第37話 未解決事件の真相②
香織ちゃんと自分の妻を重ね合わせているのだろうか。
奥さんが亡くなっているのかわからないけれど、ともかく学生時代の妻に対する強い思いと、娘への歪んだ感情が混じり合っているような気がして気持ち悪い。
結局実の娘まで手をかけ、あの考察本によれば、五年後に同じような事件を起こしている。そしてそのまた五年後にも、同じようにセーラー服の少女を殺しているのだ。
私は犯人に追われながら、第一の殺人の告白の矛盾点に気付いて寒気がした。
あの本を読んだ時は、一番初めの殺人の被害者が香織ちゃんで、その後、二つの殺人事件が起こったとばかり思っていた。
しかし香織ちゃんはそれ以前に、父親が殺人を犯している事に気が付いていた。
となると、その当時の警察のずさんな捜査では同一犯とされていないが、犯人が別の殺人事件を起こしていると言う事なる。
もしかするとまだ世に出ていないだけで、何人もの女の子があの男の犠牲になっているのかも知れない。そう思うと私は怖くなって声の限りに叫んだ。
「助けて!!」
間宮先生の姿は見えず、もしかしてあの男に殺されてしまったのではないかと青ざめた。
私の声に対する反応は無く、足場の悪い廃墟をがむしゃらに走った。車まで戻ったところで間宮先生のキーが無ければ逃げ出せない。
私は、比較的隠れられそうな部屋を探すと息を殺して身を潜める事にした。
武器になりそうな瓦礫を手にして犯人の動向を伺う。
「
私の心臓は、バクバクと鳴り響いて、犯人に聞こえてしまうのではないかと思うほどだった。
懐中電灯の光が、ゆらゆらと廊下を照らし、足跡が忍び足でこちらに近付いてくる気配がして私は息を殺す。ゆっくりと部屋の扉が開かれ、扉と壁の間に隠れていた私は、犯人が背を向けた瞬間、力の限り瓦礫を頭にぶつけた。
「ぐぁっ! 待て、逃さん!」
頭を抑えて怯んだ犯人が、逃げようとする私のフードを握ると引き倒し、馬乗りになって首を締めてきた。私は自分の首から両手を引き剥がそうと呻き、もがく。
ぎりぎりと有村の指が首にめり込んで息が出来なくなって、掠れる声で言う。
「は、離しっ……誰か、助け!」
意識が途切れそうになった瞬間、不意に有村の体が退いて、必死に空気を求めるように何度も咳き込んだ。
「こっの……!! 梨子に何するんだ!」
「ゲホッ……ゴボッ……健くん……!?」
てっきり私を助けてくれたのは間宮先生かと思っていたが、患者衣に運動靴という出で立ちの健くんが、犯人の首を腕で締め付け引き倒していた。
決して喧嘩が得意じゃない健くんが、必死の形相で犯人を押さえつけて揉み合っている。
そして、犯人の標的は私から健くんに変わりもつれるように取っ組み合いになった。
健くんは、反射的に有村の顔を殴り付けるとその反動で犯人が尻もちをついた。
「はぁ、はぁ、もう、観念するんだ有村さん!」
「はぁ、はぁ、はぁ、捕まったって私を結び付ける証拠なんてないぞ。今まで警察に尻尾を捕まれなかったんだからな、今回だって見つからない!」
その言葉に、健くんの呼吸が突然静かになると棒立ちするように有村を見つめる。
健くんの背中なのに、まるで別人のように見え私は、彼から目が離せなくなった。男性なのにまるで少女のように見える。
『お父さん……痛いよ……罪を償って……お願い。絶対……許さない……お父さん……絶対……許さない』
健くんの声は聞いた事の無い少女のもので、悲しみと怒りが入り混じっていた。その時の犯人の顔を私は一生忘れる事は無いだろう。
恐怖に慄き、目に見えるほど体が震えて情けない悲鳴を喉の奥から絞りだしていた。
「うう、その声は、か、香織……まさか、そんな、殺すつもりは、無かったんだ! すまない、ひぃぃぃ」
反省の色も無く、声を震わせて立ち上がると有村はこの部屋から飛び出そうとした。だが、そこには、
格闘技をしているのだろうか、あっという間の出来事だった。
「おじさん、もう観念してよね。警察には連絡してあるんだからね!」
その言葉を聞くと、いよいよ犯人は観念したかのように肩を落とす。
香織ちゃんに取り憑かれ、意識を取り戻したかのように頭を左右に降る健くん。
私は命が助かった安堵感と、彼が無事にあの絵画から脱出できて、こうして助けに来てくれた事が嬉しくて涙が溢れていた。
気がついたら私は健くんの背中に抱きついてしまった。
「り、り、り、梨子……?」
「良かった、健くん……助けてくれてありがとう」
声を裏返させて健くんは私の名を呼んだ。
彼の背中でグズグズ泣いてしまった私に硬直して立ち尽くす健くんを、真砂さんがじっとりした目で睨みつける。
「何真っ赤になってんの。いちゃつくのやめてくれない、犯人捕まえたの琉花なんだけど」
健くんは、渇いた笑いを浮かべて自分の頭を掻いた。
✤✤✤
――――暫くして、警察と救急車が駆けつた。
衰弱した状態で見つかった克明さんと、頭を殴られてへばっていた間宮さんが、救急車で連れて行かれる事になった。
患者衣を着て、廃墟にいた僕はかなり警察に不審がられたが梨子と琉花さんがうまい具合にフォローしてくれたお陰で、なんとか乗り切る事が出来て一安心だ。
有村は、車に凶器を乗せていた事もあって、二人に対する傷害の罪で逮捕される事になった。もしかすると、殺人未遂に問われるかも知れない。
梨子の話によると、罪の告白をおそらく克明さんも聞いていたと言う。家宅捜索されれば、何かしら連続殺人事件の証拠が出てきそうだ。
間宮先生の車のキーを警察から受け取った梨子は、そのまま警察に向かう事になった。
僕は、母さんがこちらに向かっていると聞いて、病院まで帰る事にする。無断で病院を抜け出してしまったから、きっとこっぴどく叱られることだろう。
『健、あんたもちょっとは鍛えなさいよ。へっぴり腰で襲いかかるから、ばぁちゃんハラハラしたわ』
「嫌だよ、お祓いの修行だけでもしんどいのにブラックすぎる」
ばぁちゃんの小言に苦笑し、琉花さんの車に乗り込もうとした瞬間、誰かに名を呼ばれたような気がして振り返る。
そこには、暗闇の中にセーラー服姿の香織ちゃんが、きらきらと淡い光を放ってこちらを見つめていた。
彼女は僕と目が合うと、昔のようにあの眩しい笑顔を見せてくれた。
『…………健ちゃん、ありがとう。ばいばい』
僕は、自然に笑みを浮かべて子供の頃のように手を振る。
――――ようやく彼女は苦しみから解放されたんだと思った。
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