそうやってこっちに来れないようにしたものだったんじゃないの?」
「え、そうかな? ……でも、私はこうして来れちゃったわけだし、私の勝ちってことね。我が遊びを邪魔する者はおらぬ!」
「……勝手ではあるけど、リルフィーア王たちに同情しておくわ……」
*
「また遊ぼうな! 次は絶対負けないから!」
「ふふーん、アンタが私に勝つにはあと何年かかるかしらね」
「お姉ちゃん、今日も勉強、教えてくれてありがとう」
「ん、私も貴方みたいに真面目に受けてくれる子は好きだから嬉しい。ちゃんと復習はしておいてね」
夕方。フィルリアは路地裏での魔法禁止追いかけっこで遊び、クレシアは何人かの子に勉強を教え、それぞれ別れた。この裏町ももう慣れたものでフィルリアたちの知り合いも大勢いる。
といっても、ここで知られているのは各国のお姫様であるフィルリアとクレシアではなく、少し離れたところに住むリアラとシアンという姉妹だ。二人はクレシアが開発した魔法で髪色、瞳の色を変えており、さらに偽名を使うことで別人として遊んでいるのだ。
「ん、クレ……じゃなかった。シアン、そっちはもう終わったの?」
「ええ。どっかの誰かさんと違って教えがいのある子が多いから楽しいわよ」
少し離れた空き家で二人は合流する。この家は空き家と言ってもクレシアが家族に内緒でこっそりと購入した家であるため、侵入することに何の問題もなく、城と裏町の出入り口として便利に利用している。
「う、うるさいなぁ。シアンの講義は何かよくわからないけど眠くなるのよ」
「とか言いながらそれなりの練習でこなしてしまう貴方だから余計にムカつくのだけど」
「だって理論的なのすっ飛ばしてくれたらわかりやすいし……」
「だからそれができても理論がわかってないと応用だできないんだっての……」
クレシアか軽く髪をなで、魔法を解除する。それを見てフィルリアも倣うように魔法を解除し、本来の姿へと戻る。
「さ、そろそろ戻りましょうか。またお父様たちに見つかると面倒だし」
「だね。じゃ、つかまって」
クレシアはフィルリアが差し出した手を握る。フィルリアはそれを確認すると空間転移の魔法を紡ぐ。
ぐわっと体が軽く引き伸ばされるような感覚。周囲の風景が歪み、ふと気が付いたときには既にクレシアの部屋へと移動していた。
「……あいかわらず便利よね。貴方の空間魔法」
「まーね。これがあるから自由に遊べるわけだし」
「そうね。その点に関しては感謝してるわ。ただでさえ空間魔法が使える人なんて少ないのに」
魔法にはいくつかの種類がある。基本的な属性である火水風土。一部の素質ある人が使える氷雷光闇。そして使い手が著しく少ない空時。フィルリアはその稀有な属性である空間属性を宿している。ちなみにクレシアは基本的な属性四種と氷を扱うことができる。
「さ、とりあえずこの部屋にある貴方の服に着替えて。さすがにその服のまま帰るわけにもいかないでしょ」
「それもそうね。……にしても」
クレシアから服を受け取りながらもフィルリアの意識は別にあった。城に戻ってきてから感じる違和感。あちこちから聞こえる慌てたような人の声と城中をせわしなく駆け回る足音。
「なんか、いつもより騒がしくない?」
「そうね。新しい魔法の属性が見つかった、とかだと嬉しいのだけど」
「それでバタつくのは一部の研究者くらいなんじゃないかな……」
などと話していた矢先、ドンドン、と強く扉がノックされる。そしてクレシアの反応も待たず、その扉が開かれた。
「た、大変ですクレシア様! フィースフォリア王国が──って、フィルリア様!? どうしてここに!?」
入ってきたのはフィルリアも見覚えのあるメイドだ。よく晩餐会でも目にする特にクレシアを世話してくれている上品なメイド。そのメイドが、いつもの上品さを欠くほどに焦っている。ヘッドドレスが微妙にずれていることもお構いなしだ。
「落ち着きなさい。何があったのか簡潔に知らせて」
クレシアの言葉にそのメイドは息を整えてから告げた。
「フィースフォリア王国が……フィースフォリア王国が、何者かの手によって陥落したそうです!!」
それは、フィルリアたちの日常が終わりを告げる出来事の始まりであった。
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